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数秒後、ドーンという衝撃と火薬の匂い、押さえつけられた頭を少しだけずらして隙間から様子を伺えば、舞い踊る粉塵、いつもより多くの自然光を取り込む明るい店内。
確実に沖田さんがバズーカをぶっ放した後の風景である。

なんてこった。お店を頼むと言われたのに沖田さんの魔の手によって店が半壊してしまった。
これでクビになったら一体私は誰を恨めばいいんだ。絶対に私だけの責任じゃないはず。


店の外からアンタ何やってんすか隊長ォ!と叫ぶ男の人の声と、うるせーなそろそろ見たいドラマの再放送始まるんでィ。と飄々と言ってのける沖田さんの声がかすかに聞こえる。
そんな理由でいちいち爆撃されたらたまったもんではない。こちとら善良な一般市民である。



「ホラな、撃ってきただろ」

「ホントだ。ていうか返事してないし撃たれて当然というか。あ、坂田さん大丈夫ですか怪我とかしてないですか?」


善良な一般市民、坂田さんをその枠に含めて良いのか怪しいラインではあるが、まあ彼を一人として含めれば私と合わせて2人の善良なる一般市民の命を一体なんだと思ってるんだちくしょう沖田め店半壊の責任を負って私が万が一クビになったら絶対恨んでやる。末代まで呪ってやる。


「うるせーな、だいたいこういうもんは長期戦に持ち込んだらダメなんでさァ。多分。」

「多分って何!?ああ絶対副長に怒られる」

「チッ、おーいはるこ、無事ですかィ」


誰かと会話をしながら瓦礫を踏みしめる沖田さんの足音が近づいてくる。
無事なわけがない。坂田さんがいたから良かったものの、私一人であれば間違いなく死にはしないまでも重傷だった。



「無事なわけがないですよね!」


よっこいせ、と立ち上がった坂田さんに二の腕を引っ張りあげられて私もよろよろと立ち上がる。お尻が痛い。無事ではなかった。主にお尻が。
無事ですかィなんてトンチンカンなことを言いながらすぐ近くまで来ていた沖田さんに取り敢えず何か言い返してやりたくて大きな声で無事じゃない!と叫んだ。



「あり、旦那もいたんですかィ」

「無視するな沖田さんバカ。バカ沖田地獄に堕ちろ。」

「なんでィ助けてやったのに。お前が地獄に堕ちろ。」

「市民を守るはずの警察が善良な一般市民が中に居るってわかってて爆撃するたァ、世も末だなオイ」

「…善良な一般市民?はるこも旦那も、一般市民には違いねェが、どう考えても悪質な一般市民でしょう」

「はぁ?私めちゃめちゃ善良ですけど!電車でぜったいお年寄りに席譲りますけど!」

「まあまあ、生きてるんだからよかったじゃねーですかィ」

「わぁ清々しいほどの結果論!どうせ助けてくれるなら無傷で助けて欲しかったです。」

「正義のおまわりには個より全体を優先しなくちゃいけないこともあるんでさァ、ほら、全体の奉仕者だから」


ドラマが見たいとか言ってた人が言う言葉ではない。早く仕事を終わらせて早く家に帰りたい、これ以上の個の利益があるだろうか。まずこの現場をさっさと終わらせる事でだれか大勢の命が救われたとも思えない。
そもそも沖田さんに全体の奉仕者だなんてそんな殊勝な気持ちがあるはずもないじゃないか。なぜ彼が真選組に入ったのかなんて知らないが、沖田さんの事だ、やりたい事がたまたまそうだっただけで別に公務員になりたかったわけでもないだろう。
なおさら服務規程なんて気にするはずもない。


「正義のおまわりとかどの口が言ってんですか」

「この口」


沖田さんは噛み付く私をものともせず涼しい顔でそんなことを言って、床に転がって気絶しているお咲ちゃんの彼氏の手に手錠をかけて居る。
一緒に中に入ってきた真選組の制服に身を包んだなも知らない彼が、そのまま引き継いで連行していった。こちらの口論は徹底的に無視するスタイルのようだ。


「ふーん、個より全体、ねェ。」

「…なんですかィ?」


そういえば店長が丹精込めて作った餡子は無事だろうか。お鍋に入っていたし蓋もしっかりとしまっていてから埃は被っていないはず。


まあ助かったからいいか。なんて結局自分も結果論みたいな事を考えながら和菓子屋にとって命と同じくらい大切な餡子の様子を確認するために厨房の方へ足を進める私の耳に、なにか裏の意味を含んでいそうな坂田さんの声と、怪訝そうな沖田さんの声が聞こえたがそんなものはもう無視だ。

だって店が半壊した上にあんこもダメにしてしまったなんてそんな事があってはならない。もしそんな事になっていればもう私に残された道は自決しかない。


私は半壊した喫茶スペースで向かい合った二人をそのままに餡子を目指して足場が悪くなった店内を突き進んだ。


『こんなモン渡して、全体より優先してるんじゃないの沖田くん』

『旦那も随分とご執心のようですが別にアレはアンタのもんじゃねーでしょう、何しようが俺の勝手だと思いやすけどね』


背後から微かにそんな話し声が聞こえた気がする。
なんの話だ。草餅か。









「あ!思い出した!」


あの事件、先週の木曜日の出来事を思い返してみると、一つの真実に行き着いた。

そうか、あの時だ。パチンと手を叩いて思い出した!といえば沖田さんはどこか不機嫌そうに私を振り返った。


「何でィ」

「沖田さんの電話番号の紙、多分あれあの時カウンターの上にぶちまけたレシートの中に入ってたんだ。」

「ハァ?あの時?」

「いや、あの事件の日に、ハンカチを探してエプロンのポケットの中身をカウンターに全部取り出したんです。それを回収するより先に沖田さんがバズーカ撃ってくるから。多分燃えちゃったんですね。」


ずっとポケットに入れっぱなしにしていた私も悪いが、ドラマが見たいなんて理由でいきなりバズーカ
をぶっ放した沖田さんにも非はあると思う。


「燃えただけの方がまだマシでさァ。」


黙って私を見上げた沖田さんの綺麗な目を見つめ返して私ばかりを責めるのはよしてくれとテレパシーを送る。
しかし私の気持ちはまったく届かなかったようだ。何事かをつぶやいた沖田さんに膝小僧を刀で強か打たれた。


「痛っ!え?今何て?」

「何でもねーよくそはるこ人の個人情報なんだと思ってやがんだ」

「まあ…そうですよね、反省はしてます。あ、でも、沖田さんも、全体の奉仕者だかなんだか知らないですけど無闇矢鱈にバズーカぶっ放すのやめてくださいね。」

「…何で俺がババアの言う事聞かなきゃならないんでィ、絶対嫌でさァ」

「ババアじゃないお姉さんですよくそガキ熱々のお茶ぶっかけま…せん嘘ですごめんなさい」


こちらを煽るように鼻で笑って嫌味な顔をした沖田さんにいま私が持ち得る最強の武器をちらつかせると、そんな事したらどうなるか分かってるんだろーなとでも言いたげな不敵な笑みが彼の顔に浮かんだのが見えて手に持った丸いお盆を楯のように体の前で構えた。


暴力はいけない。沖田さんの暴力はシャレにならない。さっき打たれた膝だってじわじわと鈍い痛みを訴え続けている。なんか不思議なツボをつかれたようだ。


「…まあはるこは精神年齢3才だから個人情報の管理ができなくても仕方ねェか」

「あれれわたし見た目おばさんで中身は子供とかいい事一つもなっい?!あっぶな!」


ぐりぐりと私の心に決して癒えない傷を刻み込もうとする沖田さん。もうやめてわたしのライフはゼロよ…と痛む胸に手を当てた私の腕を突然しっかりと掴んだ彼がその手を強く引いた。
慌ててお盆を放り投げてもう片方の手を緋毛氈の上に着いたが、ああ残念、膝を擦りむいた。


「う、痛い…何故、何故だ…」

「だいたい、ヤベェ事があったらすぐ電話しろって言ったのに何でポケットの中身思い出してさっさと俺に電話しねェんでさァ」



どうやら今のセリフから察するに沖田さんが不機嫌なのは、番号を無くしたからだけじゃなくてあの生命の危機を前に彼に連絡をしなかった事にも腹を立てているようだ。


いや、少年よ。物事とはうまく転がらないものなのだよ。


あのピンチの時、私だって別に身近なおまわりである沖田さんの顔が浮かばなかったわけではないが、電話番号のことなんてすっかりポンと頭から抜けていた。
そしてもし思い出していたとしてもあの状況で電話をかけるのは無理だったろう。


そう、物事とはうまくいかないようにできているのだ。だから一週間経った今も私の可哀想なお尻は真っ青なのだ。蒙古斑。まじ蒙古斑みたい。


「いや、例え思い出したとしても…私ひとりのために天下の武装警察様を呼び立てるのもおかしいし。それに、」

「それに、何でィ」

「呼ばなくても来てくれたし結果オーライじゃないですか。江戸の平和を護ってる感じ、ビシビシ感じましたよ」

「…チッはるこのくせに生意気言うな」


ハハ、と笑いながら返事をしたら不機嫌を隠そうともしない声で生意気言うなと言われた。
しかも一本で上体を支えていた腕を、膝カックンの要領でカクンと折られ顔面から椅子に崩れ落ちると言うおまけ付きである。


「痛ァ!なんでだ!褒めたのに!!」

「はっ、ひっでぇ顔」



顔面を強か打ちつけた私を見て、満足げに笑った沖田さんはお茶をぐいっと飲み干したかと思えば、ぐりぐりと頭を強めに擦られて結い上げた髪が崩れる。
やめてよ!私より年下のくせに!と叫んだが無視された。


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bkm