鳥瞰的日常


8.鳥瞰的日常

今日は俺の大仕事、雄英の入試の日だ。マニュアルもしっかり読んだし、マイク先生に打診された実技説明も急ながら良いものに仕上げたと思う。

ちなみに爆豪はあの後ブチギレながら帰ったらしい。ちゃっかり連絡先置いていく辺り、関係を修復させようと努力している様子がみられる。

これが終わったら連絡するか。


 * 


『えー…これマイク入ってる?あ、入ってるね。んじゃま、皆さんようこそ雄英高校ヒーロー科の入試へ。なにかと最近話題のヒーロー、カーミングです』


眼前に広がるのは一万を越える受験生たち。俺たちのときもむちゃくちゃ多かったけど、年々受験生は増えているらしい。個性の複雑化により一人っ子世帯が増えたこのご時世、ここだけはその少子化を感じさせない。


『今から君たちには模擬市街地にて仮想敵、ロボットと相対してもらう。仮想敵にはそれぞれ得点が振り分けられており……』


マニュアルに沿った説明も無事に終わりきが引き締まっているやつもいれば、絶望しているやつもいる。


『これは”ヒーロー科”の入試だ。そりゃ強いに越したことはないが……俺みたいに攻撃タイプの個性じゃないやつもいっぱいいるだろう。よく考えて動けよ?』


個性のタイプによって採点が少し異なるなんて口が裂けても言えないから、これは俺からの最大のヒント。


『さて、ここで俺から君たちにプレゼントだ』


右手を前にかざし個性を発動させ会場内を包む。所謂メンタルケアだ。メンタル面含めての受験だと考えるやつもいるみたいだが可能性を潰したくない。


『ちったぁ落ち着いたかな?ガチガチに緊張してたら実力出せないよ。PlusUltra、諸君らの限界越えた姿を俺に見せてくれ。健闘を祈る』


優しすぎたかもしれないけど、受かるやつは受かるし落ちるやつは落ちる。中3でこんな厳しい門を叩くやつらだ。腹括って挑めよ。


 * 


実技試験も終わり早速採点へと移る。こっからが地獄の始まりだ。あらかじめ個性によってタイプ分された生徒たちの敵ポイントを計算していく。救助ポイントや、個性加点でトータルを出し順位化する。その際にアンチヒーロー的な動きをしたものは容赦なく採点から除外。

一万を越える受験者を70名ほどの教師で見んだが…採点が片寄らないようにランダムかつ複数人で一人一人チェックしてく。

ようやく2割を終えた頃小休憩。聞いてた通りしんどいけど、子どもたちの将来を決める大事な作業であるため手を抜くことは許されない。


あ、忘れてた。爆豪に連絡入れようと思ってたんだ。再び恋人になった爆豪へと電話を…ん、恋人…恋人かぁ、そっかぁ…恋人になったのかぁ………なんか、クるもんがあるな。

それはさておきアイツの勤務時間なんて把握していないから出るかもわからねぇけど、不在通知入れておけばかけ直してくるだろ。

あれ?何について話せばいいんだ?次の休みとか言われても俺は採点をするから3日は徹夜の覚悟だ(例年3徹は当たり前らしい)。作業効率下がるから合理的ではないが一刻も早く結果を出さなければいけないため致し方ないらしい。

徹夜後は教師は休暇らしい。俺は問題児のカウンセリングをすることになったから休めなかったけど。加えて週明けにはカウンセリング詰まっている。ぶっちゃけ休み無ぇのは辛い。

8回くらいコールしてもでなかったら折り返しを待とう。そう決めた矢先低い落ち着いた声が鼓膜を刺激する。


『はい…』

「あ、俺。今大丈夫か?」

『…オレオレ詐欺かよ。ちゃんと名乗れや凪』


名乗っていなくても声だけでわかっているくせに。こういう素直じゃないところが可愛らしく思えて好きだ。


「はいはい、愛しの凪くんですよー。番号置いていったから連絡しろってことかなーって思ったんだけどさ」

『お前、次いつ休みだ』

「やっぱそうくるかー。今日から3日間徹夜して、翌日は休校だけど俺は朝からカウンセリング入ってる。そっからは通常授業だから…あ、卒業式とかテストもあるなぁ、春休みに入る来月の25日くらいかな?次の休み」

『は?1ヶ月も先かよふざけんな』


高校教師なんてそんなもんだろ。特にうちはヒーローしてる先生しかいないから非番らしい非番なんてほぼないよ。春休みも入学準備が忙しそうだし……


「んなこと言うなって。俺が望んでやってんだから否定しないでくれよ」

『…わーったよ。近いうち行ったるから、前回の分含めて覚悟しとけや。こちとら色々溜まってンだよ』


主に性欲では?と言いそうになったのをなんとか飲み込み再び死を覚悟する。マジでこぇ……


「お、お手柔らかに…」


電話を切り採点作業へと戻った。恋人の声を聞けた俺はその後快調だったらしい。愛の力ってすげぇや。


 * 


3徹を華麗に終了させ仮眠の後カウンセリング。


「ねぇ、だから何でいんの?」

「近いうち会いに行くつったろ」


はい、確かに今回はあなたのおっしゃった通りでございますよ?問題なのは何故ここに来たのかではではなく、何故この部屋にいるのかということ。


「部屋聞いてカードキー貰った」


そこにはご丁寧に入校許可証と俺の部屋の鍵。有言実行する奴なのはわかっていたけどベッドの中に入らなくてもよくないですか?襲われそうになる前にベッドから抜け出し顔を洗う。これから仕事だって知ってるはずなのに、マジで何でいるの。


「何か、よくわかんねぇやお前。俺今から仕事だから、構ってる時間ないよ」

「恋人の姿を一目見たくて来ただけだから別にいい」


ギュンってきた。キュンじゃなくってギュン。ここで素直さを出してきて俺を殺す気かよ。はぁ〜っと長い溜め息が出てしまう。幸せによって出た溜め息だ。首にかけていたタオルで拭くふりをしながら赤くなったであろう顔を隠す。

俺も仕事は忙しいが爆豪も人気トップヒーローだ。貴重な休みを俺に費やしてくれた事実がこの上なく嬉しい。俺のベッドに転がったままの爆豪にキスを送る。


「お前みたいな猪突猛進問題児を相手にしてくるからちょっと待っててな?」


口角を上げる笑顔は挑発的で爆豪らしい。


 * 


「説教なら聞かねぇぞ」

「説教じゃないって。頭に血が上って殴り合いの喧嘩する俺に、お前を説教できないし」


猪突猛進な彼はご機嫌斜めなようだ。本来であれば休日の今日、鍛練でもなくインターンでもなく説教染みたカウンセリングを受けさせられているのだから嬉しくはないわな。でも今日が良いって言ったのは君なんだぜ?


「何で戦闘スタイルを変えたかだけ教えてほしいんだ」

「そっちの方が効率がいい。俺が先に行って先に倒す。ホークスとか爆心地もそうだろ」


彼らを盾にされたんじゃ崩しにくいな。憧れのヒーローの戦闘スタイルを真似ることは珍しくない。それが自分にばっちしハマっていれば問題無いのだか、こいつの場合は要注意と思われるような戦い。


「生き急ぐのは効率いいとは思えんなぁ。まぁ、俺もそういう経験あるからわからんでもないけど」

「ふんっ」

「いつか息切れおこす。ホークスはスピードはあるが打撃力は低い。だからタイアップはエンデヴァーを選んだ。爆心地は…意外と仲間に頼ってンだぜ。最初は違ったけど」

「なぁ、そんなことより同期なんだろ?俺!爆心地みたいなヒーローになりたいんだ!」


爆豪のフォロワーか。こりゃ攻め方を変えなきゃこいつに響く言葉は見つけられないなぁ。


「何が聞きたい?」

「高校時代どんなんだった?やっぱ強かった?才能マンってテレビで言ってたけどどんなことできんの?昔から強いの?なぁ!教えてくれよ!」


どうやら熱烈なフォロワーらしい彼は次から次へ質問が湧いてくる。いや、俺爆豪のスリーサイズとか知らねぇし。


「高校時代か…今より尖ってたんじゃねぇか?一匹狼タイプで知らない奴はモブって言ってたし」

「テレビで見るまんまじゃん!さいっこー!」

「才能マンだから料理も上手かったし楽器も大抵できてた。文化祭のドラム見たことある?」


ある、と元気よく返事をしたかと思えば彼のことは細かくチェックしているらしくもしかしたら俺よりも知っているかもしれない。その興味を少し外に向ければ世界が広く見えてもっと楽しくなるだろうに。


「演習はどうだった?強かった?」

「強かったよ。クラス対抗の時はかっこ良すぎてビビったなぁ、完璧なチームワーク。でも如何せん短気だから問題起こすし。あ、最近も癇癪起こして単騎突入しようとしたわ。バカだよなぁ」

「だぁれが、バカだって?」


地を這うような低音で俺の頭を鷲掴みする。コイツ待てもできない短気だったのか?……思い当たる節はたくさんあるけど…ッ。


「何時間待たせンだよ」

「はわああああ!本物の爆心地だ!!」


時計の短針は12を指している。昼の時間を忘れて話し込んでしまっていたみたいだ。お菓子を摘まみながら爆豪の高校時代を話していたためお腹はすいていない。

そんなに時間が経っていたとは思わなかった。寝不足の頭を回すためにエナジードリンクを飲んだせいかアドレナリンが出て時間の感覚には鈍くなっていたのか。


「はぁ、お前出てろ」

「あ”ッ」


ピシャッと閉められた扉。爆豪に放り出されるようにカウンセリングルームから閉め出された。鍵をかける音がしたからこちらからは開けることはできない。できなくもないけど今はできない。

爆豪で大丈夫か?爆発はしないだろうけど怒鳴りそう。てかカウンセリングって言葉知ってるのか?……それはバカにしすぎか。


待つこと10分。


「はぁ!?おま、お前泣かせたのか!!?何やってんだよ!」

「うっせぇなー、これでいンだよ」


どう見たって泣いている生徒を横目に気怠そうに欠伸をするコイツは何をしたんだ。怪我はしていない…やっぱりあの顔怖かったのか?わかるよ、俺もその顔で何回も死を覚悟しているから。

じゃなくて、男子高校生が泣くほどっ、何、を………笑ってる?


「ありがとうございました」

「っは、いいか。ヒーローってのは勝つのも救けるのもできないと一人前じゃねぇンだよ。チームメイトに背中預けられないような奴が救う?ふざけんなや。視野が狭い奴になんかこっちから願い下げだわ」


かつて爆豪がそうだったように彼は今ヒーローの姿がわからなくなっている。それを正してやれるのは彼が憧れる爆心地だけなのかもしれない。

オールマイトに諭された爆豪は、その意志を次世代へ継承する。


「目指すものがあることはいい。だがな、そこにお前の正義はあンのか?」


コイツ、ほんと格好いいヒーローになったよな。


【鳥瞰的】
鳥が上空から見下ろすように全体を広く見渡すさま。
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