泣いて馬謖を斬るナンセンス

風が心地よく噂話を運んでくる。


”魔王は倒された”


彼らが出発し1ヶ月程度なのにホントに仕事が早い。幸いにも私の加護はある程度力を発揮したから彼らに大事がないことはわかっていた。

身体に纏わっていた嫌なモノも完璧に消えた感じがする。

帰ってくるのは早ければ3日後といったところかな。この家に立ち寄るかどうかはわからないが、お腹を空かせた彼らをもてなせるくらいには食料を充実させておきたい。

薬草たちは暖かい気候のおかげで育成が進んでおり、所謂シーズンに突入した。村やギルドから来る注文は2割増しで、デクくんやカツキくんが材料を届けてくれない日常は少しだけ忙しかった。


そして、強い風は早い帰宅を告げる。


「わぁああああああ!?!」

「グルルルルルァア」

「ちょっ、かっちゃん!着地するときは言ってよ!」

「ンなの下見てりゃわかるだろーが!」

「ドラゴンにしがみついとったんにどうやって見ればエエんよ!」

「通常は竜人族以外ドラゴンに乗れないのだから配慮はすべきだ!」

「魔王退治よりもキツいな…」

「うっせぇ貧弱共」


賑やかなパーティのお帰りだ。強い風はドラゴンのエイジロウくんがこの家に到着したときのチャイムみたいなものだ。

それを感じ外に出てみれば、出発したときよりも泥だらけの装いでドラゴンから降りている皆。怪我の様子は掠り傷や打撲程度だから重傷者はいなさそう。文句を言い合う元気もあるみたい。

後方から静かに現れたのは、着飾って舞踏会やお茶会に参加しているのとはかけ離れた姿をしている彼。晴れて穏やかな表情は解放されたことを表していた。


「シオン」

「ショート、おかえりなさい…どうだった?」

「…手、出してくれ。それでわかるだろ」


エスコートするときみたいに差し出された手はいつぶりだろうか。右手を前に出すが触れる直前で怖じ気ついてしまって手を引っ込める。

背筋が冷たい何かが伝う感覚を思い出させる。


「っ!?」

「ほら、もう大丈夫だ」

「…ぁ……、良かった。本当に良かった」

「お前を悲しませたり不快な思いをさせる呪いはもう、無くなったんだ」


引っ込めた右手をギュッと握り指を絡められ、そこからは彼の高くない体温が伝わった。不快な感じはなくてただただ温かかった。

彼と手を繋ぐくらい近い距離にいるのが不思議な感じ。10代半ば以来、何者かにかけられた闇の呪いのせいで私たちは近づくことができなくなった。

私は白魔導師だったから自力で呪いのほとんどを浄化することができたけれど、彼にかけられた呪いは一部しか取り除くことができなかった。

浄化しきれていない彼は私が近くにいるだけで悶え苦しむ…私は何ともないのに。私は彼を苦しめる存在。

だから離れた。

地位や名誉を捨てても、彼が普通に暮らせるんだったらそれでお釣りが来るってものよね。


「これで、あの日の続きができるな」

「…だから、ならないって言ったでしょ」

「………」

「そんな目で見てもダメだから」


不満を全面に出したショートが言っている”あの日”というのは、婚約についての話し合いを行っていた日のことである。そこで呪いの事件で起きたから白紙に戻ったと思ってたんだけど。


「あん時はお前を妬ましく思う奴らに邪魔されたけど、そいつらはもう居ないぞ」

「私個人を妬ましく思ってるんじゃなくて"私たち"の結婚に否定派の貴族でしょ。これ以上王室が力をつけられたら困るからって」

「何だ、知ってたのか。それなら話しは早い。婚約の儀するぞ」

「だから、私は王妃になって椅子に座りっぱなしになるのは嫌なの」

「シオンちゃん…口約束って聞いてたんだけど……」

「ガチやん!?!」

「違う!話し合いをしようってなっただけで誰も承諾してないし手に余るからお断りしようと!」


そう。元々彼と結婚して王妃、強いては皇后になろうだなんて考えは持っていない。国母なんて器じゃないし。

断るつもりでいるんだけど、私以外のギャラリーは沸き立っている。デクくんとオチャコちゃんは赤くなって、テンヤくんは口をあんぐりと開けている。

あれ、さっきまでドラゴン姿のエイジロウくんに寄りかかっていたカツキくんの姿が見えなくなった。帰ってはいないんだろうけど…


「わっ!」

「んっ……こいつぁ俺ンだ」

「〜ッ、いきなりキスしないでよ」

「お前…シオンが嫌がってるだろ、離せ」

「あ〜ん?嫌がってはねぇだろ。いつもしてンだからよ」

「なッ!?いつも…だと?!嘘だよな!??」


お得意のスニーキングで後ろに立った彼は、私の顔をグイっと後ろに向かせてキスをしてきた。乱暴だけど触れる唇は温かくて、ああ…無事に帰ってきたんだなと実感した。

そのキスは私たちにとっては別に特別なものではない…彼に許している戯れのようなコミュニケーションだ。”いつもしている”は嘘ではないから否定できない。


「沈黙は金、だぜ。王子様よォ?」

「……う”、誤解があるようだからちょっと話を…」

「そんな野蛮人のどこがいいんだよ!竜人族!言っとくけどシオンのファーストキスは俺だからな!!」

「どーせガキのだろーが!!舌突っ込んで舐め回したこともねぇ癖に威張ってんなや!!!」

「話を、聞い……」

「無理矢理してるんだろ!じゃなきゃ俺のこと好きだって言ってたシオンがそんなことするわけねぇ!!」

「っハ!こっちは何度もシオンからキスされてんだよ!」

「いい加減にして!!二人とも出てけ!!!」


魔法で風を発生させてカツキくんとショートを家の敷地から放り出した。私の話を一切聞こうとしない彼らはマウントの取り合いをしていたから、ついでにそのお口を閉ざしてもらうために暫し眠ってもらった。

ため息をついて、他のパーティメンバーにはご飯を食べてもらうことに。案の定お腹は空かせていたからみるみるうちに皿は空いていく。しかし魔王退治に貢献したおバカ二人を気にしているのは食欲でも隠せていない。


「美味ひぃ〜疲れた身体に染み渡る〜」

「シオンくん…彼らはよかったのかい?竜人族はともかくショート王子は一応王子だから保護するべきでは」

「そうだよ。かっちゃんも絶対怒ってるよきっと。で、僕はさっきの話が魔王退治よりも濃すぎて理解できてないんだけど」

「この森には結界を張ってるからそこら辺に転がしていても問題ないわ…二人の話にはいろいろ訂正しなきゃいけないことはあるけど、半分くらい合ってる」

「カツキが言ってたシオンさんとキスしてるってのは本当だぜ。大体いつもしてる。あ、肉ウメェ…俺そろそろ2人起こしてくるわー」

「ひぇ…シオンちゃんって、本当に何者なん…?」


溜め息をついて食事の最中に話したのは、私の生い立ちとショート王子との関係を少し。カツキくんのキスに関しては話すのに抵抗があったから濁しておくに留める。脚色されていた部分はしっかりと否定しておいてね。


コンコンコン


「シオンさん、二人起きたぜ!」

「眠らせやがって…まだフワフワしやがる」

「お前…昔もお転婆な所あったが今も健在なんだな」

「文句は受け付けません。ほら、ご飯準備してるから食べて。それと怪我してるところがあれば治療するわ」


旅の間で仲良くなっていたはずの二人は、テーブルの対角線上の一番遠い所にそれぞれ座った。空気が悪いわけじゃないけど、子どもっぽい二人の姿に呆れるしかなかった。


「美味かった。シオン、これ」

「ん?…え、世界樹の木の実…ってことは種もある」

「欲しいて言っとっただろ。やる」


勝くんが私に投げつけていきたのは貴重なアイテムだ。私も図鑑でしか見たことがないS級のものなのにそれをこんなに簡単に譲って良いのだろうか。


「でも…貴重すぎて」

「いつも通り欲しいもん持ってきただけだわ」

「あり、がとう……」


純粋に嬉しい。カツキくんは私が取りに行けない貴重な薬草を持ってきてくれるし、どこかに採集に行くときは着いてきてくれて協力的だ。

そんな彼からのものだから疑心暗鬼せずに、S級アイテムを受けとることができる。見返りなんて大層なものは求めずにお礼のキスで十分だと言ってくれるの。お礼にハグと頬にキス。これはいつも彼にしていることだ。

その癖が…この場では、あまりよくなかった。


「これでわかったかよ、クソ舐め王子」

「……帰る」

「あ」

「王子の失恋や…」

「本当にかっちゃん…シオンちゃんに貢いでる…」

「カツキはよくシオンさんに貴重な薬草とか渡してるぞ」

「婚前交遊は否定しないが人前では控えるべきだぞ!」


あまり見開くことのないオッドアイを瞬かせ、ショートは食べかけのシチューを放置して出ていってしまった。

これは…至極面倒なことになりそうだ。

哀れな視線の中に、高笑うのは族長の彼だけ。


「勝ったぁッ!」

「私、あなたの番になるなんて言ってないわよ」

「あ"?!ふざけんな!今日泊まってくかンな!!」

「別にいいわよ??もう魔法を隠す必要もなくなったし?カツキくんを追い出すのも簡単よ」

「イッ、まだソレ食ってねーんだから今はすんなや!」



 *



「……魔王よりシオンちゃんが強いと思うんだ…」

「ウチも……色んな意味で勝てへんと思う」

「それはそうだろう。若くしてロイヤルガードまで勤めたんだからな」

「そういうことでいいや…それより、王子追おう」


凱旋パレードで傷心のショート王子が民に晒されたわけだが、"憂いた王子も素敵"と人気が上がったのは……何とも酸鼻な事実である。




【泣いて馬謖を斬る】
法律や規律を守るために、私情を捨てること
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