5日目

「花火大会?」
「ああ…なまえはバカだから知らねェのか。花火大会っていうのは夜空にこう、火薬で大きな花を打ち上げる粋な祭りのことでさァ」
「エッ何こいつマジムカつくんですけどなんなの」
「まあまあ、落ち着いて」



昨日に引き続き、補修後に突如現れた沖田総悟に攫われた私は今日も絶賛ボランティア中だ。
沖田くんや私の声を聞いて、窓際にすわった土方くんのこめかみがぴくりと反応したのが視界の端にうつった。おい勘弁してくれ。怒るなら沖田くんだけにしろよ。私を巻き込むなと言う怒りを込めて沖田くんのほうを見ながらぎゅっと右手のシャープペンシルを握り締めれば山崎くんが慌てたように私を宥める。
彼が本当に宥めるべきなのは私じゃない。土方くんだ。





「で花火大会がなに?」
「どうせ誰からも誘われてねェだろーから、そんなかわいそうななまえを俺が連れてってやってもいいですぜ」
「えなにこいつ喧嘩売ってんのなんなの?ねぇ山崎くんこいつはなんなの?私をどうしたいの?」
「多分一緒に花火大会に行きたいって誘ってるんだと思うけど」
「おいテキトーなこと言ってんじゃねーぞ山崎ィなんで俺が好き好んでこんなちんちくりんと花火大会なんて行かなきゃなんねーんだ」
「じゃあ別に私行かないけど」
「ハァ?何でそーなるんでィ、お前に拒否権とかねーから」
「えっ、ねぇ、ごめん何様のつもりなの?この人なんなの?ねぇ山崎くんこれはなんなの」
「何様って、沖田様にきまってんだろーが」
「アイタタタ沖田様とか言っちゃってるよこの人アイタタタ痛ッ!何その地味な仕返し痛ァ!」


平然と沖田様とか言い出したクラスメイトに動揺を隠せない。もともとアタマがおかしい奴だとは思っていたけれどまさか。ここまでとは。
そんな気持ちを込めてアイタタタと言う私の首の皮を沖田くんが思いっきり抓った。
首ダメ、絶対。
皮膚を引きちぎるつもりかと疑うほどギリッと指先に力を込めてしかもその指を捻る。
慌てて逃げようとする私を、意外と逞しい彼のもう片方の腕がしっかりと捉えて、気づいた時には椅子に座ったまま私の上半身は机の上に押さえつけられた。痛い。



「ちょっと!」
「お前がいま言うべき言葉は一緒に行かせてくださいだけだろ」



首の皮はつねったまま。
背中を沖田くんのもう片方の手が押さえつけて、私の頬は机とこんにちは。とても痛い。
じわっと滲んだ涙を見た沖田くんはとても嬉しそうだ。私の耳元で楽しそうにそんなことを言い出す始末。
ちょっと土方くん、さっきまで聞き耳を立ててこちらの様子を気にかけて居たんだから、さっさと助けに来いよ。



「総悟お前何やってんだやめろ」
「うるせーな土方コノヤロー」



ようやく重たい腰を上げた土方くんがいつの間にか隣に立っていたようで私から沖田くんをベリっとひっぺがす。
ああ、痛かった。
ヒリヒリと痛む首をさする私を哀れみのこもった目で見た山崎くんはなんとなく腹が立ったのでぶっ叩いておいた。一番近くにいたのに助けなかった罪は重い。


「だいたいお前祭りなんざ楽しむ時間ねーからな」
「そうだぞ総悟、俺たちは遊びに行くんじゃない危険な行為がないか見回りに行くんだ。ところでなまえちゃん、お妙さんは浴衣を着てくるかな」
「妙ちゃん?いや知らないけど」
「何でィ、近藤さんだって遊ぶ気満々じゃねーですかィ。」
「だって総悟、お妙さんの浴衣姿だぞ、去年も見たはずなのに記憶がない」




何でだろう、神秘的だ。と首をかしげる近藤くんを見て、去年の夏祭りを思い出す。
ヨーヨーすくいの小さな水槽の中にむりやり隠れていた近藤くんを見つけた妙ちゃんが激昂して彼をボコボコにしたのだ。彼にその記憶がないのは果たして幸か不幸か。今年もきっと同じシーンを目にすることになるんだろうとぼんやりそんなことを思った。



「なまえも見回りに来たら良いじゃねーか。」
「やだよ。近藤くんと一緒にいたら妙ちゃんの怒りのとばっちり喰らうもん」



花火大会を諦めきれない沖田くんが食い下がる。
しかしこれ以上風紀委員会の肩を持つと大事な親友から標的認定をされかねない。彼女の細い腕に一体どこにそんな力があるのか、私なんて殴られたら衝撃で分子レベルに分解されて消滅する。




ごめんごめん、と軽く言えば、拗ねたような顔をした沖田くんはなまえのくせに生意気でィ。と言って私の前髪をむんずと掴んだ。




「痛っ!ちょっと、土方くん!!こいつ何とかしてよ!!私のことをなんだと思ってるのこいつなんなの?!」
「おい総悟。やめとけよ、マジで嫌われるぞ」
「別になまえに嫌われたって痛くも痒くもねェ。て言うかなにお前マジでチャイナにも志村にも誘われてねェの」
「誘われたけど、」




もちろん休みに入る前に意気揚々と誘われた。私も行く気満々だったのだが、あ、その日補習だ。とぼそりと呟くと、妙ちゃんは異常に反応して、じゃあやめときましょ!と言ったのだ。



別に補習なんてすぐに終わるのに。
花火大会だって余裕で間に合うのに。
不服そうな顔をしていた私に、
学校の屋上から綺麗に見えるのよね、確か。
と言って意味深に笑った妙ちゃんは少し怖かった。



私は全部知ってるのよ、と言われているようで。
あの瞬間を思い出してぶるりと体が震えた。
山崎くんが、寒い?なんてトンチンカンなことを言っているが無視した。彼はそんなところに気を回すくらいならこの掴まれたままの前髪を救済する方法を考えてくれたら良いのに。
少し抜けているのか。
あ、前髪じゃなくて。彼の性格の話だ。



「断ったのか?」



誘われたけど、の続きを紡がない私に不思議そうな顔で土方くんが尋ねる。
断るつもりもなかった。ていうか途中からでも合流してやろうと、カバンの中に化粧ポーチも持って来ている。
参加する気満々である。



「断ってないよ、行くけど」
「けど、何だよ」
「…学校の屋上からね、綺麗に見えるんだって。」




これはきっと、いう必要のなかった情報だ。
妙ちゃんが私にあんな事を言ったのは、きっと淡く脆い、馬鹿な恋をしている私に、一夏の思い出を作ってくれようとしたのだ。
でもそんな事があるわけない。一緒に見ようなんて、言えるはずない。
勇気がないとかそういう事じゃなくて、
きっと銀八は困るだろう、私がそんな事を言えば、本当に気づいてしまうだろう。
大人は、よく見てる。全然見ていないようで、銀八という人間は生徒の事をよく見ているのだ。
一緒に花火見ようよ、なんて言えば、先生は気づいてきっと困る。
ごめんね、妙ちゃん。
妙ちゃんの優しさを踏みにじるような事してごめんね。



「ああ、よく見えるだろーな、位置的にも高さ的にも。」
「…ね、障害物も何もないし」
「じゃあここで見やしょうよ」
「だから、俺たちは見回りを「トシ、良いじゃあないかたまには。息抜きも必要だろう。」
「近藤さん…アンタ志村の浴衣見たいだけだろ」




妙ちゃんの優しさを裏切ってしまったようでもやもやとした私をよそに、盛り上がる近藤くんたち。
ちりちりと痛む首に手を当てて、気づかれないようにため息をつけばこちらを見ていた山崎くんと目があった。




『なまえちゃん、ほんとに良いの?』


彼の唇が、そうやって動いたような気がした。