傍ら

高2、冬。

夢を見た。随分昔の記憶だったと思う。

母さんが入院して一番嫌な記憶が多かった時代。見舞いに行きたくても母さんに会うのが怖かったし、家に居ても親父の稽古で死にそうになっていた。

気づいたら学校が終わって家に帰らず母さんが入院している病院の前にいた。ただやっぱり中に入ることができなくて被っていた帽子のツバを引っ張り視界を閉ざす。


「どうしたんだい?」

「……」

「そっかぁ…学校帰りだね。おじさんの娘がね、君と同い年くらいでもうすぐここに来るんだ」


その人は白い髪の毛をしていて雰囲気は母さんと似ていた。シルバーの瞳も俺や母さんと同じだ。白衣だからここに勤める医者なんだろうが、俺が何も話さなくてもその人は娘の話をして俺の気分を落ち着かせてくれた。不思議な人だ。


「お父さーん」

「あ、きたきた。迷子にならなかった?」


霞ががって見えない女の子の顔。その子と病院の裏にある託児所みたいなところで勉強したり一緒に本を読んだりした。


「嫌なものがあるときはギューってすればいいんだよ。その人しか見えなくなっちゃうから」


別れ際に交わしたハグは俺を上に向かせてくれた。今考えたらその子の方が背が高かったからそういう構図になったんだろうけど、顔の火傷や特徴的な髪の毛のせいで人の視線が怖くて下を向きがちだった俺に久々に空を見せてくれてた。

冬の澄んだ空気で空が高い気がする。

またね、と言ったけど名前も顔も覚えていない約束もしてないその子に会うことはできなかった。病院に行く機会も成長するに連れてなくなり記憶は憎しみで埋もれてしまっていた。



 *



 *



コンコンコン


「はい」

「夜にごめんね。明日の朝なんだけどさ、スマホに連絡しても出なかったから直接言いに来たの」

「悪い、手紙書いてた」

「手紙……ああ、お母さんね」


部屋を訪ねてきた環心は明日の下級生との演習についての打ち合わせがしたかったみたいだ。俺たちがホストになって実践形式の戦闘訓練をするから文字で伝えるよりも直接話した方が良かったのだろう。


「……じゃあ演習場αに早めに集合ね」

「ああ……、なんか初めて会ったときみたいだ」

「?」


机を挟んで真ん中に紙を置き言葉は多くないけど互いの意見を言い合う。シチュエーションは全く違うけど夢の中みたいだと思った。


「俺、昔お前に会ってる」

「そうだっけ…にしても何で今更思い出したの?」

「夢で見たんだ…病院で一緒に勉強してた」


環心は個性の影響か記憶力が良い。だから彼女が覚えていないのは、俺が見た夢は昔の記憶ではなくて捏造したものだったからなのかもしれない。はたまた別人…、


「あー……帽子を目深く被った人見知りボーイ…」

「そっちは有無言わせねェ自己中だったろ」

「違うわよ。寒い中動こうとしないから手を引いてあげたの」


クスクスと笑うのはからかっているからか。きっと子どもの頃もこうやって笑い合っていたんだろう。今は二人とも表情が薄いであったり無表情、ポーカーフェイスと言われるのにな。

気づいたら15分くらいその時の話していた。不思議と言葉を引き出されて何でも話してしまう。緑谷や環心は不思議な奴で、俺が抱えていた曇天の中の真っ暗な部分を払拭して大事なものを思い出させてくれた。

さっき書いていた手紙も俺の考え方が変わったからできたものだ。体育祭が終わった次の日、母さんに会いに行った時の緊張は今でも覚えてる。

下り坂を下っていくときに何を話せば良いか、どんな顔をすれば良いかばかりを考えていたけど…今は普通の親子の関係は築けているはずだ。


「私より小さくて可愛かったのに…時間って残酷」

「早生まれでお前の方がデカかっただけだ」

「そうね、ハグしたら腕の中に入るくらいだったし」


埋もれていた記憶の中にいた温もりがあって、それに救われたのは間違いない。ふとそれが恋しくなって正面に座る環心に指を伸ばした。


「なぁ…環心」

「ん?」

「……ハグしてもいいか」

「んん?」


戸惑った感じはありながらも、医療措置として手を差し伸べてくれる。黒髪の感じとか、かけられた言葉とか全部同じだったじゃないか…ハグしたのは初めてじゃねェはずなのに何で思い出せなかったんだろう。

細い腰に腕を回せばより近づく。首の後ろに回っていた手が後頭部を3回撫でて不思議と心が軽くなった気がする。

…やっぱり身長差で下向くこともあるじゃねェか。けど、地面は向かずに済むか。


「落ち着いたかしら…お母さん思い出して寂しくなったんだ?」

「違ェ…」


すっぽりと俺の腕の中に入ってしまう環心は夢の中とは違うけど、体格差関係なく包み込んでくれている。


「私ね、轟くんに会った頃…自分の個性が怖かったの。気づいたら知らない人の感情視えて…それのコントロールするために病院で訓練してた」

「そうは見えなかったけどな」

「子どもなりに強がってただけ…だからさ、ある意味ぐるぐるしてた轟くんは分かりやすくて良かったわ」


丸見えだったなんて今となれば笑い話にできるが、環心もよく個性に悩まされていたんだな。頭では解っていても心では判断できない…この行為だって心が求めたもの。


「またこうしていいか…?」

「良いよ。ヒーローを支えるのが私が求めるものだからね」


黒髪に寄せた頬が暖かくてこのことも手紙に綴ろうと思った。俺にも気の置けない仲間がたくさんいて、癒してくれる…ヒーローもいる。

そんなことがあったから、今まで以上の信頼を寄せて積極的にメンタルケアを頼むようになるのは必然的だろう。

そのためクラスメイトからは距離感がおかしいと言われ特別な理由がない限り触れないことを推奨された。

スマホの検索履歴に"女性 友人 距離感”が追加されたが、一度知った安らぎにすがるのは本能だから改善されなかった。


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匿名様、蒼乃様リクエスト
轟くんとしんりちゃんの思い出、涙との続き的なお話。地元が一緒だし昔会っていた可能性は無くはない、と思ってる。
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