香と

雄英高校、深夜。


「ヒーローが不法侵入だなんて信じられない」

「ヒーロー候補生なのに不法侵入者見逃すなんて信じられないなぁ」


冷えた空気の中、寮の屋根へと降りてくる深紅の翼は不法侵入なんて気にもしないというような口ぶりをしていた。ガードの固い雄英に騒ぎもされず到着する彼は流石というかなんというか。

それを迎え入れてしまう私も普段は真面目だなんだと言われるけれど、毒されてしまたんだ。


「今宵はどのようなご用件でしょうか」

「愛しき姫に会いに参りました」

「意外と暇なんですね、No.2」

「んなわけ。シオンちゃんのためにマッハで来たんだってば」


音も立てずに降り立って久方ぶりの抱擁を味わう。恋人たちの逢い引きはいつだってスリリングなんだ。

私にだけ聞こえる声量で会話を交わし首筋に鼻を寄せた。彼からはウッディな…スパイシーな香りがして大人っぽかった。流石女性にモテる香水を身に付けるだけ人生経験積んでいるな。

実際、私よりも6つも年上でプロとして活動しているんだから大人だと思うのも普通だろう…まぁ未成年と付き合うプロヒーローってどうなの?って感じだけどね。


「あと10分でここ離れるよ」

「リスクを侵して来る必要ないんですよ?任務もあるし休んだ方が良いんじゃないですか」


公安繋がりで彼に出会って不安を埋めるように好意を詰めていって、それが嘘じゃないんだよってこうして定期的に会いに来てくれる。

嬉しくて、愛されてるとは思うけどトップで活躍するホークスの負担にはなりたくない。


「わかってないなぁ…背徳感に勝る愛しさがここにあるんだからさぁ」

「思いの外変態な回答でガッカリしました」

「そんな俺を好いとーやろ?俺は冷たくあしらうシオンちゃんも好きだよ。だから充電させて」


悪い笑顔で頬擦りをしながら好き好き言ってくる様子は子どもっぽい。ジョリジョリした髭は痛くてあんまり好きじゃないけれど、彼から示される愛情表現は可愛らしくて好きだ。

こういうときの精神年齢は私の方が上なんだろうな…けれど線引きはしっかりしていて彼は私に手を出さない。

速すぎる男だから手を出すのも速い…みたいなトピックを見たことがあるけれど、軟派に振る舞う彼を見てそう思うだけで誠実な部分もあるってこと知らないんだろう。

いっつもこうして抱き締めて頬を擦り合わせてするだけ。真剣交際だったら年の差はあれど、それ以上のことをしても法律的に問題はない。しかし道徳的に考えてみれば好ましくないからやらないんだろう。

不満がある訳じゃないけど…年頃の女の子としてはもう少し彼に近づきたいと思うのが本音である。


「あと7分か…俺が雄英生だったら部屋であんなことやこんなことまでするとに」

「…、今、しないんですか?」

「へ?」


鳩が豆鉄砲食らったかのような顔を覗き込めば、普段の飄々とした彼はおらず情火に焼かれていた。詰まった声はお互い様。


「そんなのしたらヤバイじゃん…遊びじゃないにしても」

「誰にも見られてませんよ?」

「シオンちゃんが見てる」


抱き合ってる時点ですっぱ抜かれたら面倒になる部類だ。過去に浮き名を流したこともある彼は恋愛経験値高めだろうに、狼狽えて月明かりには赤い頬が照らされた。

抱き締めていた腕が緩くなって温もりが薄くなる。胸に手を当てて彼の心音を感じれば、元々空を飛ぶからか心拍数が多い。知っていたけど…速すぎて小鳥みたい。

その手を撫で、愛しそうに見つめてくれるのに…


「マジでヤバいから。いざしても良いって言われたら緊張して……怖い」

「……童貞ですか?」

「ンな訳なかッ!…もぉ……ホントにさぁ、」

「ふふっ…困らせてごめんなさい。ホークスがここに来てくれるだけで嬉しいし、貴方の匂いだけで幸せに包まれるから大丈夫」


顔を上げて首筋に寄り添えば今度は甘い香り。香りは彼の表情のようにコロコロと移り変わる。だけどそこに生じた大人の隙間はなかなかに開いてくれないようだった。

後頭部に回っていた手は頬に移り指の腹で何度も優しく可愛がってくれる。私がこういう風に甘えられるのは唯一彼だけだろう。

ひとつ大きな息をついて彼はかけていたゴーグルを外した。シールドのない金色に光る猛禽類の瞳が綺麗でずっと見つめていたい。


「シオンちゃん。ちょっと目、閉じよっか」

「?…私、目隠ししてても視えますけど」

「そうじゃなくって…、見られたら恥ずかしいんだって…それに俺だって目隠ししててもわかるからッ」

「…剛翼ってそんなこともできたんですね」

「まぁね…できるように訓練したんだ、昔」


哀愁を帯びた表情は、ランキング発表の時に壇上で生意気言い腐っていた若者とは違った印象を受ける。時間を惜しみこれ以上聞かないで、とでも言うように彼は顎を掬う。

今度は目を瞑ってとは言わない。言われなくてもとても自然に…彼をより近くに感じるために視界を閉ざしていた。


少しかさついてるけど柔らかい。

コーヒーの残り香のする息。

顔は右に傾ける派なんだ。

顎を掬っていた手は首の脈をとっているみたい。

肩に力が入って翼がバサッと音をたてた。


「…大人の階段上っちゃったね」

「ぁ…ん、想像してたより…ずっと大人、でした」

「…ん"ん"、ちょっと待って、想像してたって俺とのキスを?どんなの想像してたのよ。ダメだ……もっとシたくなっちゃう」

「ふふ。時間もないので、もう一回だけですよ」


最初のキスってレモン味みたいな都市伝説があるけれど、そんなのを想像してたわけじゃない。唇同士がぶつかるだけの形式的なものだろうと鷹を括っていた。

でも唇から伝わる体温が生々しくて、私とは違う弾力が予想外で、鼻でする呼吸は頭ではわかってるけど正しくできているかかはわからなくて、吐息が想像してたよりも近くてビックリした。


「…情熱的なんですね」

「そりゃ…欲しいと思ったんだから骨までしゃぶり尽くす勢いよ。次は…次……、次はもっと大人なことするから」

「じゃあ、次はたくさん一緒にいる時間があるってことですね」

「死ぬ気で時間作ってくる」


最後に触れるだけの優しいキスをして彼はあっという間に姿を消してしまった。急いでいるところを鑑みるに本当に時間のない中会いに来てくれたみたいだ。この後はどこかで作戦会議なのかもしれない。

漂う香水はもうすぐわからなくなる。唇に残ったコーヒーの香りを指先で撫でて彼を思い出す。

そっか、目を瞑るのはそのときの情景を事細かに記憶し思い起こせるようにするためだったのかもしれない。

飛ぶ鳥跡を濁しすぎた。

学校の警報は鳴らなかったけど、私の中ではけたたましくサイレンが鳴り響いている。


"次はあの鷹に食べられるぞ"



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蒼乃様、匿名様リクエスト ifホークスの恋人
設定とか構成どーしよっかなーって悩み4つ程ボツにしたあと完成した作品。

イメージの香水はジバンシィのπ
「知識や才能に挑戦し続ける男性たちに贈るフレグランス」というキャッチコピーで香りの変化が多い香水です。

柑橘系の爽やかさ、ハーブやウッディーのようなパキっとする聡明さ、それにバニラの朗らかさも持ち合わせたホークスにぴったりかなーと思いチョイスしました。


ps.私はウッディな香り苦手。ツーンとする。
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