一目惚れなんてものは邪道だと。
私はそう思う訳である。
一目惚れなんていうのは所詮は一時の気の迷いである。
見た目が好き。
そんなのは恋じゃない。そんなのは愛じゃない。
そんなのは、
そんなのは。
「ちょっとうるさいんだけど」
「うるさくないですよ坂田さん。聞いてます?私の話。」
坂田さんが注文したいちごパフェを丸いお盆に乗せたまま、
小さな丸椅子に腰掛けた彼の隣に立って
銀色のもじゃもじゃを見下ろす。
いつまで経ってもパフェをテーブルに置かない私に苛立ちを隠せない坂田さんのこめかみが、ひくりとひきつった。
「あれ?怒ってます?ひょっとして怒ってますか?え?怒りたいのはこっちですよ。私の話聞いてました?ねぇ。」
「あーきいてるきいてるいいから早くパフェ出してくんない?」
耳を掻きながらいかにも面倒臭いといった風で坂田さんは私にパフェを催促する。
ひどい男である。
坂田銀時。
彼は私が働く、この小さな茶屋の常連客である。
ここで私が働き出してから約二年。
この店に足繁く通う坂田さんと仲良くなるのは自然の道理で、最初こそほとんど会話もなく客と店員のやりとりだけだったものの、まあノリと雰囲気と、それから店長が坂田さんと仲良しだったこともあっていつの間にか私と彼の距離はぐんと近くなっていた。
私は坂田さんとおしゃべりするのがとても好きだ。くだらない時間が好きなのだ。ちなみに言っておくがこれは恋とかではない。
たまたましゃべりやすかった客が坂田さんだっただけだ。
まあおしゃべりと言ってもまともな返事は返ってこないが、そんなものだろう。
男なんてそんなもんだ。
むしろそれが良いのかもしれない。
「じゃあなんて言ってました?私なんて言ってました?」
「だからあれだろ、なんかあの、あれだろ、ラクトアイスは邪道、アイスミルクこそ真のアイスだみたいな事だろ。」
だって私がいくら悩みを打ちあけようと、
乙女の悩みがこんなもじゃもじゃに理解できるわけもないのだから。
答えを期待しているわけではないから。
ただ話を聞いて欲しいのだ。
職場の同僚とかではなく、もう全然関係ない人間に。それがたまたま坂田さんだった。それだけだ。
「ぶっぶーちーがーいーまーすぅ。残念。嘘つきにはパフェはあげられません。残念でしたね。ちなみに先日訪れた正直な山崎さんにはお団子サービスしましたよ。正直って素敵ですね。それに比べて残念ですね。坂田さん、残念ですよ。がっかりですよ私は。」
そんなこんなで今日も私はお昼前に来店した彼に
一目惚れについて語っていた。
今日は数日前来店した、真選組の山崎さんの事を。
右手に持ったお盆の上では、綺麗に飾り付けられていたいちごが、熱に負けて溶け始めたバニラアイスに沈んでいく。
綺麗な赤が白い海に沈んでいく様子を確と見届けてからもう一度坂田さんの方を見れば、
やはり坂田さんも死んだ魚のような目でその様子を見ていたようだ。
ぱちり。と一つ瞬きをした彼は今度はまっすぐ、その生気のない瞳をこちらにむけた。
あぁ、これはまずい。怒られるぞ。
「おーいなんだよこいつなに湖の女神気取ってんのふざけんなよちょっと良い加減にしてくんない?銀さんのパフェ溶けてないそれねぇ溶けてない?」
「え?溶けてますけど?」
「何そのきょとんとした顔全然可愛くねーんだよふざけんなよ何当然のように人の注文したパフェ溶かしてくれちゃってんの?クレームもんだぞ。」
「え?クレープ?追加ですか?」
「店長ォ!」
「ちょっと!」
ピンと立てた人差し指を坂田さんの口元に近づけてシーッと言えば、彼は片方の眉毛をピクリと震わせる。
「静かにしてくださいよまったく。店長に聞こえたらどうしてくれるんですか。」
そのままの体制でキッチンの方を振り返る。
どうやら、店長には聞こえていないようで、視線に気づいた店長はにこやかに私に手を振ってくれた。こういうところが優しくて好きだ。
「聞こえるように言ってんだろーが。」
坂田さんはうざったそうに、自分の目の前の私の手を振り払う。
「首になりたくなけりゃちゃんと仕事するこったな。」
「はっ腐れニートに言われたくないですけどね、はいどうぞ。」
しかし、これ以上溶けてしまうと本当にまずい。
ほとんど溶けかけたいちごパフェをトン、と静かに坂田さんの前において、そのまま彼の隣の丸椅子を引き出してそこに腰掛けた。
「ニートじゃないから。銀さんスッゲー働いてるから。ってかやっぱほとんど溶けてんじゃねーか」
「溶けてても溶けてなくても一緒ですよね。使ってる材料一緒なんだから。見た目が違うだけでしょ。味は一緒です。なんですか?そんなに見た目が大事なんですか?これだから坂田さんは。」
「坂田さんはなんだよ」
文句を言いながらも長いスプーンをしっかり握って溶けたアイスとイチゴを口に運ぶ作業を開始した坂田さんは、こちらに視線もくれず私に続きを促した。
「だから坂田さんは天パなんですよ」
がっかりです。と付け加える。
がっかりなのはオメーの頭だろ。と冷たく返された。
「で?何、頭がかわいそうなはるこちゃんはその山崎?くんに恋しちゃったわけ?」
「バッカじゃないの恋とかじゃないですよ一目惚れしたって事です」
「だから恋したんだろーが」
「だから、私の話聞いてました?一目惚れなんて所詮は気の迷いなんですよ。」
「おいなんだよこいつめんどくせーよこいつなんとかしてくれよこいつ」
「だからね、聞いてます?坂田さん。私は一目惚れなんてものは邪道だと思ってたんですよ。でもね、この前ですよ、突然、真選組の山崎さんがご来店なさって、そのご尊顔を拝見した瞬間、私は雷に撃たれたわけです。わかります?」
「へぇそうなんだ。ちゃんと病院行けよ。」
「本当に撃たれたわけじゃないですよ?わかってます?ねぇ、坂田さんパフェばっかり食べてないでこっち見てください」
「見てる見てる。だからあれだろ、散々バカにしてた恋する乙女になっちゃいましたてへって奴だろめんどくせーな。」
「はぁ。わかってないです。坂田さんはなにもわかってないんですよ。」
わかってないなぁ、とつぶやきながらすぐ隣にあるパフェグラスの中のイチゴを2個ほど指でつまんで口に運ぶ。
「なに当然のように食ってんだよ」
ガシッと力強い坂田さんの左手が手が私の顎を鷲掴んだ。
親指とそれ以外の指で両頬を挟まれて、ぶにっと潰される。もぐもぐと咀嚼していたイチゴの汁が顎を伝った。
「ひゃ、ひゃめひぇ…」
「だいたいなんで俺がガキの恋愛相談にのらなきゃなんねーんだよ」
坂田さんはぶにぶにと私の頬を潰しながら心のそこから面倒臭そうにため息をつく。
「俺はイチゴパフェを食べに来たの。お前の恋愛論聞きに来たわけじゃないんだよ。」
「ひゃかひゃひゃん」
「なに言ってるかわかんねーよ。」
「ひぇくはひぁひぇふ」
非力な私の抵抗なんて坂田さんの前では何の役にもたたないようだ。なおもぶにぶにと私の頬を潰しながら右手でパフェを食べ進める。
無駄な抵抗をやめて、ただひたすらに坂田さんの右手が溶けたアイスをイチゴとともにスプーンにのせて、ぱくりと口に放り込む姿を眺めた。
…美味しそうに食べるなぁこの人は。
作った甲斐がある。私は作ってないけど。
店長が前にそんな事を言っていた。
…ような気がする。
それにしてもお行儀の悪い人だ。
ご飯を食べる時左手はお皿に添えるのだ。
決していたいけな少女の頬に添えるのではない。
もう少女とかそういう歳じゃないとは一旦忘れよう。
「はなひてくひゃひゃひ」
しばらくその状態で静かにしていたものの、いまこの状態の時に万が一山崎さんが来店してしまったら私は耐えられない。
それに気づいた私は、逃れるなら坂田さんの私への注意が途切れた今しかないと、丸椅子を蹴って立ち上がった。
思っていたよりもすんなりと離れた左手はすぐにパフェグラスの柄をしっかり支える作業に戻る。
「何だよ」
「破廉恥です。女の子の顔をこんなベタベタ触って破廉恥ですよ。坂田さん。セクハラですよ。」
「なにが悲しくてお前みたいなちんちくりんにセクハラしなきゃなんねーんブッ」
「失礼な事言わないでくださいちんちくりんじゃないです。グラマラスです。」
ちんちくりん。
音だけ聞けばなんとも可愛らしい響きではあるが坂田さんのそんな失礼な発言を私が聞き逃すわけもなく、手近なところに置いてあったダスターで彼の顔をぶっ叩いた。
「痛ァ!!おーい店長!こいつどっかやってくれ!さっきからすっげー邪魔なんだけど!」
「しっ!他のお客様の迷惑になるので大きな声出さないでくださいよ!まったく!ね!店長!うるさいですよね!坂田さん!!」
店長はキッチンの奥からどっちもうるさいよ、と言って優しく微笑んだ。
「ほら怒られた。坂田さんのせいだ。」
「釈然としないんだけど。なんで俺まで怒られてんの。」
ぶつくさ文句を言いながら残りのパフェを飲み干した坂田さんは、すっかり冷めきったお茶をパフェと同じように飲み干すと徐に立ち上がった。
「ええー?もう帰るんですか?」
もっとゆっくりしていって良いんですよ、と言いながら立ち上がった彼の、私より幾分か高い位置にある顔を見上げる。
「お前がゆっくりさせてくれねェんだろーが。勘定。」
せっかくこれから恋の相談をしようと思っていたのに。
ん、と伝票をつき出されれば店員である私はレジに向かわざるを得ない。
今日はお金持ってるんですね、なんて捻くれた事を言えば、坂田さんは、いっつも持ってますゥ。と言って私の頭をぐしゃぐしゃにした。