過渡的日常


3.過渡的日常

「じゃ、よろしく頼むカーミング」

「こちらこそよろしくお願いします。呼び方は名前でも良いんですよ?」

「じゃ悠揚で」

「ほいほい」


雇用契約書、誓約書にサインしてから2週間。
頭おかしいんじゃないかという早さで俺の籍は決まった。ヒーロー事務所にも在籍はしているが独立したフリーのヒーロー扱いだ。

後輩への引き継ぎもなんとか終わり雄英教員としての生活が始まる!


「時期外れではありますが、本日から養護教諭補助のカウンセラーを勤めることになりましたカーミングこと悠揚凪です。

個性は沈静。6年前に雄英を卒業して敵の制圧や被災者や救護者のカウンセリングをしていました。タルタロスにも定期的に足を運び看守のケアも行っています。

根津校長に個性を買われ雄英生徒のメンタルケアを行います。

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、黄金問題児世代のA組で、相澤先生の教え子でした。

通常はカウンセリング、ヒーロー科の演習が担当です。目下の仕事としましては一般入試の試験監督を一部引き受けます。

教員としては産み落とされた直後の卵です。至らぬ点が多々あると思いますので、ご指導のほどよろしくお願い致します」


長ったらしくならないように挨拶を済ませる。相澤先生も及第点の顔してるから良かったのかな?

にしても、見知った顔が多い。


ミッドナイトの場合

「イケメンが来てくれると癒されるわ〜」

「ミッドナイト先生も相変わらず綺麗ですしさすが18禁ヒーロー、スタイルも文句ないですね」

「触る?触って良いのよ?イケメンなら大歓迎」

「あはは…俺犯罪者にはなりたくないっす」


セメントスの場合

「久しぶりだね」

「お久しぶりです。覚えてくださってたんですね」

「あのクラスのストッパーだったからね。体育館を壊される度に君には世話になった」

「…これでも常識人なんで、」


プレゼント・マイクの場合

「悠揚リスナーノってるかい!?」

「いぇーい(棒読み)」

「相変わらずブチ上がんねぇなぁ」

「個性のせい個性のせい」


ブラドキングの場合

「あの時は競う形だったがこれからは協力していこう」

「ブラキン先生!生徒に慕われる先生を目標に頑張ります!」

「目標はイレイザーじゃないのか?」

「相澤先生もですけどブラキン先生のことは物間から聞いていたんで」

「アイツと仲良かったのか?」

「個性柄俺の近くでは大人しくなるんで」

「なるほどな」


ハウンド・ドッグ先生の場合

「悠揚、お前を見るとあの時の屈辱を思い出す」

「まだ引きずってるんですか、期末試験のこと」

「あんな醜態はもうごめんだな」

「大型犬みたいでかわいかったですよ」


先生全員とはいかないけども割かし話すことはできた。さっさと保健室に戻って彼女の指導を受けなければ。


「静、戻ったよー」

「お帰りなさい、凪さん」


"静" "凪さん"

長い付き合いになるだろうからと互いの接し方をフランクにしようと出会った初日、サインをしたその日に決めたのだ。


「初めまして、リカバリーガールの後継者で養護教諭を勤めていますルコウソウです。歳は私が1つ下なので敬語は使わないでください」

「初めましてカーミングだ。長い付き合いになりそうだからフランクにいこうよ。呼び方はカーミングでも悠揚でも凪でも何でもいいよ」

「じゃあ親しみを込めて凪さんで。修善寺静代です」

「おっけー、俺は静と呼ばせてもらうわ。お世話になります」


生徒のことやら書類のこと彼女からはこの2週間で色々学ばせてもらった。年下ではあるが優秀で気が利くかわいい先輩だ。

彼女はリカバリーガールの孫だがコネクションがある雄英ではなく士傑高校ヒーロー科で自身の個性を磨いたそうだ。

そして卒業後はリカバリーガールの後を継ぎたいと自らここへ志願したそうだ。士傑ドンマイ。


「静のヒーロー名って花の名前だよな?」

「はい、ルコウソウの花言葉からとったの」

「確か"おせっかい" "元気" "繊細な愛"っだったけ?うん、静の赤い瞳も相まってピッタリだね。
小さくて儚い、でも強い花だ。そして包み込んでくれる女子特有のふわふわしたかわいく優しい
笑顔。

リカバリーガールには悪いけど俺たちの養護教諭も静が良かったよ。怪我だけじゃなく心まで回復するじゃん、素敵」


「ふふ、よく知っているわね。誉めてくれて嬉しいわ。凪さんを知らない人が聞いたらナンパされてると思うんじゃないかしら?でもやっぱり女の子と話しているみたい」


先日A組女子にも言われたが親しくなると俺は女子テンションになるらしい。男共と一緒なら荒くなるけど。最初こそ照れられたが、これがデフォだと理解したみたいだ。


「顔もイケメンっていうより私は綺麗って思うわ」

「クラスメイトの女子にも言われたよ。男子にはメス顔とかさ」

「ふふ、わかる気がするわ。凪さんはどうしてカーミング?calm down?」


ヒーローネームの考案はいつだったけか。
雄英体育祭明けだったな。


「ああ、それを含め3つの意味があるんだ」

「3つも?」

「1つ目はcalm downで和らぎや落ち着きを表す。個性が沈静だからねそういうの選んだ。
 2つ目はcome の現在分詞。次は俺が来たぞってね。
 3つ目はcoming out 。カウンセラーとして何でも話してほしいんだ」


そういえばミッドナイトが名は体を表すっていってたけどその通りになったな。あの時は1つ目しか考えていなかったのに。「凪さんこそ名前の通りね」何て言われたけどホントそうだ。


「凪さんならここの生徒たち、男女問わず人気になりそうね」

「単なるおしゃべり相手は勘弁してほしいけどな」


俺がここに来て始めての大きな仕事は入試の試験監督だ。それにともない今は化石と化した辞書のような本が5冊マニュアルとして手渡された。覚えろというわけではないがいざというときのために対処できるくらいは頭にいれておかなければならない。

しんどい。


「相澤先生、話し相手になってください」

「お前の話し相手は生徒だろうが」

「生徒に愚痴りそうで無理です、監督マニュアル辛い」

「あれは通常1年かけて覚えるからな、俺でもキツかった」

「根津校長あったまおかしいよ、ハイスペックどころじゃない、1ヶ月半って…」

「お前頭いいだろ」

「悪くはないですけど…凝り固まって」

「…俺のクラスに演習に参加するか?」


お、いっちょ久しぶりに身体動かしますか。


「カーミングだ、今日は君たちの演習を引き受けた。本気でやるから本気でかかってこい」

「「「「「「(イケメン)」」」」」」

「俺の元教え子だ。知ってるやつもいると思うが最近養護教諭になった。デク、ショート、爆心地と同期でもある」


「カーミング?聞いたことなーい」

「女みたいな顔しやがって、イケメンめ」

「名が売れてないんだ、どうせ弱いさ」


この反応の一部は俺たちが相澤先生に最初に持った印象に似ている。デクみたいなオタクがいればまた別だけど俺のこと知ってるやついないのは好都合。


「全員でこい。連携でも単独でも罠でもなんでもいい。俺に触れることができたら君たちの勝ちだよ」



「舐めやがってぇ!」


相澤の現教え子たちをわざと挑発する。相澤の合図とともに演習という名の戦闘が始まる。


 * 


「お前成長したな」

「だてに毎日凶悪敵を相手にしてないですよ」


先生も驚くほどの成長ぶりだったみたいだ。

入学当初は周囲を少し大人しくさせる程度。入試のロボの点数も下から数えた方が早いくらいの順位だった。それが今や遠距離から対象の筋肉を弛緩させ再起不能にさせるまでに。疲れるから現場では1日1回しかできない俺の取って置きだ。


テリトリーに入ればまず戦意をなくしその場に座り込む。筋肉が弛緩したかのように動けなくなる。遠距離からの攻撃を試みるも個性の範囲はかなりある。


「本気を出すって言ったけど正直4割くらいですね。本気だったら君たちは個性すら使えず気を失う」

「相澤先生と同じ抹消かよ!」

「むしろ上位互換だって、近づいたら戦うのとかどうでもよくなった!」


「あー!思い出した!アングラ系ヒーローカーミング!個性は沈静、レベル4以上の強悪敵専門、対敵したらほぼ100%の検挙率!!救助活動では個性で心のケアを行いパニックを防ぐ!コスは顔に狐のお面してるし今は白衣だから思い出せなかったー」

「よくご存じで」

「なんだよー強ぇじゃねぇか」

「暴れ馬や野犬もすぐに手懐けられるよ」


生徒たちを精神的に叩き潰したあとは激励の言葉と個性でしっかりとメンタルケアを行う。


「俺の個性は沈静。

俺は入学したとき精々半径1mの範囲を大人しくさせるくらいしかできない接近タイプだったんだ。そのくせ殴り合いはそこまで強くない、むしろ弱くて先輩に腹ワンパンで負けてたし。

トータルで言えば今の君たちより弱かったかな。
でもここで経験と実践を積んで強くなった。

今では泥酔しない限り個性のインターバルもほぼない。本気で戦えばランキング一桁の同期と渡り合える自信だってある。

君たちにはあと丸2年、存分に成長できる。
将来同じ現場で活躍することを期待しているよ」


通形先輩にもこうやってみんなやられたなー。
腹にワンパン、俺以外はがちでくらってたっけ。
雄英に来たら懐かしいことばかりだ。


「カーミングの本名ってさ、悠揚?」

「え、本名まで知ってる感じ?」

「俺が自分の個性を過信しすぎてた小学生の時、ショートと爆心地に個性使ったことがあるんだ」

「うちのツートップは小学生と何してんのやら」


話を聞くと仮免の補習で彼らは小学生の面倒を見るというミッションがあったらしい。曰く心を成長させるためのカリキュラム。そんなことまでしてたんだ。


「そんときショートが悠揚みたいに優しくなれねぇって言ってた」

「個性が沈静だから俺のそばにいると穏やかになれるんだよ」

「爆心地は早く帰って俺の癒しに会いたいって言ってたからてっきり女の人だと思ってた!」

「(あの時か)」

爆豪そんなこと小学生に言ってたのかよ。

「でも先生ってイケメンだけど女の人みたい!話し方も普通だと柔らかいし見た目も!」


そんな言葉を最後にその日の演習は終わった。


最近忙しくて忘れてたけど爆心地って聞いただけで穏やかじゃなくなるんじゃいかんな。


…まだ好きなのかな。


俺は今日も監督マニュアルを読みながら眠りについた。


【過渡的】

ある状態から新しい状態に移る途中であるさま。
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