高圧的日常


5.高圧的日常


『敵グループが人質と共に立て籠ってから56時間が経過しました。人質の安全を第一に考えヒーロー達も突入ができず…』


凶悪敵によるレベルでいえば6くらいだろうか…俺の専門なのになぜ頼ってこないんだ。テレビから流れてくるニュースに苛立ってしまう。


「凪さん…顔が怖いわ」

「んぁ、ああ…この事件俺が担当だったらすぐに終わらせられるのに、何で要請しないんだろうって」

「そうね、でもこの場合要請されていないのに赴いてら逆に危険になるから推奨されていないわ。地区でいえば…デクや烈怒頼雄斗も近いし…それに爆心地も」


見事に近接主体のやつらじゃねぇか。皆強くなったしヒーローとして経験豊富だ。でも適材適所ってのがあるだろ。敵を無力化させるには轟やミッドナイト、俺の個性だろうが。


『敵はわかっているだけで炎熱系、電気系、増強系の個性を持っており、また銃や爆弾を所持しています。グループはタルタロスに収監されている仲間の解放を要求しており…』


炎熱系か…それだったら轟の個性じゃ鎮圧しきれない。テレビからは常に、硬直状態の現場が流れている。静はそっとしてくれているが俺と同じで内心現場が心配なんだろう。

タルタロスに収監されている敵って結構ヤバイやつらだ。そいつと仲間ってことは過激思想の持ち主なのは間違いない。捕らえられている30ほどの人質だって殺されないとは限らない。


「私、ブラド先生に生徒の定期検診についてお話ししてくるわね」

「ああ、いってらっしゃい」


俺も仕事をしなければ。入試監督のマニュアルは3冊頭に入れたところだが、2週間もかかった。相澤先生曰く、前半がきついがあとは楽ということだ。残り1週間ちょいで2冊覚えて…まぁいけんこともないだろう。しなきゃならんわけだけど。


「頭に入ってこねぇよぉ…」


俺が雄英で勤めなければ俺があそこに立って、事件解決してたのかな。人質たちは精神的にも体力的にもキツいはずだ。犯人達は交代で休んでるんだろうが。

パンッ!!


「マジかよ!?」


テレビから聞こえてきたのは銃声。犯人を下手に刺激したのか痺れを切らしたのかこれは良くない状況だって…


『発砲音です!現地にはデクと爆心地が応援に駆けつけていますが、トップヒーローの登場に興奮した犯人が発砲したもようです!』


『ああっ!人質の一人が怪我をしています!敵は腕を刃物にしています!敵へっ!!爆心地が今にも飛び出していきそうです彼の爆破音がっ!』


なにやってんだよ爆豪。人質が最優先だろーが。何してんだよ…何してんだよ!!!俺は!!


「俺は、ヒーローだろーが…ッ」


俺がするべきことは何だ?


「もしもし?校長ですか?ちょっと仕事行ってきます…ありがとうございます」


 * 


急げ急げ急げ!早くしろ!一分一秒が命へ繋がるということはいやほど知っているだろう。コスチュームに着替えていない白衣姿だし、緊急時にのみ使用が認められているドローンも運転したことないとか今は関係ないんだよ!


見えた!!


空中でドローンを乗り捨て…たけどよかった。勝手に着陸してくれるみたいだ。


「凪…」


空から降ってきた俺に回りのヒーローやカメラは注目する。せっかくアングラで顔も割れないように面をしていたのに。しかし…もっと隠れたとこに降りればよかった…いや犯人達からも見えてただろうから下手に見えなくなるよりは正解か。

隣にいる爆豪は至極しかめっ面で、いつもは隣にいれば勝手に凪いでくれるのに。今は完全にキレているからその程度じゃ意味がない。


「!?」


とりあえず目を覚まさせる意味でも爆豪を一発殴る。俺の拳じゃたいして痛くもないだろうけど。


「何しやがる!!」

「おい!なんだテメぇは!この人質が見えねぇのか!」

「黙ってろよ爆豪…俺はみての通り丸腰だ。高校で養護教諭をしているんだが」

「テメなにしに来たんだよすっ込んでろ!」

「あ”あ”?敵の正面に出て挑発し続けてるやつに言われたかねぇよ!それでもヒーローかよカス!人質のこと考えろ!」

「うっせぇんだよ!こいつらは俺がやる!人質も俺がっ!」

「俺が…なんだってェ!?!!?」


おっと…これは反省しなければならない。やらかしてしまった失態に奥歯をギリっと噛み締める。俺も犯人を挑発してしまった。それに爆豪もだ。人質の首にナイフ状にした腕を突きつけられている。


「ぶっ殺してやる!!」

「おい!!!爆!!、あ”あ”あ”発動最大限!!」


ー凪げー


 * 


「もう大丈夫だ」


俺が加減なく個性を発動したせいで人質まで腰を抜かしてしまった。ついでに隣の爆豪は完全に伸びている。敵に捕まっていた人質を姫抱きにして無事を確認する。肩から出血しているがもう血は止まっているし思ったより体温高いから憔悴しているというわけでもない。
建物内の敵は全員倒れた気配があったが一応こちらも確認だ。人質全員床で拘束された状態だが気を失った人もいない。


「待たせたな、俺はヒーローだ。もう安心していい」

「あ、あ…りが、とう」

「うん。人質確保!!!!!」


 * 


「悠揚…カーミング、その、お疲れ…さま」

「あー…お疲れ。まぁ、あれだ。何かでしゃばって悪かった。穏便に済ませるつもりが俺まで挑発しちまった。人質を危険に晒した。もっと良い方法があったし冷静じゃなかったよ…爆豪には殴って目を覚まさせようとしたけど、何もできない自分にイラついてたのは俺だし…」


事件の処理が大方片付いて大破したパトカーに腰を掛けていたら緑谷に声をかけられる。一度反省を口にしたら大量に出てくる。


「いや、僕たちはあの状況何もできなかった…最初轟くんに要請したんだけ炎熱系の個性がいて無駄ってわかったし…」

「ニュースでやってたな」

「あのまま君が解決しなかったらイタズラに時間が過ぎてた。かっちゃんだって痺れを切らして単騎突入しようとしたんだから。正直…君が来てくれるのを期待していたんだ」


緑谷の言葉が傷心の心に優しく染み込んでくる。普段はカウンセリングする側だけど、こうして誰かに吐露するって大事だな。


「雄英から飛んできたってのに良いとこなしじゃねぇかよ〜醜態晒しちまった」

「雄英から!?というか、顔…コスチュームじゃなかったけど大丈夫?」

「コスチューム前の職場に置いてんだ。だから取りにいか「凪!!!!」」


俺の言葉を遮って怒りの形相で登場したのは爆豪で俺の胸ぐらを掴む。白衣の下は水色のワイシャツだから掴みやすそうだ、なんて他人事みたいに考えてしまったけど今は目を合わせるのができないだけ。


「起きたんだな…」

「俺の方が上手くできた!邪魔すんじゃねぇ!一人で助けられたんだ!あいつらもぶっ飛ばせた!」

「…一人でどうにかできたって?お前の方が上だって?トップヒーローの爆心地様ってか?」

「そうだ、経験も事件解決もっ!」


お返しだと言わんばかりに左の頬を殴られる。骨ぼったい素手じゃなく、耐久性のある硬めのグローブだからクソ痛い。力も相当込められていて口に血の味が広がる。


「ップ…ふざけんなよ、敵を刺激して…人質危険に晒して。おまけに命令無視で単騎突入する奴が…。こういう現場は俺の専門なんだよ、俺のこと経験不足だって言いたいのか?お門違いもいいとこだな…検挙100%だわ」


爆豪は上鳴曰く、クソの下水道煮込みな性格だけど腐っているわけではない。大人になって丸くなったと風の噂で聞いたし、同窓会で会ったときもそれに納得した。

だが今の状況はどうだ?高校の入学時くらいの横暴さじゃねぇか。どこが落ち着いたって言うんだ。


「今回反省することは確かにたくさんある。でもな棚上げさせて言わせてもらう…お前は俺の個性で気を失った。この意味わかるよな」


再会してからこいつが絡むと冷静じゃなくなるってのはわかってた。穏やかで冷静が売りなはずなのにイライラが止まらないし不満も出てくる。


「頭に血が上ったら周りの話を聞こうとしない。皆を引っ張るリーダー力は誰よりもあるけどそれをたまに履き違えてる。周りを抑え込んだ行動してハイ、解決ってか?そういうところが嫌いなんだよ!!!」

「俺もテメェのその外から眺めて、できるだけ干渉しないように…いつでも引けるようにしてる態度が気に食わねぇんだよ!ヒーローだってそうじゃねぇのかよ!だから雄英いったんだろ。逃げたんだろ…ヒーローからも俺からも!」

「は、?」


爆豪の言葉に息がつまる。俺が逃げたって?ヒーローと爆豪から?そんなわけないじゃないか。ヒーローから逃げていないからこの事件にいても立ってもいれなくて就業中にも関わらず来たんじゃないか。爆豪の行動が不安でたまらなかったから殴ったんじゃないか。そんなわけ…


「ちょ、ちょっと…二人とも、」


そんなわけ。

あ、殴ろ。


「ンなわけねぇだろぉが!!俺がどんな想いでここに来たのかわかってねぇのはお前だろ!!あのときみたいにならないように!最善探りに来たんだろ!?いろいろ言い訳にして逃げたのはお互い様だ!」

「ふ、二人とも落ち着いてよ!まだ周りにマスコミも一般人もいるんだから!」

「でけぇ声で喚いてんじゃねぇ!いつものテメェみたいに癒してから話せやクソがっ!」

「ついでみたいに殴ンな!お前の籠手クソ痛ぇんだよ!こンのっ!」

「っぐっ俺も痛ぇわ!テメェこそメス顔して殴んなや!!」

「それ今関係ないじゃん!!?!」


ゼェ、ハァと息を切らしながら殴り合う俺たちはなんて滑稽なんだろう。止めに入ろうとした緑谷まで怒鳴らせてしまった。

彼の言う通りカメラはこっちに注目していて大方、事件を解決した謎の男からコメントが欲しいんだろう。それが気が狂いだしたようにトップヒーローと言い合い、ましてや殴り合いを始めてしまった。ちょっと引かれてる。

でも少し高校時代に戻ったみたいだ。あの時はこうして衝突して修復して理解を深めていった。喧嘩なんて滅多にしなかったけど、互いに溜まったフラストレーションを爆発させてすっきりさせて、仲直りのセックスもした。


ピリピリとした空気はいつの間にかなくなって冷静さを取り戻す。周りは気まずそうにしているけど俺たち決してそうではない。緑谷だってやっと終わったか、そういう顔をしている。付き合ってたのを知らない彼だけど昔何度か痴話喧嘩のようだと言われたことがある。


「あー、成長しろよな。1年の合同演習のときのかっこよさは何処ほっつき歩いてんだ?今のお前見ててヒヤヒヤする」

「っは、テメェはこれから精々顔晒したの後悔すんだな」


顔晒したのはしょうがない。過去のワンナイトとか出てきたら困るけど…たぶん大丈夫。なはず。


「顔はどーしようもねぇな。ま、頑張るよ」

「来い、いくらでも話し合ってやるよ」

「あ、俺職場に帰るわ」

「はあ"あ"!??!」

「雄英に来ればいつでもいるぜ」


爆豪のツンツン頭を一撫でして離れる。久しぶりに触れた髪は短くて、それでも案外柔らかくて切なくなった。

校長には許可貰ってきたけど静とか先生たち今頃吃驚してる。帰ろう。乗ってきたドローンを回収して飛び立つ。流石の爆豪もついては来れなかったのが幸いだったが、地上で恐ろしい言葉が俺に向けられたのがむちゃんこ心配だ。死期が近いかも。


「最後、僕の存在忘れてたよね…?」


緑谷、色々すまねぇな!!


【高圧的】

一方的に相手をおさえつけ、従わせようとするさま。
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