桜の雨

遠くから聞こえた大きなくしゃみ。

窓際の席は生徒が登校している様子がよく見える。朝のランニングを早い時間で切り上げたため一番乗りで到着した教室は、昼間の賑やかさはない。


「春だねぇ」

「ババくせぇ」

「風流があるって言ってよ」


勝くんも早い時間にランニング終ったせいでここにいるみたいだけど、眠そうにくぐもった声だけで返事をした。部屋で時間潰したら二度寝しそうだから早く来たのかな。だからって八百万さんの椅子借りて寝るのはなぁ…?

私の机に突っ伏したツンツン頭の触り心地は良い。懐いて針を寝かせてくれたハリネズミみたいな感じ。二人だけのこの空間がむず痒い。


「はっくしょーーーーーい!」


先程よりもくしゃみの音が近づいてきた。恐らくあの生徒がもうすぐ校舎に到達するんだろう。

ただし、くしゃみだけではなく突風も近づいてきている。窓がガタガタ音を立てて、巻き上げられた桜の花びらが入ってきた。換気のために開けていたのが仇となってしまったようね。


「あー個性が〜」

「くしゃみしたら突風ってこの時期難儀ね」

「花粉むり〜」


くしゃみと突風はやはりセットだったみたいで、あの女子生徒の個性が原因みたい。隣の友人はスカートを押さえているのが視えた。


「…零れ桜…んー……花嵐、の髪飾り」


勝くんの髪の毛についた桜を数枚取って床に散らばった花びらに目を向ける。綺麗なのは良いけど拾ってゴミ箱に捨てるのは忍びない。

あ、またくしゃみ。


「あの子のおかげでお花見がグレードアップしちゃったね」

「……」

「いつまで寝てるの?」

「……」

「八百万さんもうすぐ来ちゃうよ」


グリグリと撫で回してようやく顔を上げた勝くんは机に散らばっていた桜を私のほっぺたにつける。寝ぼけているのか緩慢な動きは優しく頬を撫でる。


「だっせ」

「頭に花弁散らした勝くんには言われたくないわ」

「お前もついとるわ」


今日一番の突風はくしゃみの子が校舎についたことを知らせた。だからこの花嵐ももうお仕舞いのようだ。


「桜の…雨みてェ」

「ふふ、綺麗ね」

「まぁ……、」

「明日のランニングコースはこっちにしようよ。そしたらお花見しながら走…ふんッ?!」

「ちょっと黙れや」


彼の手のひらで口を押さえられ、その上からキスをされた。言葉を飲み込んで見つめる瞳はいつもキスをする距離にある。

唇は直接触れていないのにその仕草が生々しくて…強引さがあって…彼の香りが鼻腔を擽った。


「キレーだ」

「…」

「桜がな」


押し付けられたままの手が私の頭をクシャっと撫で離れていく。

勝くんは意地悪だ。

私の目を真っ直ぐ見てあんなこと言うんだもん。私に言ってくれたんだって思うよ、普通。だってさっき…あなたの瞳に桜は映っていなかったでしょ…?

教室に入り込んだ花弁を拾い集めようと思ったのに顔が赤くてままならない。未だに脳を犯した彼の香りがする。

自席で突っ伏して寝る彼の背中を睨み付け、顔を覆うことでしか羞恥は隠せなかった。八百万さんが寮を出る時間は過ぎてるから、もうすぐここに到着する。早く冷まさなきゃ…


嗚呼、桜の香りより強烈だ。




 *



 *



「あれー?耳郎とヤオモモ教室入らずどったの?」

「しっ!今良い所なんだから!」

「爆豪さんもやりますわね」

「うわー…朝からイチャついてんじゃねーよ」

「環心相手だったらあんなこっ恥ずかしいことも言えちゃうんだね…」

「え、何て言ってたの?ちゅー擬きしたとこしかわかんなかった」

「……直接聞きゃいーじゃん」

「…いやー、あれは聞かんでも二人の顔みればなんとなーく……わかるかなぁ」



徒桜 戯れ招く 甘き風


桜雨 愛しき君の 髪飾り


2020/04/14
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