雄英高校、某日。
シオンちゃんが個性事故で小さくなった。
「またご都合的個性事故だな」
ただ小さくなったのではなく過去の彼女と入れ替わっているみたいだ。僕の右足にすがり付いているのは4歳くらいのシオンちゃん。その証拠に誕生日プレゼントで貰ったというお気に入りの白いレースのワンピースを着ている。
「今いくつ?」
「昨日4歳になったの、今日はいずくんの誕生日だから勝くんと待ち合わせしてたの」
僕たちに警戒することなくハキハキと答える姿はとても4歳には見えない。僕の記憶通り4歳だったがまさか昨日が誕生日だったとは。
「あのね、わからないと思うけど個性事故で未来のシオンちゃんと入れ替わっちゃったみたいなんだ」
「お姉ちゃんたちはお友達だから怖がらんでね」
「ちゃんとわかるよ。お兄ちゃんはいずくんなんでしょ?」
個性で視たのだろうか。それとも僕の顔が4歳の頃と変わっていないとか…それはないだろう。僕に笑いかけるシオンちゃんは今と違って満面の笑みだ。昔から可愛かったもんなぁ。これはズルい。
「ここどこぉ?」
「そうだね、知らない場所だから不安だったよね。ここは雄英高校だよ」
「ゆーえい……ヒーローの学校?」
「うんうん、そうだよ!私たちヒーローになるお勉強してるの!」
麗日さんの言葉に花が開いたかのような笑み。4歳で雄英高校ヒーロー科を理解していることが何よりもすごい。
「いずくんも!!?」
「う、うん。そうだよ」
「わー!いずくんすごーい!個性出たんだ!これで格好いいヒーローになれるんだね!」
「「「(((天使)))」」」
みんなの意見が一致した瞬間だった。
無邪気に喜ぶ姿は永久保存版だ。写真撮っておこう。彼女のこの時期を高校生になって拝めるとは思っていなかったので個性事故に感謝する。過去に飛ばされたシオンちゃんには申し訳ないけど小さい君をもう少し堪能させてほしい。
「ねぇねぇ、勝くんは?一緒じゃないの?」
「おいバクゴー、環心が呼んでんぜ!」
「勝くん顔見せてやんなよ!!」
切島くんに連れてこられて彼は怖い顔をしている。ケラケラと笑う上鳴くんを睨む。そんな怖い顔をしていたら小さい子供は泣いちゃうじゃんか!?
「勝くん?」
「あ”ぁ”?」
そんな凄んじゃダメだって!!!泣きそうなくらい不安な顔してる!!
「あまぁい匂い…ホントに勝くんだぁ」
般若の諸行をもろともせずかっちゃんに近づいたシオンちゃんは昔から肝が座っていたらしい。僕の時はどう判断したのかわからないけど、かっちゃんの場合は個性の匂いだそうだ。
「勝くん、怖いお顔してない方が格好いいよ?」
コテンと首をかしげた姿にクラス全員が悶える。なんだよその仕草!?だからズルいんだってば!
かっちゃんでさえ言葉を失っている。以前彼女の顔を褒めた彼だ。きっとこの顔も悪くはないと思っているはずだ。
「わーったよ。テメェは何してたんだ?」
「テメェじゃなくてシオンだよ。えーっと、いずくんのお誕生日会いくのに勝くんと待ち合わせ!二人でお菓子買っていこうって約束してたの」
昔の二人はそんなことをしていたんだ。今はいがみ合っている二人だけど遠い過去には僕のために買い物までする仲だったみたいだ。
かっちゃんがシオンちゃんの頭に触れて優しく撫でる。
「ヒーローのカードつき菓子買うんだよな?」
「うん!シオンが選んだらきっとオールマイトが見つかるから行こうって!」
マジか、かっちゃん。記憶力がいいのは知っていたけど4歳の記憶だぞ?小さい頃の記憶ってのはトラウマレベルじゃないと覚えていないはずなのに。。。
「転けてワンピース汚すんじゃねぇぞ」
「転けないよ!勝くんから貰ったんだもん、こんなに可愛いの汚さないっ!」
ああ、それかっちゃんから貰ったのね。
いつのまにか腕に抱っこされている彼女はご機嫌なようだ。かっちゃんもまんざらではない様子。その証拠に彼女の髪の毛を弄んでみたり、幼児特有の膨らんだほっぺたの感触を堪能している。僕まだ触ってないのに!
無邪気って怖い。すっかり絆されている……誰がと言わなくてもわかるでしょ?
「勝くんもヒーロー科?」
「ああ」
「勝くんもすごいねー。あのね、シオンの将来の夢知ってる?」
「……いや、知らねぇな」
ニマニマと悪戯っ子の笑みを浮かべる彼女。
「ヒーローのお嫁さん!!」
将来の夢なんて聞いたことがなかった。
「だって、ヒーローっていつもお外で皆を救けているでしょ?だからお家ではシオンが守ってあげるの!」
「そうか、いい夢だな」
撫でる手が一瞬止まったが、それも再開される。子供の頃はいつも僕たちが夢を語るばっかりで気にしたこともなかった。優しい心を持ち合わせているのはこんなにも小さい頃だったんだ。
「いずくんと勝くんヒーローになるんでしょ?だったらシオンは勝くんのお嫁さんだ!」
「「「「「!!?」」」」」
かっちゃんと結婚する発言??無邪気って怖い。
「なぁなぁ、何で爆豪なん?緑谷ともずっと一緒にいるんだろ?」
「いずくんは弟だもん!大きくなるまではシオンが守ってあげるけど、それからは勝くんを守ってあげるの。それに勝くんかっこいいしいい匂いするから勝くんの方がいいなぁ」
これ以上ない誉め殺しにかっちゃんはシオンちゃんの髪の毛に顔を埋め込んでいる。デレる君なんて見たくなかった……
確かに僕は彼女のことが大好きだけどそれは恋愛感情ではなく家族愛に近いものだ。わかってはいるけれどこうもはっきり言われると少し残念な気分になる。彼女の視線を独り占めしていたのは僕だと思っていたから悔しさがにじみ出た。
よりにもよってかっちゃんだなんて。まだこの頃はかっちゃんは僕をあからさまに苛めていなかったみたいだ。それを知ったらこんな発言はしないだろうし、記憶の中では小学生になる前には二人とも嫌い合っていた。
「他のヒーローでもよくね?俺は?個性も強いよ?」
「世の中にはたくさんのヒーローがいるんだぜ?考え改めてみない?」
「んーん、勝くんだよ。勝くんは強いヒーローになって、たくさんの人を救けるの。たぶん一番になるよ。だからシオンは勝くんを守りたいって思うの」
「………だそうですが、どうですか爆豪さん」
「………、……………………ぅっせぇ」
絞り出した声に普段の覇気はない。絶対君、これ、4歳のシオンちゃん好きになっただろ?今のシオンちゃんを嫌いと発言していたけれど、それはいつしか撤回されそうだとこのとき誰もが思った。
*
もとに戻ってから、かっちゃんはシオンちゃんに対して数日間、優しかったり表情が穏やかになったり、赤面したりと挙動不審だった。
「爆豪くんが気持ち悪いんだけど、なに?」
たぶん、二人はまだしばらくは、いがみ合ったままだ。
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