5日目

「なまえ〜!!久しぶりアル〜!!」
「あ〜!神楽ちゃん!」


私の名前を呼びながら、てててて、と走り寄ってくる神楽ちゃんを抱きしめる。
いつもの牛乳瓶の底のようなメガネはかけていない。紺地に赤い金魚が描かれた可愛らしい浴衣に身を包んで私の前でくるりと一回転してみせる姿はとっても可愛らしい。


「どうアルか?」
「可愛い!新しい浴衣?」
「ウン!みんなでお祭りに行くって言ったらパピーが買ってくれたネ!」


嬉しそうにくるくる回る神楽ちゃんは控えめに言って天使だ。新しい浴衣を買ってあげたくなるパピーの気持ちがよくわかる。



結局あのあと、みんなで学校で花火を見ようという流れになった私たちは、銀八に許可を得たりみんなを呼び寄せたり、超特急で花火鑑賞会の準備をすすめた。これで良かったんだ。今年もみんなと花火が見られて私は嬉しい。その気持ちに偽りはない。
ただ申し訳ないと思うのは妙ちゃんに対してだ。



「なまえは浴衣着ないの?」
「うん、今日はね、持って来てなかったんだ。」
「大丈夫よ、私が持ってきたから」



残念がる神楽ちゃんの後ろからにゅっと現れたのは妙ちゃん。ビニール袋をたくさん持って、にこりといつもの笑顔で笑っていた。



「妙ちゃん」
「姉御!遅かったアルね」
「会場に行って焼きそばとか、たこ焼きとか、買ってきたの。あと、ほら、卵焼き。焼いてきたわ。」



にっこり聖母のように笑みを深めた妙ちゃんの斜め後ろで新八くんがすまなそうな顔をしている。
妙ちゃんが卵焼きをやくのを止められなかったことにたいする自責の念に苛まれているのだろう。
いや、良くやったよ新八くん。
君に君の姉上を止めるという役目は少々荷が重い。
こっそり新八くんの労をねぎらっていると妙ちゃんは、はいこれ。と風呂敷包みを私に差し出す。



「どうせなまえのことだから、持ってきてないと思ったの。私のやつだけど、着ましょうよ。」
「ありがとう妙ちゃん。」
「いいのよ、女の子はみんな浴衣着てるんだもの、なまえだって浴衣姿で写真撮りたいわ」



着替えてくるから、覗いたひとは殺しますよ
そう言って笑う妙ちゃんに続いて隣の教室に移動する。



ちなみに屋上での花火鑑賞は却下されてしまった。
そんな危険な事は許可できないと校長に渋られたのだ。銀八がすべての責任をもつという条件付きで、最上階の教室のみ使用可能になった。
まあ最上階でも全然問題ない。廊下に出て校庭に面した大きな窓から見れば、壮大な花火が見られるだろう。



学校でみんなで花火を見たいんですけど、といった時の銀八の顔を思い出す。
めんどくせーなと言いながら少し嬉しそうに見えたのは何故だろう。




「なまえ、ごめんなさいね」
「え?何が?」
「私、余計な事したわよね。」



屋上から綺麗に見えるのよね、確か
お妙ちゃんのセリフを思い出しながら私は、逆にごめんね、なんか。と言い返す。
シュルシュルと長い帯を後ろからわたしの腰に巻きつける妙ちゃんの顔は見えない。



「ううん、違うのよ。屋上でよく見えるって私がいった時、なまえ悲しそうな顔してたから」
「そうだった?」
「ええ。私、余計な事しちゃったなって。」
「全然、わたしすごく嬉しかったよ、妙ちゃんがそうやって私のこと考えてくれてるの。でもわたしに勇気が無かったから、せっかくの妙ちゃんの優しさを踏みにじるような事になっちゃって。」
「いいのよ、そんなの。ただのお節介だもの。なまえの気持ち、ちゃんと考えてあげられなくってごめんなさい」



ごめんね、と互いに言い合ってる現状が、突然おかしく思えて笑ってしまう。


「妙ちゃんが親友で良かった」
「わたしもよ」



うんと可愛くしましょ!と言ってわたしの脇腹のあたりから顔を出した妙ちゃんはとっても楽しそうだ。良かった。やっぱり、みんなで花火を見るのが一番楽しい。あわよくば、先生も来てくれたら良いのにな、なんて思うわたしはとても欲深いやつだ。











ぎゅうぎゅうと絞め殺されるかと思うくらいに強く帯を締めた妙ちゃんに若干恐怖を覚えつつ二人で教室に戻れば、風会委員のみんなに加えて桂くん、さっちゃん、九ちゃんも合流して教室は賑わっていた。机を数個くっつけてその上に買ってきた妙ちゃんが買ってきた焼きそばやたこ焼き、誰かがコンビニで買ってきたであろうポテチやペットボトルのジュースが置いてある。
あとはいらない机をすべて壁際に寄せてしまえば意外と教室は広いものだ。



「なまえ、似合ってるアル!」
「ああ、ほんとに、可愛い」
「ありがとう神楽ちゃん、九ちゃん、二人も可愛い!」



ほんとに、可愛い、と私の方を振りむいた九ちゃんの手にタッパーと妙ちゃんの卵焼きが握られていたのは見ないフリをした。お腹壊すよ、九ちゃん。
教室の隅で、多分あれを食べたのであろう近藤くんがぐったりと大きな体を壁に預けていた。
御愁傷様である。



「あとどれくらいで始まる?」
「あと10分くらいでさァ」


壁際に寄せられた机の近くに立っている沖田くんの側に行きながら、適当に机に置いてあったお水のペットボトルを掴んでぐったりしている近藤くんの左手に持たせてあげる。ちなみに右手にはやはり妙ちゃんの可哀想な卵、もとい卵焼きが握られている。こんなになっても離さないなんて彼の愛はとても強い。
彼女の怒りは買いたくないけれど、彼もまた私の友人だ。放って置くわけにはいかない。
「これ飲んでね、」と声をかければ近藤くんは小さく頷いた。


私は間違っても、これ(水)でそれ(卵焼き)を流し込んでねとは言ったつもりはないのだが、彼は私のこれ飲んでねをそう解釈したようだ。右手の卵を口の中に押し込むと、泣きながら水を飲んでいた。
近藤くん、それはもう失礼だよ。


「10分か。」
「あ、なまえちゃん浴衣着たんだね、可愛い」


机のうえに胡座をかいてたこ焼きを食べていた山崎くんが、沖田くんの向こう側からひょっこり顔を出した。

山崎くんの言う可愛い、は何故か他の誰かに言われるよりお世辞臭くなくて嬉しい。
彼はよくも悪くもとても素直な人間だ。



「えへへ、ありがとう、」



素直に照れながらお礼を返せば沖田くんが気持ち悪い顔すんなよと私の頭を小突いた。
クソ沖田め。
キッ睨み返せば、すごく意地の悪い顔で笑い返されたので少しだけ距離を開けた。



「あと10分もあるから、今の内に髪の毛縛ってくるね」



写真撮ろうよー!と声をかけてくる可愛い女子たちにそう告げてカバンの中のポーチを持ってトイレに向かう。


お団子なら10分もあれば余裕でできる。
ついでに化粧も直してしまおう。


暗い廊下を足早に通り過ぎて、トイレの電気をつける。鏡を見ると浴衣をきて粧し込んだ自分がこちらを覗き返していた。妙ちゃんの貸してくれた浴衣はとっても可愛い。
使い慣れたトイレにいつもとは全然違う格好で立っている、そんな非日常感がとても良い。
手早く髪をまとめ上げてふんわりお団子を頭のてっぺんに作れば、いかにも、お祭り!という雰囲気が出て、気分が高揚した。
赤い口紅の上からリップグロスを薄くつければ、自分でいうのもなんだが良い感じだ。
ああ。銀八に見てもらいたかったな、なんて思ってしまう。せっかく綺麗にしたのに。


でもきっと、見せたところで。
そこまで考えてネガティブはやめようと頭を振った。今日は楽しむ。人生に置いて大事なものは恋だけじゃない。友情だって私の人生で大部分を占めている。



ギイ、と重たい扉を押しあけて再び暗い廊下に出る。
早く戻ろう。始まる前に撮らなくては。
きっと始まったらみんな興奮して、終る頃にはこんな綺麗なままじゃない。うちのクラスはみんな元気だから、暴れるのだ。とくに妙ちゃん。
ふふ、と笑いながら一歩踏み出した瞬間、


視界の端で見慣れた白い白衣が揺れた。
屋上に通じる階段をぺったぺったとよく聴き慣れた足音をたてて登って行く。



ああ。



写真撮ろうよー!と言った可愛い友人たちの顔が浮かぶけれど私の足はピタッと動きを止めてしまう。
先生だ。
間違えるはずがない。
ぺったぺったとやる気のない足音を立てて、階段を登って行く銀八の後ろ姿をその場にとどまってじっと見つめる。


ちらりと腕時計を見れば、打ち上げ開始まではあと5分。白く揺れる白衣をもう一度見ればどんどん上に登って行く。



まだ、始まらないよね。
ちょっとくらいここで時間を食っても、誰も文句は言わない。




「先生」



慌てて階段に駆け寄って下から呼べば、
おー、なまえか。と立ち止まって私を見下ろしたのはやっぱり銀八で、ぽかぽかと身体が暖かくなるのを感じた。