年末。
寒空のもとに響く爆音と怒号は私の恋人のものだ。
「クソ敵がぁあッ!死ねェッ!!!!」
「おい!バクゴー!突っ走るな!」
「うっせー!半分野郎!!だぁーって退路防げや!」
ヒーローの年末は忙しい。それは事務処理面であったり、年始の準備であったり色々な事が重なるからである。
「年末の敵マジで殺す」
「殺すのはダメだろう。毎年の事とはいえ今年は多いな。でもまぁすぐに片付くのが多くてラッキーだな」
「ラッキーじゃねェよ。最速で制圧するためにテメェと組んどンだろーが!」
「お、そうなのか」
年末に敵が多くなるのには2つの理由がある。1つ目は市民の手持ち金が多くなるから。年末は金融機関も休みとなることに加え、何かとお金を遣う機会が増える。だからひったくりやスリのような小賢しい敵が量産される。
2つ目は敵の心理的な要因。寒いと動きが鈍くなるがクリスマスから年始にかけて、幸せそうな人々を見て恨み妬みが高まる。だから車場荒らしや放火事件などがよく見られる。
あ、あと敵とは言わないまでも酔っ払いの制御できなくなった個性で事件は増える。
最近導入された年末年始のパトロール強化。事件傾向を分析して事件解決までの迅速な対応を求める文章を作ったのは記憶に新しい。
この強化パトロールでは相性の良いヒーローをコンビ、又はトリオで配置している。
で、あの2人。
「何でテメェがここにいンだよ。つーか俺コイツと合わねぇ。変えろや」
「俺は早く敵退治できるなら環心でも構わねぇぞ?」
「は?寒さで頭凍ったか?お前は周りに合わせてもらってる側だってのを理解しろや!」
「……相性は悪くないのに性格が合わない」
とりわけ、勝くんは人類と合わせる気が無いため彼の性格を理解している人としかチームアップの要請はしたくない。できないわけじゃないんだけどね。だって、クレームという2次被害を被りかねない。
轟くんは彼を主軸とした作戦が多く、必然的に周りが合わせていく。それ事態は悪くはないんだけど、彼と組んだ女性ヒーローが良からぬことを考えているので今回の配置では男性(ノンケ)ヒーローと元A組メンバーとしか組んでいない。
ツートップと呼ばれていた2人は今でも私たち同期の中じゃ一際目覚ましい活躍をしている。
そんな2人だから実力や人気、作戦に対する考え…その他色んなことを加味したら抜群に相性が良い。
「私は敵の回収に来ただけだよ。この中に指名手配犯がいたの。トンボの個性で飛んで逃げちゃうから私も手を焼いてて」
「そうなのか。逃げられなくてラッキーだったな」
「まぁ…彼がハエ叩きの如く爆破で地面に落としてくれたからね」
「ほぉーれ見ろ、俺が合わせてやっとンだよ」
自慢げに言っているけれど、8割くらい轟くんが氷で退路防げなかったことへの怒りで叩きつけたように見えたんだけどなぁ。
そんなことはさておき、クソがつくほど忙しい時期のパトロールは私にとってはかなりの痛手だ。公安に戻ったら今回捕まえた敵の処理と記録を残して…
「そうだ、これあげる」
「栄養ドリンク?」
「うん。信頼あるサポート会社から貰ったから怪しいものじゃないよ。使用上の注意としては、それ飲んで12時間後くらいに睡魔が来ること」
「っけ、まだ働けってか」
ここに来る前にサポート会社へ寄って、仕事納め後の敵対策の指導をしてきた。そのお礼と言うか、実験台と言うかで渡されたのが彼らに渡した栄養ドリンクだ。
成分を視たけど至って普通だった。ビタミンとカフェイン多めでアドレナリンを誘発する成分も含まれていた。なのでそれが切れてしまったら疲れがドッと来るように感じるかもしれないが…まぁハイな後は大抵そう感じるから普通か。
一種のドーピングのような栄養ドリンクだから、これ飲んで馬車馬のように働けと言われていると勘違いしてもおかしくないけど、むしろ逆だ。
「これ飲んだ後はゆっくり休んでねってこと。息抜きしてる?一応休み取れるようには配置したんだけど」
「自主的に動くよりは遥かに休めてるから心配はいらねぇぞ」
「休んでねぇクソスクエアに言われても説得力ねーわ。テメェこそ息抜きなんてしとらんだろ」
師走とは普段は落ち着いている師が忙しく走り回る時期のため、そう文字付けられたとも言われている。正にその通りで1年で1番か2番目に忙しい時期だった。
この栄養ドリンクを飲んでから休む時間は私には無いだろう。ぶっちゃけて言えば私の次の休みは1月7日で、行政指導が入りそうなギリギリの勤務形態だ。ちゃんとその後に休みは貰うけどね。
でも働き詰めだから息抜きができないとは限らない。
「私は2人に会えたことが息抜きだよ。相変わらず暴れているようで良かった」
「俺も会えて良かったぞ。無茶はすんなよ、お前にかなり救けられてるからな」
「……なぁーにが息抜きだ。業務連絡程度の会話じゃねーかよ」
「まぁね。寒いけど体調管理はちゃんとするんだよ。特に勝くん、寒かったら轟くんに暖めてもらいなーじゃあね!」
「発熱コスだけで十分だわッ!」
真っ赤な鼻の頭をしておいてよく言ったものだ。貴方が冬が好きじゃないことくらい知ってるんだから。彼の強がる怒号は、ここに到着するときに聞いたものよりは柔らかかった。
遠ざかるその声はやがて小さくなる。
サポートアイテムを使って切る空気は冷たく、グローブを着けているが指先の感覚が鈍くなってきた。私もパトカーに途中まで乗せてもらえば良かったかな…
冬仕様のコスチュームで口元まで隠れるがそれでも鼻が冷たくなって鼻水が出ている感覚がした。吐き出した息も白い。
寒さに耐えるが…2人の姿見られてちょっと元気貰ったから何だか気持ち的には暖かい。漫才みたいな絡み見れたのはかなり息抜きになった。
外気温と体温と心の温度は必ずしも比例することはない。
よっしゃ。
頑張りますか。
*
*
「やっぱ良いよな、環心」
「お前…アイツが誰のか解った上でその発言しとンのか。返答次第にゃ顔面いくぞ」
「?公安所属だろ。俺だってそれくらい知ってる」
「……………もー、いいわ」
栄養ドリンクを飲んだ。
天然に付ける薬は無い。
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