『あーあー、犯人に告ぐー、応答しないと撃っちまいますぜ。はいじゅーう、きゅーう、』
坂田さんと壁にサンドイッチされて、何もできずにあーあ、早くお咲ちゃんと店長帰ってこないかな。なんて考えていた私の耳に突然はっきりと飛び込んできたのは沖田さんによる不吉すぎるカウントダウン。
はーち、なーな、と続く沖田さんの感情が読み取れない声だけがガンガンと頭に響く。
何のカウントダウンかなんて考えるまでもない。敢えて言うのであれば、地獄へのカウントダウンである。
まずい。
彼の声が0を告げた瞬間私の人生は終わる。
しかしなにやら盛り上がっている男どもには沖田さんの不吉なカウントダウンなんて聞こえていないようだ。
さっきから坂田さんが深いことを言っているようなので遮るのは忍びないのだが最早それどころではない。
「坂田さん坂田さん坂田さん!!」
慌てて坂田さんの脇腹を必死で叩いて話を中断させる。しばらく無視されたが叩き続けているといってーな!なんだ!と怒鳴られた。
しかし、なんたる事だ。
バッとこちらを向き直った坂田さんの後ろではお咲ちゃんの彼がメソメソと泣いているではないか。
また泣いてるよ。どうしたんだよコイツ大丈夫なの?怒ったり泣いたり怒ったり泣いたり、情緒が大暴走している。
「お、沖田さんのカウントダウンが!ていうか何でまた泣いてるの?泣き止んでください!あなたがさっさと返事をしないと沖田さん撃ってくる!」
「いやだから返事しようがしまいが撃ってくるっつーの。いいじゃん撃たせとけば。」
「はぁ?坂田さんは全身カチコチの筋肉人間だから大丈夫かもしれないけど私は全身ふにゃふにゃのか弱い乙女なんですよ爆撃されたら死んじゃう。」
「え?か弱い乙女って「ぶっ飛ばしますよ。」
「まだ何も言ってねーだろ」
「なんか顔がもう腹立たしかったですあ、もう!と、とりあえず涙を拭いてください」
私と坂田さんが彼をそっちのけで言い合いを始めそうになると、お咲ちゃんの彼氏の泣き声が心なしか大きくなった。
なんだ。かまってちゃんか。
かまってちゃんなのか。
とにかく沖田さんに爆撃される前に彼を泣き止ませなければと制服のエプロンのポケットに手を突っ込んでハンカチを探すべくカウンター上にその中身をぶちまける。
それをみた坂田さんが顔をしかめた。
「…なんですかその顔」
「いや、人のこと言えた義理じゃねーけどお前ちょっと……」
机の上にぶちまけたレシートたちをつまみ上げた坂田さんが不自然に言葉を切ったのと、拡声器越しの沖田さんの声が無情にもゼロを告げたのがほぼ同時。
ちょっとなんですかと言いかけた私の二の腕を強く引いた坂田さんに、為す術なく引き寄せられてその胸に飛び込んだ私はそのまま背後にあった棚と棚の隙間にぎゅうっと押し込められた。
状況を理解する暇もなく次いで膝の後ろを右腕ですくわれてその場に激しめに尻餅をつく。尾てい骨が砕けたかと思うほどの衝撃に目尻に水分が溜まるのを感じた。
蓋をするように覆いかぶさった彼を見上げれば、今度は左腕が私の頭を抱え込んで、彼の胸へと押し付ける。
「さかたぶ」
名前を呼びかけていたのに突然硬い胸板に顔面を押し付けられて変な音が漏れた。とにかく強打したお尻が痛い。痔になったらどうしよう。痔にならないまでも青あざは必至である。
ただおそらく只者じゃない坂田さんは沖田さんの爆撃から何だかんだいって私を守ってくれているのだろうからそれについては感謝しかない。今度お店に来たら大福奢ってあげよう。
今更ながらいつかに聴いた、昔いろいろとお世話になったという店長のセリフを思い出す。
基本的に怠惰に生きているくせに坂田さんはどうやら本当はお節介な人のようだ。
今日もめんどくせーと言いながら帰らずにこの店にとどまってくれた。
覆いかぶさる坂田さんの体温を感じながら、
ぎゅっと押し付けられた坂田さん胸からはやっぱりなんだかいい匂いがして坂田さんのくせにいい匂いがするなんておかしい。とか瑣末なことを考えているとギャーギャーと騒がしかった外の声が突然途切れた。
おそらく爆撃を止めようと奮闘していた真選組の誰かが沈められたのだろう。
衝撃に備えて、というわけでもないが無意識のうちに坂田さんの着物をぎゅっと握っていた。
あっ、鼻水ついてるところだった。さいあくだ。