悪夢というもの

神野区。

「その姿はなんだ!?オールマイト!!!」


エンデヴァーが脳無格納庫につく直前に萎んでいく身体が視えた。ああ、オールマイトの姿が。

酷くショックと怒りを放つエンデヴァーではあるが、No.1として君臨してきた彼の役目を知っている。

だから愚痴りながらも助太刀をするんだ。戦場は彼らに任せよう。私は少しでも多くの悲しい想いを救けるために動かなければ。


[痛いよ]
[息ができない]
[寒くなってきた…]


数が多すぎる。瓦礫を地道にどかしつつ声をかけ続ける。大丈夫だよ、もうすぐ救けるからッ。


「救けに来たわ!返事をして!!」


痛みで泣きじゃくる女の子の声が小さくなっていく。あと少し、お願い返事をして!


「いい所に来た」

「!?!」


背後から急に伸びてきた赤と黒に捕らわれ息を飲む。離れたところにいたというのに。


「全知、君の個性が欲しい」

「こ、せい…?」


オール・フォー・ワンによって頭に添えられる両の手。これはダメなやつだ。いろんな声が聞こえて気持ちが悪い。

脳無でも視えたぐちゃぐちゃの個性と、汚物のように触れたくない叫び。

何も聞こえない、視えなくなってしまう。気が遠くなり、このままブラックアウト………眠い。


「ハーツ!!!」

「!?、クッソ!」


五月蝿いくらいのエンデヴァーの喝。今、コイツに屈することを受け入れようとした。個性を奪う個性。私の"しんり"を得体の知れない奴にやるもんかッ。


「お前に…ッ、"しんり"はック、やらない!……ん"あ"あ"あぁ"!!!!」


宙ぶらりんの脚を大きく振り上げ首に絡み付けフランケンシュタイナーを決めるが、大きなダメージは受けていない。

首の骨を折るつもりでやったのに。私の体術は強化型の個性には効かない…ッ。奴から距離をとるが捕獲の手は猛追する。

しつこいっ!荒れた地面をタンブリングで逃げるにも限界がある。プロたちが守り、攻めてくれているがこの状況を打開するには奴に一撃を入れなきゃいけない。


視ろ……視ろッ!


「ここォッ!!」


エンデヴァーの炎熱の隙間から穿つナイフは奴のマスクを捉える。


「オールマイトォオ!!!」


今、この瞬間。多くの国民があなたの勝利を願っている。どんな姿でも、平和を築き上げ守ってきたのはあなたなんですよ。

負けるな、勝って……


No.1ヒーロー オールマイト


「まだ!!死ねんのだッ!!!」


[この身が壊れようとも…]
[負けない、勝つ、そして守る]
[私は平和の象徴なのだから!!]


正義は、倒れてはいけない。



激闘が嘘だったかのように辺りは静けさが戻る。そして戦いが終わった今、現場にいる人たちの想いが流れ込んできた。


「っは、ッハァ……ッ、ぁ…………ぁだ…」

「よく耐えた、ハーツ」

「あ!オールマイト、今は無理をしない方が…」

「させてやってくれ……仕事中だ」


オールマイトが倒した……、諸悪の根源を。

勝利のスタンディングはNo.1ヒーローとしての最後の仕事。


「次は君の番だ」


嗚呼。なんて重い言葉なんだろう。誰に対してなんて視なくともわかる……いず。蔓延る悪への牽制や、ヒーローを目指す子どもを鼓舞する言葉じゃない。きっと彼もこの言葉の意味を解っている。


ヒーローたちが続々と集まり朝陽が登り始めた。

オールマイトを賞賛する声や安堵。取材のヘリも役目を終えたとばかりに撤退を始める。

違う……惨劇は続いて…。


「まだ……、終わってないっ」


制止を振り切り駆け出して向かったのはあの子の声が聞こえていたところ。ボロボロの身体で瓦礫を掻き続ける異様な光景に周囲のヒーローたちも察して加勢してくれる。


「お願いッ、お願いだから…アッ…」


もうすぐだからね。パパとママにももうすぐ会えるよ。だから、お願い。返事をして。


「もう……ダメだ、」

「……なんでッ」


間に合わなかった。救けることができなかった。この子が何か悪いことをしたのか?両親と共に眠りについていただけなのに。


「……ッ、この子の名前は……蓮見杏菜ちゃん…ご両親も近くで…生き埋めになっています…」


ヒーローの腕の中で力なく下がる四肢。救出された傷だらけの身体はこの子が耐えた苦しみの大きさを物語る。

あの時私が奴に捕まらなければ救けられた命だったのかもしれない。


「ここ一帯の地図はありませんか!?拡大図をください!」

「それなら、ここにあるが……なぜ?」


奪うように取り上げた地図を広げ個性を展開させる。聴こえない。そこに確かに居るにも関わらず声がしない。


「ダメ……死んじゃッ、赤に要救護者がいます!」


地図に印していく赤い点。ざっと140はある。頭が痛い、気持ちが悪い吐きそうだ。個性のキャパはとっくに越えている。


「今ヒーロー達に情報を流した!…黒?それは……?」


いつの間にか合流した塚内さんの問いかけ。


「既に…ッハ、亡くなって、いる方の、ッフゥ居場所です」


塚内さんの息を飲む音が聞こえた。

乱れる息は整うどころか過呼吸になりかけている。次第に増えていく黒い点。赤に上書きされたものもある。

見えることは幸福だが、この光景は苦しい。少しでも多くの命を早く救けなきゃ、私にはそれが視えているんだから…ッ。


「あ、ぁ…あ……ゃだ。痛い、よ。っは…ん”ぁ………もう、これ、以上は……ッ」


涙に咽ぶ姿はお世辞でもヒーローとは言えない。

神野の悪夢は、私たちに深い傷を残した。




【悪夢】
夢としか思えないような、思い出すのも嫌で恐ろしい現実の例え。
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