サンイーター(27)
「お待たせっ、サンイーター」
今日は個性なしのナチュラルスタイルか。
この姿で会うのは久しぶりだな。
「待ってないよ。シオン、忙しいのに…ごめん。
それと今はその名前は…」
「ごめん、ごめん。そうだったわね!環くん?」
茶目っ気たっぷりに俺の名前を呼ぶ彼女は非常に可愛らしい。
「久しぶりだけど相変わらず猫背ね、もっと胸を張って。ほらシャキッと」
「これでも良くなったとは思うんだけど…」
「まぁ確かに昔に比べたらコミュニケーションは上手になったねぇ、ファットガムのおかげかなぁ」
彼女とは小学生の頃からの付き合いだ。ミリオの幼馴染みで紹介してもらい仲良くさせてもらってる。それに大阪でインターンに行ったときは士傑高校に通う彼女の家に行ったこともあった。
「懐かしいな…」
「ん?何が?」
「ファットのところにインターン行ってパワハラ受けていたことだよ」
「それで慰められにきてたもんね」
「うっ…それは掘り返さないでくれ…死にたくなる」
始めの頃はインターンがキツくて彼女のところに逃げ込んだ回数は数多。昔馴染みだからといって甘えるのはやっぱり間違いだった、黒歴史確定だ。
「そんなこと言わないでよ?そのおかげで今こうして一緒にいられるんだもの」
「それも止めてくれ、恥ずかしい…」
夜に彼女のもとへ避難したこともあって、もちろん高校生の男女が一晩を共に過ごすといくら知己でも心が揺らぐわけで…
気づいたら俺は彼女に恋をしていて…いや、彼女を好きになったのは小学生の頃だったはずだ。そして彼女も同じ気持ちでそれがわかったときは嬉しくて
「まさか環くんがいきなり襲うとは思わなかったし」
「辛い…ッ」
そう、襲った。だって可愛かったんだ。シオンの家に行ってご飯を作ってくれてておかえりって。そしたら抱き締めてソファーに押し倒してキスしてしまった。ディープなやつ。だって可愛シオンが悪いんだ。
波動さんにはノミの心臓と言われたりファットには自信を持てやら言われるけどこのときは何故か大胆な行動をしてしまった。「環くんのキス、気持ちいい」何て言われたら理性なんてぶっとんでしまった。
ミリオにやってしまったと相談したときはそれは嬉しそうに「可愛いシオンだから仕方ないよね!俺の可愛い幼馴染みをよろしく頼むよ!」と言われた。彼が太陽なら彼女は太陽の元で輝く朝露のように尊い存在だ。大事にしなければ。
それから正式にお付き合いをして遠距離恋愛だけどこうして愛を育んでいる。あのときの俺…頑張ったッ。
思い出に浸って赤くなってしまう。
「士傑は異性交遊禁止だったから刺激的で良かったよ」
「俺も、刺激は強かった」
「ん〜かっわいい。私のこと押し倒すなんてもう環くんか撮影くらいしかないんだから、誇ってよ」
「か、可愛いのはシオンだ。俺があんなことできたのは君の可愛さに感化されたからだからだと思う…
それと撮影…今してるんだっけ?」
「初海外映画でね撮影はもう終わってるの。みんな虫になるんだけど私は蝶々よ、環くんが好きな蝶!」
「シオンは痩せてても太ってても短足でも脚長でも綺麗な蝶になるだろうね」
「個性でどんな"スタイル"になっても本気で誉めてくれるのはミリオと環くんだけな気がするわ。あのね環くんに可愛いって言ってもらえるように蝶を演じたのよ」
自信満々に言う彼女の蝶、見てみたい。彼女は俺が蝶を好きなのを覚えてくれていたみたいで純粋に嬉しい。そしてそれを嬉々として伝える彼女は可愛くてここが外で人目があるというのに抱き締めたくなる。
「ダメだ、抱き締めてキスしたくなる」
「こら、人気プロヒーローの軽率な発言がダメよ。どこでパパラッチが待ち構えてるかわからないよ」
「それはシオンもだろう。人気女優でモデルだ。変装してても可愛いし綺麗だよ。蝶の雅か…一番最初に見に行きたいなぁ…」
「んも…環くん…えっと…日本の上演は半年後なのよねぇ。チケットとる?お休みがとれるかはわからないだろうけど…それとファッションショーで再来週から海外に2ヶ月行くの…」
ヒーローという仕事柄休みは自由にとれないしありがたいことに名が売れて忙しい。彼女も撮影やモデル活動があるから次に会えるのはいつかわからない。今日だって夜の数時間しか会うことはできない。
「休みが難しいのはお互い様だよ。明日も早いんじゃないか?ほら晩御飯を食べに行こう」
「そう…だね。ショーが一段落したらしばらくはこっちにいるわ。映画の宣伝でバラエティの撮影が増えるからね。ご飯、時間少なくなっちゃうからいこっか!」
夕飯は創作和食がある個室居酒屋に決めて、久々の二人きりの時間を堪能した。
「このハマグリの酒蒸し美味しい!生姜効かせてもいいねぇ。お魚はカジキのカマに深海魚もあるの?深海魚って暗いところでも見えるんだって〜。他には、馬刺しも環くんにはいいんじゃなぁい?あ、でも蹄だったら牛の方がパワーあるか…」
「馬だったら速さが出せる」
「え、ワニのお肉だって!硬い鎧ができるよ!頑丈な顎だって!鳥のお肉でも鷹とかだったら視力上がるし翼も違うのが表現できるね」
さっきから俺の個性についてあれがいい、これがいい、今度作ってあげるねと可愛い…いや綺麗な笑顔で微笑んでくれる。
シオンと出会って18年、付き合って10年。時の流れは早いが彼女の笑顔は変わらない。内気な俺にも笑顔で接してくれて、どもるように話してもじっくり話を聞いてくれるし、不安なときは甘やかして包み込んでくれる。
「ねぇ、シオン」
「なぁに?」
「俺は…こんな性格だし、君に与えられてばっかりだ。ミリオという凄い幼馴染みがいるのに…何で、俺を選んでくれた、んだ?」
ずっと聞きたかったこと。俺よりもミリオの方がすごい。劣等感…という訳じゃないが俺が彼に勝っているところなんてない。
彼女をとても愛しく想い厚かましく10年も彼女の1番近い存在でいた。これからも側にいて幸せにしたいと思うけれど、俺でいいんだろうか。
お酒が進んで少し目がトロンとした彼女は目線を馬刺へと移した。
「与えられてばっかりかぁ…それはこっちの台詞かな。ミリオに関しては幼馴染みの贔屓目でみなくても良い男だし結婚したら幸せにしてもらえるんだろうなぁとか、向けられる笑顔素敵だなぁって思う。正直大好きよ?」
「…う、ん」
「何で環くんを選んだのかか…、うーーーーーん…
繋いだ手がしっくりきたところかな?」
「手…」
手がしっくりきたからと己の手をみても何の変哲もないただの手だ。すると向かい側に座っているシオンが手を伸ばして俺と繋いだ。確かにしっくりくる。
「個性でどんなスタイルになっても繋いだ手はいつもフィットしてたのよ」
「うん…」
「初めて握手したときにはそう思ってたの。ミリオとの方が小さい頃から手を繋いでいたはずなのに、環くんはね安心できて愛しさが込み上げてくるの。その幸せを環くんからたーっくさん貰ってるかな」
あれは握手というよりは無理矢理手を引っ張られて合わせられた感じだった、気がする。
お酒か照れかわからないけど頬を先ほどよりも染めて愛しそうに俺を見つめる。
「今は手だけじゃなくって、もじもじっとした唇も尖った耳も鋭い目付きも不安げな眉も私を包み込んでくれる逞しい身体もぜーーーんぶ好きよ?ミリオなんて比じゃないわよ!」
朝露のように尊く存在し、その美しい輝きを表したときには目が離せなくなる。彼女はやっぱりそんな存在だ。
「あ、ありがとう…あとお願いがあるんだ。インターンの時みたいに、シオンのご飯、食べたいなって、、」
「!!もちろん作るよ!」
彼女はきっと今日のこの料理たちみたいに俺の個性のことを考えながらご飯を作ってくれる。それはインターンの頃から変わらないことで、ずいぶん昔から尽くされている。与えられてばかりだから今度は俺が彼女を支えたい。
もう23時か、正直帰りたくない。シオンを全く堪能できてないなぁと思っていたらそれは彼女も同じようで外に出たけど帰る素振りを見せない。
「シオン」
「ん?」
「お手をどうぞ?」
「ほっ?」
彼女が喜ぶのなら、安心を与えられるのならいくらでも手を繋いであげる。いくらでも守ってあげる。
こんな俺でも嬉しそうに手を差し出す様を見るとそう思わずにはいられない。
「好き、だよ」
「私も好きよ環くん」
「はぁ…君にキスしたいし、連れて帰りたい」
願望を吐露すると抑えが効かなくなりそうだ。これ以上一緒にいたら理性が赤信号を通り越して爆発する。さっさと家に送らないとと思い手を引いて帰路へつく。環くんと名前を呼ばれて振り返ると頬に柔らかい感触。
「っ!?……シオン!!…外ではダメって、君が言ったんじゃ、ないかっ!!」
「んー酔っちゃたから覚えてなーい」
「ああ!もう!!君が悪いんだからね!!」
左手は繋いだままで軽く引き、右手で顎を掬う。可愛いキスじゃ足りない。初めて彼女にキスしたみたいに深く想いを伝えるキスをした。
ああ、はやく君を喰らい尽くしたい。
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これをパパラッチされて死にたくなる環くんだけど、交際宣言してさっさと結婚しろって思う。
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