中3春。
「お前らも3年ということで本格的に将来を考えていく時期だ。今から進路希望のプリントを配るが、皆……」
ざわめきだす教室。教師の言わんとしていることを察して各々が"個性"を表現する。
「大体ヒーロー科志望だよね!」
個性が日常に変わった今日ではヒーローという職業が注目されている。ヒーローになりたい者はもちろん、ヒーロー科を卒業すればヒーローライセンス取得、つまりは個性使用許可が得られるため目指す者も多い。
「先生ぇ、皆とか一緒くたにすんなよ。俺はこんな没個性どもと仲良く底辺なんぞ行かねぇよ」
自意識過剰ともとれる発言だが、彼にはそれだけ優れた個性や頭脳がある。
「あ〜、確か爆豪は雄英高だったな」
「雄英ってあの国立の!?」
「マジかよ!今年の偏差値79だぞ!?」
「倍率も毎年やべぇんだろ?」
周りがざわつくのも無理はない。偏差値79で倍率300倍を誇るヒーロー科。推薦4名と一般入試36名で定員40名の狭き門である。入学試験は毎年筆記、そして実技演習試験だが実技試験の内容は明かされていないため対策しようにもできない。
また雄英高校には普通科や経営科、サポート科といった特色ある学科もあるがヒーロー科に落ちてしまった者の受け皿となるためこちらも倍率はヒーロー科に劣らない。
「模試じゃA判定、俺はうち唯一の雄英圏内…あのオールマイトをも越えて俺はトップヒーローとなり、必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだぁ!!!!」
「勝己がA判定なら実質環心もだろ」
「忌引きかなんかで受けられなかっただけでテストじゃ毎回1位だしね」
「うっせぇんだよモブども!!」
「環心も雄英受けるらしいぞ。そーいや緑谷も雄英志望だったな」
一瞬の静寂の後笑い声が充満する。そして無個性の彼は今日も日陰で生きることを強いられるのだ。
*
「いず?元気ない?」
「あ、いや…今年も君とクラス違ったから」
「ふぅーん…まぁ、まさか1回も被らないとはね」
3年に進学し委員長の雑用のため帰るのが皆より少し遅くなってしまった。そんな中落ち込んでいる様子の友人を発見し声をかける。
一緒に過ごす時間は中学に上がるまではなかった上にクラスも1回も同じにならなかった。しかし幼い頃から知っていて付き合いが長いため彼のことはなんだってわかる。そう、なんだって。
「いず、ノート貸して」
「えっ、ノート?池に落として濡れてるし…」
「今朝Mt.レディ見たんでしょ?彼女の個性気になっちゃって」
渋る彼の手から伝わる沈痛。
濡れたノートから伝わる欠落感。
こんな個性を持っているせいで相手の感情には敏感に、一方で自分の感情が表に出にくくなっていることは自覚していた。顔には出ないけど今、私の中を占めているものは怒りと嫌悪。
「シオンちゃん?」
「……2062pかぁ…20mもあったらビル火災の救助とか活躍するよね」
「シオンちゃんもそう思う!?派手でヒーローらしいけど活動範囲が限定されるのはやっぱりネックだよね。巨大化の調節ができればもっと活躍の幅は広がると思うんだけど……ブツブツブツ」
嫌なことがあってもヒーローが大好きなところは折れていないようだ。私の顔に出にくいながら濁った表情も気づかないくらいにヒーローの話に夢中になっている。
「相変わらずのヒーローオタクだね」
「うん…目標だから…、」
照れて伏せ目がちに言う。夢は言葉に出さないと叶わない。でもそれだけで叶うものでもない。
「なりたいのは知ってるけど、オタクするだけじゃ無理だよ。他にもすることあるんだからね」
昔彼に言った言葉を再度口にする。
伏せたままの表情はその真意をまだ見抜けていない。リュックの肩紐を強く握り締めた手が少しだけ白くなっていた。
【行路】
道を行くこと。生きていく道筋。
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