ゴールドとクリスタル


「もしさ」
「うん」
「俺が明日いなくなったら、どう思う?」

まただ。時々彼は返答に窮する問いをさらっと投げかけてくる。意味もなければ意図もなく、ただ単純にふと気になったことを呟いてみる、という風に。それは私だけが例外というわけではなく、ある意味純粋な興味を持ってしてところ構わず問いをぶつけてくる。とても彼らしいけれど、こっちがどういう気持ちに陥るのかなんてことは頭をよぎらないらしい。…というかよぎってたらこんなことしないでしょう。
真意が不明な質問ほど答えづらいものはない。彼の場合、それは少し性質が悪いようにも感じた。ああもう、なんて答えたらいいの?短い溜息が自然と零れ出て、一体今まで何度溜息を吐いたかなんて無意味なことを考えてみる。答えを待つ彼の視線を全身に感じながら、相も変わらず突拍子な問いに心中こっそり悪態を零す。

「ああそれと」
「?」
「じゃあ私がいなくなったらゴールドはどうするのーとかいうのは、ナシだかんな」

あ。しまった、先手を取られた。じゃあどうしろっていうのよ……。うーんと頭を悩ます私をにやにやと眺める彼はいつになく意地悪だ。なんだか無性に腹立たしい。それよりもどうしたものか、全く良い答えが見付からない。いよいよ本格的に答えに躓いてきて、もうどうにでもなれと叫びたくなった。

「そう、ね……それなりに、困るわ」
「オイオイそれだけっすか」
「だって、そう答えるしかないんだもの」

如何にも不服そうに顔を顰める彼。困る、困るって答えよりももっと、的確な。

「嫌」
「あん?」
「ゴールドがいなくなったら、嫌。私は、ゴールドが居ないと駄目なの」
「……へえ」

ハッと、どこか楽しげな彼の声に自分が今何を口走ったのかを自覚する。それは紛れもなく確かな本音だけど、こうも簡単にぽろっと漏れてしまうなんて。なんだか恥ずかしくなり、頬に熱が集中する。きっと今、真っ赤になってるわ。見られないようにと思わず顔を俯かせるも、彼の放った次の言葉に顔は真っ青になった。

「そういってもらえたってことは、俺はそれくらいクリスの中で存在大きいってことでいいんだよなあ。でも、俺が居ないと駄目って今度はこっちが困るわ。俺が居なくても大丈夫じゃねーと、さ」
「――え」
「あー、なんかもう心配になってきたっつー……でもまあクリスなら、大丈夫か」
「待って。何、なんでそんな、こと――今言うの?」

違和感。それは問われた最初からあった感覚。敢えて見ないように、気付かないようにしてたのは私。そのせいか最初よりももっとずっと強くて果てしない不安感が私を襲った。彼が今ここでこの問いをする意味、理由、訳。先ほどの熱はどこへやら、全身は冷水に浸かりでもしたのかという程とっくに冷えわたっていた。とてつもなく嫌な考えが脳内を侵食しそれを肯定しようとする。だけど私の心はそれを頑なに拒んで否定をする、どっち着かずにふらふらと危なげな状態。冷や汗がつうっと背中を伝った。待って、待ってよ、嘘でしょう?そんな訳、ないわよね。ああ、でも――

「……これからは一緒に居られないかもしれねえんだ」

――嫌な予感って、当たってしまうものね。

「それは、どういう意味で」
「俺は」

私自身が聞いたくせに、その続きは聞きたくないと思いながら、耳をふさぐこともできなかった。全身が固まった様に動かないからというよりも、いつになく静かで真っ直ぐな彼の声を耳が自然と受け入れてしまう。それでも駄々を捏ねる子供のように、嘘だと思いたくて。現実だと認めたくなくて、そっと視界を暗闇へ投じる。

「もう、きっと、ここに戻ってこれない」
「……せめて理由くらい言いなさいよ……」
「ごめん」
「やめて。謝るくらいなら、そんなこといわないで」
「ごめん」

ただ冷静に淡々と事実を告げられたらもう何もいえなくなってしまう。卑怯だ。そんな優しげに、かつ申し訳なさそうな顔をされたら、どうしたって無理だってことも分かる。本当に、卑怯。彼はいつだって私に対して卑怯だわ。結局許すことになってしまうくらい甘いってことも分かってやっている。分かってる。全部全部分かってる。だから、自然と彼の決意も理解できてしまった。悔しい、絶対にもう彼の決意を曲げることはできない。
ここ数日の、彼の挙動は少し違和感があったことを今更ぼんやりと思い返す。その頃からもう既に違和感という種は蒔かれていたのに気付かない振りをした私が酷く滑稽な存在のように思えて自嘲する。

「馬鹿。ゴールドの、馬鹿」
「ごめん、クリス」
「ぜんぜん、大丈夫じゃないわよ。私だから大丈夫なんて」
「ごめん」
「……謝らないで、って言ったじゃない。謝ったくらいで、許すなんて」
「……わりぃ。でも俺馬鹿だから、謝ることしかできそうにねーや」

涙が今にも流れ出しそうだけど、泣いちゃ駄目、そう自分に言い聞かせる。だってもっと彼を困らしてしまうでしょう?優しすぎる彼に負担を掛けたくはない。今、ここでは。笑え。笑って、そして。

「ちゃんと帰ってきたら、許してあげるわ」

そのときに思う存分、泣いてしまおう。


アイロニー
(私なりの精一杯の皮肉)


苦し紛れに出た言葉は私も彼も傷つける言葉だった




20121021 執筆

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