貸す

体育館γ。

「っは……っは、もう一回!」

「あ"!?そんなんで俺の相手になるってのか!?」


かっちゃんの怒号が響く。

肺が痛い。息を大きく吸う度に、骨が軋む。疲労が蓄積しているせいだ。乳酸がエネルギーに変換されきれずどんどん溜まっていく。

個性をコントロールするためにかっちゃんに自主練の相手を頼むようになった。彼も僕を踏み台にするためだけに手伝って(?)くれるけど…なかなか上手くいかない。


「二人ともーいい加減に晩ごはん食べないと飯田くんが怒るよー」


僕たちの自主練の終了時間を知らせる係りになった彼女は、呆れてこちらに言葉を発する。


「終わりだ終わり。ッケ、使えねェな」

「夕飯は肉じゃがだよ。今日は豚肉派の意見多数となりました。いずも戻ろう」

「う、うん」


シオンちゃんとかっちゃんは付き合っている。その事実を目にしたとき、目玉が落ちるかと思ったけど良い雰囲気なのは伝わってくる。だって、かっちゃんの雰囲気が柔らかいんだもん。

ぎこちない返事をした僕に2人は怪訝そうな顔をしている。僕はいつまで経っても2人には敵わない。ワン・フォー・オールを授かって、彼らと同じ土俵に立てるって思ったのに…

ああ、こんなんじゃダメだ。考えが暗い方ばっかりにいってしまう。ヒーローは笑うんだ。救けを求める人のために一日でも早く…ッ。


「お腹すいちゃった!早く戻ろうか!」


ぎこちない笑顔だったのは自覚がある。だから、それを見られたくなくて、2人を追い越して寮へと戻った。きっとこのときの僕の些細な抵抗も無意味だったんだろうね。



 *



 *



「どう思う。アイツ」

「どう思うって…、たぶんダメだわ、あれは」

「…我慢してやるから、行ってこい」

「我慢って…でも貸し出すだけ成長したのかな?」


いずの心理的状況はあまりよろしくない。手合わせをした勝くんは何となく気づいていたようだ。いずは不快感や焦りのせいか反応速度がコンマだが遅れていた。


「寮に戻る前に捕まえられるかな」

「走っていけば間に合うだろ」

「そっか」


幼馴染みとして、ライバルに塩を送るなんてちょっと前だったら考えられなかった。

勝くんがぶっきらぼうにも言いたかったのは、私にメンタルケアをしてこいということ。フラストレーションが溜まったときに彼にハグしているみたいにね。

急いで駆けていくといずが肩を落としていた。彼がトップヒーローになるためにはもう少しメンタルを鍛える必要がありそうだ。

土壇場で力を発揮したり頭の回転や意志の強さは申し分ないから、猛省する癖を矯正しなきゃね。


「いーずっ!」

「わっ、シオンちゃん!?」


リアクション芸人さながらに驚いて目を見張る。そのあとの凪いだ表情から私が何をしに来たのかも察したみたい。

いずとは距離を置こう。距離を置かなきゃいけない。

だけど、苦しんでもがいている姿を見て放っておくのは”リードヒーロー”ハーツとしてあってはいけないことだと思った。


「何が気がかりなの?」

「…この個性は敵じゃないって分かっているのに……君にしたことを思い出すと怖い。夢にも見た」


素直に吐き出された悩みはやっぱり個性による焦りと恐怖。臨床心理学において不安夢は繰り返し見る傾向が強いとされる。不安と並んで焦燥感が彼が夢を見る原因かな。

いずは頑張り屋さんだから、一人でどうにかしようとする。

”本当にどうしようもなくなったら言ってくれ。友達だろ”……これを言ったのはどこのどいつよ。

"頼れと言うくせに自分で実行できてねぇ"

まぁ、私にもそういう経験があるからいずの気持ちも解らなくもない。


「いず、おいで!」

「へぁ!?おいでって何!?それやったら僕かっちゃんに爆破されちゃうよ!!」

「大丈夫。彼からのお許しも貰ってるから」

「そんなわけないじゃん!みみっちぃかっちゃんが自分のモノと決めたら離さないの知ってるだろ!?ジャイアニズムが許すわけないよッ!」


まさにその通りだとは思う。間違ってはいないけど、一つだけ訂正するとしたら…いずも勝くんにとっては離したくないオモチャなんだよ。

オモチャがこんなところで壊れてしまうのは面白くないってさ。ツンデレくんだから決して言わないんだろうけどね。


「だいじょーぶ」

「ちょっ!シオンちゃん!?」

「私は…いずや皆が私の救いなんだ……でも頑張りすぎはダメだよ」


感情は緩衝材みたいなもの。苦痛であったり歓喜であったり、人間の自我は表現することで保たれる。

けど感情を押し込めると心が磨耗して、自分を感じることができなくなってしまう。麻痺して人形に成り果ててしまってはダメだ。

身長が同じくらいなのに、体格差がこんなにも出てしまった。全体的にガッチリ成長した身体を優しく抱き締めてあげれば大人しくなる。

やっぱり、かなり根詰めてるなぁ。

いずが悪くないことでさえ、責任を持ち始めてしまっている。個性のコントロールができないのは彼のせいだけじゃない。焦りが追い詰めている。

負のスパイラルに陥ったいずには、一度リフレッシュしてもらう必要があるかな。


「頑張りすぎは、時に毒になります」

「……はい」

「いずは時々周りが見えなくなります。八斎會のとき飯田くんや轟くんが言ってくれたこと忘れちゃったの?」

「…ちょっと忘れかけてた」

「せっかく頑張れって感じのデクだったのに…パンパンに膨れた状態じゃ応援し辛いよ」

「ガス抜き…お願い、します」

「うん」


肩に額を乗せて深呼吸をしている。自主練していたせいで汗ばんでいる背中。だけど冷めない熱はそのせいだけじゃない。

背中を擦ってあげればくぐもった声で話し出す。


「木偶の棒になりかけてたなー…個性を扱うのってこんなに難しいんだね」

「考えすぎな部分があるんじゃない?」

「シオンちゃんにそれは言われたくないよ。プレッシャーがハンパないんだ。合同戦闘訓練で怪我させたり不安を与えるような戦いしちゃった。かっちゃんにはダメダメだって言われる。オールマイトのアドバイスも今の僕じゃ実践できない。今の上限20%じゃビリビリして持っていかれそうになる。考えれば考えるほど理想とは遠のいて…」

「ストップ!」


止まらなくなる反省にこちらが滅入ってしまう。ガス抜きどころかガス爆発をさせたみたいに一気に出てくるなぁ。さすがナード。

いずの中にある葛藤は客観的に自分を見ていないせいだ。周りに応えようとして、今のいずがどれだけできるようになったのか実感できていない。

オールマイトから個性譲渡が決まったあとの浜辺で泣いているときの写真を見れば一目瞭然だ。確実に進んでいっている。

オールマイト風に言えば、レベル1とレベル50の成長度合いが一緒なわけない。いずはようやく50に達して経験値をたーっくさん集めないと次のレベルに上がれなくなった。それだけ。


「シオンちゃんがA組やB組の皆に女神って言われるのがわかった」

「たまに言われるね」

「暖かくて身も心も回復していく感じがする」

「そんな個性はないけど?」

「気分的にだよ。外的支柱…流石だね」


いずの笑顔が強張ったものからいつもの子どもっぽいものに変わった。少ししか泣かなかったけどガス抜きは成功したみたいでよかった。

同じ目線でハグができるのはいつまでだろう。もしかしたらこれが最後かもしれない。

そう考えたらせっかく子離れしたのに、離しがたくなっちゃう。自分のモノと決めたら離したくなくなるのは私も同じだな。



 *



「やーっと終わったかよ…クソデクぅ?」

「え、かっちゃん?怒ってるの?確かにマズイなとは思ったけど話が違わないかな?」

「あ”?人の女に手ぇ出した事実は変わんねぇだろ」

「我慢するって言ってたじゃない」

「我慢するとは言ったが許すとは言ってねぇ」

「「みみっちぃ…」」


緑谷出久、自主練じゃないのに爆破されました。

理不尽!!



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スミ様リクエスト
デクのメンタルケアをするしんりちゃん、時々爆豪
時系列はAB対抗戦直後くらいですかね。

私には女の幼馴染みしかいないので、男女の幼馴染みがどこまでのスキンシップするのか知らないです…が、デクとしんりちゃんは絶対に近すぎる。のがよいと思ってる。
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