神野の悪夢2日後、某病院モルグ。
「…お願いだから、休んでくれ」
「あと、少ししたら休みます」
「もう丸1日続けっぱなしなんだぞ」
神野での救出活動は大方終わり、今は病院で事件の後処理を警察の人たちとしている。遺体の身元確認だ。
モルグ…遺体安置所には多くの犠牲者が眠っている。司法解剖による身元の特定には時間がかかる。なら、私が視れば良いんだ。
「No.85…雲月霞さん、2時37分、大量出血によるショック死。No.49の雲月颯人さんの奥さんです。連絡先はそちらを参照してください。彼女の友人も一緒にいたのが視えます。2人……、名前まではわかりません。死傷者リストに載せて反応を待ちましょう、生きているかもしれないです……私がこの後視つける方が早いかもしれませんが」
ご遺体の腐敗を防ぐためにここは寒い。かじかんだ手で触れるのは冷たい彼らだ。こうして情報を集めて開示していく。もう85人終わったと言うべきか、まだ85人目と言うべきか。
「次、No.86…蓮見蘭華さん…No.1の杏菜ちゃんのお母さん…」
「もうやめてくれ。自分がどんな顔をしているかわかっていないだろう」
「でも…彼らを待っている人たちがいるんです」
酷い顔をしている自覚はある。疲労が色濃く出ているだろうし個性の連続使用で気分も良くない、寝不足もある。
それでもあの時救えなかった声に少しでも懺悔しなければいけないんだ。だから止めないでください。
「やはり、この仕事を学生である君に頼んだのは間違いだった……今の君は心が壊れている」
チームから外れてくれ、と離脱を強いられる。警察の権限はプロヒーローよりもある…か。ちょうど補習の時にやったところだ。
冷たい言葉で突き放すのは彼らの優しさだろう。それでも、私は救いたかった。冷たい体温でも死に際の想いを視ることができる。
家族や恋人、友人への感謝の気持ち。そして残して逝くことへの謝罪、無念。
なんて無力なんだ。
「環心少女」
「オール…マイト」
ワン・フォー・オールを使い果たして第一線を退かざるをえなかった彼。退院と同時に行った記者会見による引退表明は世間に衝撃を与えた。
「私は無力です。誰も救けられなかった」
「……それは違う。君の協力のおかげで救われた人がいるんだ。君の印で居場所がすぐにわかったからだよ」
「それでも救えなかった命はあります」
「…これから多くを救うために雄英で学ぶんだ。そのためのヒーロー科だ。後はプロに任せよう」
励ましの言葉に泣きそうになるが、今この人の前で泣くのは私じゃない。
「はい……そう、ですね」
「あと、これはまだ公表されてはいないんだけど雄英が全寮制になるんだ。それで家庭訪問の日程を…」
あれからどれくらい経ったのかわからない。暗い霊安室にいたから日付の感覚、もとい時間の感覚がおかしくなっている。
私が籠っている間に会議で決まったのかな。全寮制で生徒の安全を確保するってわけね。
「家庭訪問してもしなくとも私は寮に入ります。捜査協力にも賛成するようなクレイジーで素敵な両親です。だから、」
「stop!stop!君から良い返事をもらえて嬉しいがちゃんと家庭訪問はするからね?私たちも説明の義務と責任があるんだから」
「はい」
「とりあえず環心少女は寝なさい。いいかい」
*
*
「おはようございます……サー」
寝るというよりは気絶してベッドに強制的に沈み、起きたらサーがいる。どんなホラーですか。顔怖いですって。
「尻拭いの捜査に来た次いでに嫌みでも言おうと思ったんだが……全国に醜態を晒したな」
「?………ッハ!やらかしたぁっ」
私がオール・フォー・ワンに捕まったときのことだ。ヘリで生中継していたのならそこもバッチリ撮っていたはず。
「私が見た未来は…お前が投げたナイフは無かった。なんの因果かわからんが…それにより」
「未来が変わった」
「視たのか」
「たまたまです」
私に未来を視る個性はない。ただ起こった事象をなぞることしかできないのだから。たまたまだ。
「変わっちゃいましたね」
「全くイレギュラーな因果だ"しんり"というやつは。この事実がどれだけ異常なことかわかっているのか?」
「"予知"よりも"しんり"の方が正しかったということですか?」
ため息をつくサーには悪いが、彼が見てきた葛藤が私という存在でなくなってしまうのなら喜ばしいことだ。
「次の仮免受かれ。私にハーツを見せてみろ」
「はい」
寮に入ってから仮免への特訓が始まるんだろう。頑張らなければ。私はまだまだ未熟な卵だ。いくら足掻いても救えない命や心はある。
辛いときこそ平常心だ。
【酷使】
手加減をしないで厳しく使うこと。こき使うこと。
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時系列は若干原作と異なりますかね。これ誰夢?状態なので早く入寮させたいんだけどなぁ。
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