誰だ

雄英高校、某日放課後。


「個性事故…ねぇ」

「切島は変わってなくない?」


帰ったと思われた二人が教室に戻ってきて彼の気持ち悪い顔に全員が困惑していた。


「俺も巻き込まれたんだけどよ個人差があるみてぇで」

「その人の個性ってなんだったの?皆に吐き気を与える顔にでもなっちゃうのかな?」

「いやいやいやいや、環心も珍しく不快感を表しちゃってるから。確かに俺らからしたらドン引きな顔だけどよ」


ほら、上鳴くんも不審がっている。というのも彼、爆豪くんの顔がにこやかなのである。いつもの意地悪で見下していてニヒルな笑顔じゃない。どちらかと言えば爽やかで…黙っていれば顔はいいと知っていたけれど、これじゃただの爽やかイケメンだ。


「靴箱のところで自分の個性を考察してる人がいてさ、途中爆豪の名前が聞こえたんだよ。そしたら爆豪が声あげて向こうがビックリして…」

「個性事故にあったと」

「んで個性って何なん?」

「"優しくなる"個性と"思ったことを言う"個性」

「「「あー」」」


切島くんが変わっていないようにみえたのは彼が普段から優しく思ったことも言える人だからだろう。爆豪くんの名前が出てきたのも、彼は自分の個性で優しくなるのかとかなんとか考察していたからなんだろうな。


「そのまま下校で良かったじゃん?害はなさそうだし何でわざわざ戻ってきたん?」

「校内での個性事故だから先生に報告しなきゃだろ?職員室いなかったからこっちいるかと思ったけどよ。すれ違いになっちまったみたいだな」


イライラしている様子が見られない爆豪くんは大人しい。優しくなるってことは寛大な心で物事を許せるのか、それとも言動が優しくなるのか。はたまた両方か。


「おい爆豪!もう一回職員室行こーぜ!」

「ああ…でもその前にシオン」


名前を呼ばれふとそちらを見ると目の前に爆豪くんが立っていた。椅子に座っている私からすれば見上げる形となる。しかし、見下されてるかのような威圧感はない。


「なにか?」

「言いてぇことがあンだよ」


いつもの皮肉を言い合う私たち。それをはじめる合図の言葉なはずなのに、目尻の下がった彼は食って掛かってくる様子はないが。


「てめぇ、マジでムカつくわ」


っは、いつも通りじゃないの。いつも通り素直に意味のない暴言を吐いた彼に半目になる。


「文句ならいつでも聞いてあげるから早く相澤先生の所にいってきたら。私はもう帰るから」

「ほんっとムカつくよなその顔」


耳にタコができそうなほど聞いたセリフ。そんなどうでもいいことを言うために切島くんを待たせているのか?優しくなる個性は微塵もかかっていない。かかっているとしたら表情筋だけである。

そう思っていたんだけど。


「顔が良すぎてムカつくわ」


 …………………………ん?


私の聞き間違いかと思ったがクラスメイトたちも信じられないものを見たときの反応をしている。


「!?!」

「ガキの頃から整った顔しやがって……中学でファンクラブあったの知らンだろ。あとよテメェ笑えるんだからあの顔しとけ。そっちの方が何倍も綺麗で可愛いんだよ」

「あの……のぁ、爆豪くん…?」


私の頬っぺたを右手で触る彼はきっと彼ではない。客観的に見て自身が整っている部類の顔であるとは自覚していた。それを爆豪くんが口にした?これが個性事故の影響だというのだろうか。


「待って、頭が追い付かない。彼は誰??」

「「「爆豪」」」


周りに助けを求めてみても誰もが呆気にとられている。いずなんか気を失いかけている。口の悪さは爆豪くんなのに、他は新しく創造された別人格だ。顔を読み取っても真実を話しているだけの表情である。脈の触れ方は少し早いけど至って普通。


「あー、個性の使い方もいっちょ前に覚えてンじゃねぇよ。軍事格闘とかいらねぇだろ、俺に守られとけよクソが。頭もチートしやがって。俺がどんだけやっても追い抜けねぇし、考え読みやがるし」

「ちょっ、と、待ってよ…ッあ、あのさっ!」

「おー、珍しく環心が焦ってる焦ってる」

「あの状況じゃ誰でも焦るって。なんか迫られてるし見ようによっては襲われてるもん」


なぜそういう状況だとわかっていながら助けてくれないのヒーロー候補生?頬に手を添えられてそれを避けるように椅子ごと後退するとそこは壁。爆豪くん(仮)と壁のサンドイッチ。逃げられなくもないが確実に怪我をさせてしまう。それで怒られるのは何か癪だ。


「手を、離してくれない?」

「何でだよ」

「あなたは今普通じゃないから」


心理で考えが読めると言っても完璧ではないし、エンパス的みたいに感情の輪郭がわかるだけ。特に今の彼の考えなんて解るわけない。


「思ったこと言ってるだけだろ……。いいな、お前欲しいわ」

「!??」

「「「ブッ!!!?!」」」


遂には頬を両手で包まれて顔を背けることすら許されない。柔らかさを堪能するように動かされる指に背筋がゾワゾワする。いい加減離してほしい。彼に婦女暴漢未遂を受けたことがあったが、それとは異なる危機感。


「な、なぁ爆豪。欲しいって…お前環心好きなんか??」

「あ"?ンなわけねぇだろ、むしろ嫌いだわ」

「いやいやいやいや、嫌いな相手に迫るか普通?今普通じゃなかったわコイツ…」

「まぁ…、この顔は悪かねぇからな」


好きじゃないなら瀬呂くんの言う通りコレはおかしい。爽やかな笑顔に少し意地悪が混じった恍惚の表情。腕の力は強くて動かない、それなのに優しく触れてくる。眉間にシワを寄せながら彼の着崩した胸元を見ていると唇を押さえつけられた。


「やぁらけぇな…喰いたくなる」

「ッそれ!、セクハラ発言だから!」


優しくなる個性?思ったことを言う個性?優しいというよりはチャラいし、思ったことを言うというよりは欲望に忠実になっているだけ。個人差があるにしても思ったことを言い過ぎている。

触られている時点でセクハラだけど、これは彼と私の黒歴史確定だ。彼を優位に立たせてしまったのがこの黒歴史の最大のミス。


「本心だ。シオン、可愛い」

「んッ〜〜〜顔がいいんだからっ止めて貰えないかな!?」

「そういう風に顔歪めンのいいな。久々見たわ。今の俺は優しいからな、懇願したら止めてやるよ」


この男は私で遊んで楽しいんだろうか。否、狼狽える私を見て楽しんでいるに違いない。心なしか距離が近くなっているようにも感じる。甘いにおい。


「環心も爆豪の顔がいいって言ったぞ」
「顔赤くなってんの可愛いくね?」
「てか爆豪このままだったら……」


気のせいではなかった上に、爆豪くんに向かされた顔の目の前には覗き込んでくる彼の姿。ちょ、近いっ。


「マジで喰いてぇ」

「へ」

「「「マジか!!?!」」」


ガッ

ドカ

バタッ


「はぁ、はぁ……正当防衛!!!!」


そこには倒れた爆豪くんと局部をおさえた男子たち。そんな目で私を見ないで。女子は顔を真っ赤にしている。きっと今の私もそう。


だって


だって…


だって、


だって!!


キスしようとするなんて…っ。


吐息が触れた唇を押さえながら走って帰った。赤い顔を誰にも見られたくなくて俯いて帰った。遠くでいずが何か言っていたけど、この羞恥から抜け出すにはあの場から逃げ出す必要があった。


薄暗くなった部屋の中。性格と口と態度の悪い爆豪くんに会いたくなった。

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ちなみに金的→アッパー→足払い
たぶん、接吻はしてない。たぶん。
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