チュンチュンチュン
小鳥の鳴き声が私の目覚まし時計。ここの子たちは賢くて、だいたい6時半くらいには鳴き出す。
大きく行きを吸い込むと、少し冷えた空気が肺に入ってくる。昨晩は窓を開けて寝てしまったかな?身体にかかった毛布は薄手のものだったはずだがやたらと重い。
「…退いてくれないかな?」
「まだ寝てろ」
「カツキくんが重くて眠れない」
さも当たり前かのように私のベッドに入り込み、腕やら足を乗っけている。今だから驚くことなく対処しているけれど、最初は随分と驚いたものだ。そのせいでぶっとばしたのは申し訳ないと思ってるけど、勝手に入ってくるなってね。
彼のスニーキングは称賛に値する。気づかずに爆睡していて…ドラゴンの気配は感じられないから一人で来たのかな?
「…朝から、何?」
「薬もらいに来た」
「カツキくん、それが人にものを頼む態度?」
「お前が悪い」
いいえ、私は何も悪くありません。起き上がって朝食の準備をしたい私を羽交い締めにして首に舌を這わせる。
皮の厚い手が服の中に入ってきてお腹を撫でまわして、それは所有物の確認をしているみたいだ。私は彼の頭の中を確認してみたいものだ。
薬をもらいに来たといっても、昨日の夕方に渡したばかりで早急に必要なものならばこんな執拗にマーキングしないだろう。
「朝ごはんの準備したいんだけど」
「猪狩ってきた。獣臭くねぇやつ外に捌いてある」
「本当に何してるのかなぁ」
獣の血の臭いもしないし、服や手が汚れている様子もない。外の作業場を見てみればキレイに捌かれた猪、もとい豚さんが…小さくため息をつけば喜べと言わんばかりにドヤ顔している。
「…ありがとう」
「おう」
この人はドラゴンじゃなくて犬の血を引いているのではないだろうか。喜んで尻尾を振っているようだ。
朝食は豚肉を少しと卵を焼いて、そして野菜のスープを出した。専ら肉ばかりの彼は野菜を食べなかったのだが、最近はむしろ進んで食べる。
というか、竜人族はこの人が族長でいいの?しょっちゅうここに来ているんだけど。まぁ、今回も彼のバディのドラゴンがそろそろお迎えに来ると思う…
「カツキーーー!!!」
「ッチ」
と思っていたら来た。人型になれる赤いドラゴンのエイジロウくんは本当にいい子だ。早くこの問題児を連れて帰ってくれ。
「カツキ!こっちの準備はできたぞ!薬は!?」
「まだ」
「え、本当に薬の注文あったの?」
「おう!俺たち今から魔王退治に行くから!」
勇者が続々と行方不明になっている。いずれも魔王を退治しに行き帰ってこないのだという。そんな危険なところに…
「いるのは何?止血剤と回復薬?」
「必要なもの全部」
「…高くつくわよ」
丸投げはないでしょうよ、丸投げは。血の気が多い彼のことだから、ぶっ飛ばしに行くとしか考えてないはず。本当は頭が良いのに野性的だなぁ。
止血剤と回復薬は多めに入れて万能解毒薬、解熱鎮痛薬…えーっと、包帯はこれで…麻痺とかもあるかもなぁ。アッパーとダウナーも入れておかなきゃ精神介入してくる敵とかいるかもしれない。
机に必要な物を並べ最後に"おまじない"をする。この薬たちが必要な場面が来ませんように…使用したとしたら、彼らを大いに助けてくれますように。
「カツキくん。これも持っていって」
「……ブレスレット?」
彼に右手首に付けたのは革製のブレスレット。壊れにくいやつで、昔から定期的に作っているものだ。これをつけた人に力を分け与え、守ってくれる。
「守護のお祈りをしたブレスレットなの。無茶をするあなたたちには必要よ。エイジロウくんも腕だして」
「!!い、いやっ俺は要らねぇッ!ドラゴンになったらきっと壊しちまうし!」
確かに壊れにくいとはいったが、壊れない訳じゃない。仮に人型の彼につけたとして、ドラゴンになったらまずどの部位にブレスレットがいくのかわからない。
「そっか…カツキくんからあんまり離れちゃダメだからね?」
「わかった!!」
「シオン…ありがとな。一生大事にする」
「大袈裟な。怪我しないで帰ってくれればいいのよ……そしたら私の仕事も増えなくてすむし」
この世界は強さが重要視される。権力者は側近に力のある騎士や魔法使いを従え、魔王は弱者からエネルギーを吸いとったり操ったりする。
だから彼らが魔王に立ちはだかるのも解るし、勝者になりたいというのも解らなくはない。でも私は、戦いの先に少なからず悲しみが待っているのを知っている。
まず大事なのは、帰ってくること。
「私はここで待ってるから」
「ん。行ってくる」
自然と距離が近くなって腕を腰に回される。嫁になれ、番になれと言われ続けた1年間。彼はきっと本気なんだと思う。
挨拶やお礼としてのキスも、回数を重ねて慣れてしまった。今生の別れというわけでもないのに…彼と番になったわけでもないのに……このキスは拒否ができない。
繰り返されるリップ音が出発を遅れさせる。
「あ、あのさッ!俺がいるの忘れてね!?」
「…いたんか」
「カツキを迎えに来てたわ!」
「…く、薬はここに入れておくから」
エイジロウくんがいたの忘れてた。すっかり二人の世界に入ってしまった。恥ずかしい…
カツキくんは豚を捌くときに外していた防具や装飾品をつけに裏に行ってしまう。
二人きりの沈黙に、先に耐えられなくなったのはエイジロウくんの方で…なんとも答えにくい質問をして来た。
「カツキとは番にならねぇの?嫌いじゃないんだったら…俺たちもシオンさんが来たら嬉しい」
「縛り、というか約束があるんだよね。」
「だから一国を敵に回す覚悟がいるのか……、それはシオンさんの"おまじない"と関係あるんだろ。匂いでわかる」
ハッキリしない私の匂いはどんな匂いがするんだろう。薬草に囲まれた私は、おまじないのときどんな匂いがするんだろう。
赤いドラゴンは上級個体。鼻も良いし物覚えも良いし、勘も良い。もしかしたら人の考えも読めちゃったりしてね。
「エイジロウ、行くぞ」
「ホイ来た!」
「待ってろよ」
「御武運を」
私の頬を一撫でして颯爽とドラゴンに乗る姿は気高く凛々しい。赤い翼が空を切る。空高くを飛んでいく姿は眩しすぎて、触れてはいけない崇高な存在のように見えた。
空に青が似合うように、彼らには赤い火が必要。
それと同じように、水と魚は切っても切れない、離れることのできない関係。あえて断ち切ろうとしている私は、このままでは渇きでもうすぐ朽ち果てるだろう。
飛び立った後の風が訪問者を知らせる。
「シオンちゃん!僕の作った薬見てほしいんだ!」
「いいけど…慌ててどうしたの?騎士と魔女のお友達も一緒に、」
「えーっと……話せば長くなるけど…」
「端的にお願い」
「魔王を倒しに行く!…あれ、ショート王子は?」
ここにも彼と同じように討伐に向かう勇者がいる。世の中は魔王討伐ブームが来ているのだろうか。薬屋は儲かるけど、薬で治せるのは表面的な傷だけ。
騎士のテンヤくんと魔女のオチャコちゃん。加えて彼のパーティにはショート王子とか…
「水魚……」
「え?」
「何でもない。彼は自力でここには来れないだろうから迎えに行ってくる。いず、薬草好きなだけ使って良いから旅の準備完璧にしとくのよ」
「え"ッ、僕そんなにお金持ってきてないよ」
「請求は今から連れてくる人にするから心配しないで」
森の中に迷い人を迎えに行くのは何度目だろうか。霞がかった湿度の高い森の中を一直線に進む。
霧の濃さは魔力の強さを表す。視界1メートルもないこの空間は、霧の中心にいる人物を迷わそうとしているんだ。
段々と濃くなる様に溜め息が出る。いろんな意味で手のかかる人だとは思っていたけど、ドデカい問題投下してくるよなぁ。尻拭いするこちらの気持ちも解ってほしいものだ。
水の音が聞こえた。近い。
視界を晴らすように手を振りかざしてみれば、最後に見たときよりも大人びた姿がそこにあった。
「ショート王子」
「、ッ……お前、シオンか?」
「はい。お迎えに上がりました」
水魚はやっぱり交わるのか。
- 4 -
[*前] | [次#]
小説分岐
TOP