湿度が高くて髪の毛がうねる。
家に帰るための獣道をひたすらに歩むが、マントをしてくればよかった。案外草木が邪魔をする。
「おい、シオン。何でお前がここに」
「ショート様のお迎えのためです」
「そうじゃなくって……、またアイツの監視か?実はずっと監視してたのか?」
「私はそんなに暇じゃありませんし、ただの一般市民です」
「……ここら辺で暮らしてんのか?」
「もうすぐ私の家につきます。ショート様のご友人たちもいらっしゃいます」
「なぁ、さっきからショート様ショート様……いい加減止めろよ。あと敬語もいらねぇだろ」
「そうはいきません」
「一般市民なら主従関係なんてとっくの昔に撤廃してんじゃねぇのか…ッ。そもそも主従じゃなくて相方と居たんじゃねぇのかよ」
質問攻めな上に怒りを隠しきれていない。図体ばかりが大きくなって感情のコントロールができていないのね。ポヤポヤしているくせにごく稀に深く考えているのも腹が立つ。
「この森はお前の魔法がかかってんだろ。だから呪われた俺はお前のとこに「ショート」」
苛立った声を、苛立った声で遮った。
「……何だ、シオン」
「私、今はちょっと腕の良い、ただの薬草師よ」
「そっか…、」
警戒しないで。振り返り肩の力を抜いた彼の伏せた瞼からは戸惑いが感じられる。
今までが裏切りだらけの中で生きてきた彼だから、そう簡単に他人を信用できないんだ。私だって彼の前から姿を消した人間。
主従関係がなくなった今だからこそ彼は私を信じたいと思っているはず。無償の愛が欲しいと嘆いている。でも、今の私は手を差し伸べることができない。
「ショートが城を抜け出してデクくんたちと友だちになったように、私もここで薬草師をして日常がかわったの」
「デクが言ってた腕の良い薬草師はお前だったんだな。そうか…出発前にお前に会えて良かった」
「魔王の退治に行くんでしょ?」
「今を脱却するためには俺が行かなくちゃなんねェんだろ?いろいろ調べたんだ」
「うん、あなたがやらなきゃ」
彼に今大事なものは、自分に自信を持つことだ。それは傲慢な態度をとるという自信ではなく、奮い立つ糧になるための自信。
デクくんやテンヤくん、オチャコちゃんたちのおかげで良い方向へと変わった。昔はこんな穏やかな表情は寝る前くらいしか見られなかったんだけどな。
「あ!ショート王子や!良かった〜王子を迷子にさせたとか皆に知られたら打ち首になるとこやったわ〜」
薬を調合しているデクくんから視線をこちらに向けて、ショートの無事を確認している。オチャコちゃん、今ここで回復魔法使わなくてもショートは平気だってば。
「薬はこれくらい準備したんだけど…どうかな?」
「パーティを考えたら回復系はもっと必要ね。これはオチャコちゃんが持ってて。えーっと、フルポーションとハイポーションは……」
「じゃあそれは俺が持とう」
「俺の馬はどっかいるのか?荷物持たせられると思ったんだが」
「馬はシオンちゃんが迎えに行ってすぐここに来たから裏に繋げてるよ」
ショートが砕けて話している感じは珍しい。デクくんから友だちになったと話を聞いていたけれど、ここまで心を許せる人ができたのなら素晴らしい成長だ。
パーティメンバーも薬も体力も馬も揃って、ようやく出発準備ができた。
彼らにも”おまじない”をしたブレスレットを渡しておこう。出来に自信があるのは二つだけしかないけれど、ないよりはマシでしょう。
「守護のお祈りをしたブレスレット…この二つがレベル60はあると思う。残りはコレには劣るけど持っていて」
「レベル60!?どこで手に入れたん?」
「防具でもないのにな…これは一体…?」
「シオンは元ロイヤルガードだからこれくらい普通だろ」
「ちょぉっと黙っててくれないかなぁ???」
「「「ロイヤルガード……!!?!」」」
忘れていた。この人は自分以外のデリケートなことはズバズバ言っちゃうんだった。元ロイヤルガードなんて知ったら、一般人はビビっちゃうの知らないのかな!?
言ってしまったけど、何が悪いんだ?そんな風に首をかしげられたらこちらも強く怒れない。悪気がないのは知っているけれど、配慮はしてほしい。
「魔法じゃ右に出る者はいなかったな。それと俺の幼馴染みなんだが、爵位持ちで指南役もしてた。あと公爵だったよな?」
「だから黙ってって言ってるでしょ…ッ」
「え?じゃあ二人は前から知り合いだったってこと?それに公爵って上位貴族なの?道理で仕草が洗練されていたわけだ」
「王子の指南役ッ!?ハレンチや??!」
「魔法使いでロイヤルガードは…確かにいたが…シオンくんは薬草師だろう……?」
「いや、白魔導師だぞ」
言葉が足りないせいでたくさんの誤解を生んでしまっている。まず、確かに私は魔法使い"だった"。でもジョブチェンジと言いますか、転職と言いますか…どっちでもいいけど今の肩書きは紛れもなく薬草師なの!
それと侯爵は父がそうだっただけで、世襲してない。正式には爵位は引き継いでいません!だから、ただのシオン!ロイヤルガードは事実だから反論は何もないけども…ッ
指南役というのは決してハレンチな意味ではない。魔法に関して優秀で、比較的信頼の持てる私が幼馴染みの勉強を見てあげた。その程度だったのよ。ショートは魔法に関して才能皆無だったから……専ら剣の稽古相手だったけど。
「ああ。だから俺の婚約者の資格も十分だろ。まだあれは有効だよな?話し合いの時…」
「あ"あ"あ"ぁ"!アナタはちょっと黙ってて!子どもの頃の口約束だしとっくの昔に時効よッ」
「じゃあ…終わったらまた申し込む」
「ショートには悪いけど王妃になる気は更々ないわ」
「皇后でもか?」
「ない」
状況を把握できていない3人は蚊帳の外になってしまい、混雑する情報を必死で整理していた。これで私の平穏な非日常は終わりか…王子の幼馴染みで、魔法使いロイヤルガードで、指南役だったなんて厄介な役回りだよ。
「凄い人だとは思ってたけど想像以上だった…」
「その話はもう終わり!そろそろ出発してないと暗くなる前に森を抜けられないわよ」
「えー気になるーあ!後で王子に話聞けばええんや!」
「彼の話は捏造過多だから聞かないで」
更に話を掘り下げたい一行は準備が完了したのに出発したがらない。この森の夜は獣や魔物が多くいるから野営で安全に過ごすのはおすすめできない。
全員を家から追い出して、本日二度目のお見送りの時間だ。”おまじない”なんて誤魔化しはもう通用しないから堂々と魔法を使おう。
「”加護を”」
「ほぼ無詠唱…流石だな」
彼らを包む青白い光は彼らに寄り添って長い時間守ってくれる私の分身のようなものだ。もしかしたら魔法を使うオチャコちゃんは残り香を感じているかも。
「じゃあ、気を付けてね」
「うん…行ってくるよ!」
「仲間が欲しいんだったら、竜人族の族長とそのバディが数時間前に魔王城に行ったから誘ってみて」
「マジか、かっちゃん!?」
「そ、そのかっちゃん」
竜人族は身体能力や戦闘能力が高いからきっと特攻に向いている。ただ…彼が誰かのパーティに入って指示に従うのは想像し難いけどね。
運が良ければ、といったところかな。
4人と1頭が並んで旅立つ背中は眩しかった。私は一緒には行けないけれど、毎日ここから皆の安全を祈って加護を送るわ。
「”ショート”、きっと大丈夫だよ」
どんなに凄い魔術師だってできないことはたくさんある。自分の大切な人すら救うこともできずにこんな所にいたんだもん。そういえば再会のハグも握手すらできない私たちって寂しいね。
光と闇は相反するもの。だから近づきすぎると互いに苦しくなってしまうんだよ。本当はもっと楽しい時間を過ごしたかった。
きっと帰ってきた皆は清々しい顔をしている。魔王退治なんて心配だけど、彼らなら大丈夫ね。
【橘化して枳となる】
人はその境遇によって性質が変わることの例え。
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次回、魔王倒して帰還する彼らをお迎えするお話。
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