帰宅後、自室。
「抱きてぇつったら…どうする」
「…………、早くない?」
「早くねェわ。こちとらいつから我慢してると思っとんだよ」
勝くんから紡ぎ出された言葉にキュって心臓が縮んだ気がした。確かに要望を言葉にしてくれと頼んだがストレート過ぎやしないだろうか。
冷静に返答すると冷静に返ってきた言葉と態度。けれど目の奥には劣情が垣間見えて…本気でそう思ってるんだなって事実を嫌でも突きつけられる。
「でもさ、その…いきなり、ね?学校だし」
「ゴムはある」
「…………はい?」
「仮免終わったらシようと思っとったから今日コンビニで買った」
「あれか…」
記憶を深く巡らせることなく直ぐに思い出せる…今日の帰宅前に寄ったコンビニで買った?え、轟くんもコンビニ行った、よね…?
用意周到すぎて怖くなる。彼との接触は今まで何度もあった。ハグしたり、キスしたり、一緒に眠りについたり。
「まだ、付き合って1ヶ月…経ってないし」
「嫌なンか…?」
"ダメなのか?"ではなくて"嫌なのか?"と聞く辺りが卑怯だと思う。傲慢な態度に拍車がかかっている彼でも拒否されることを怖がっているからこの質問の仕方なんだろうか。
ダメって聞かれたら間違いなくダメだと答える。
でも嫌かと聞かれたら。
「、嫌って言うか…こんなにいきなりだと思わなかったし…心の準備が、さ?」
「いつなら準備できンだよ。俺は気が短けェ」
「知ってるよ…、てか近くない?」
「ワザとだわバーカ」
あれ、いつの間に私はベッドの隅に追いやられてしまったのだろうか。ジリジリと後退して壁と勝くんに退路を防がれる。
手が届いて吐息まで触れそうな距離にいて赤面してしまった。こんなの意識しない方がおかしい。
彼の指の腹で撫でられたのは、日中の事件でできた頬の切り傷。ピリっとした鋭い痛みに反射的に目を瞑り身体を強張らせる。
「はぁ……シオン、今日はシねぇから。代わりに…」
「…」
「褒美に、少しくらい触らせろや」
深い溜め息は我慢の表れなんだろう。赤い瞳が欲という艶を表現している。
ご褒美って何よ。
"今日は"?……じゃあ次はするの?
触るってどこを?
キスってこんなにも目元が熱くなるものだった?
「んっ…いつもと、違う」
「黙ぁってろ」
唇を何度も甘噛みしてたまに漏れる息が鼻につく。彼の分厚い舌は私の舌を捕らえて咥内で弄んだ。
好きだ、愛しい。そんな感情が乗せられて、あまつさえ法悦に浸っているっていうのに、余計に切なくなる。
彼が部屋に来たときに淹れた紅茶の湯気はもう出ていない。何分キスしてる?5分か10分か…それ以上してるかもしれない。二人で貪り合い夢中になる。
勝くんとのキスって何でこんなにも気持ちが良いんだろう。舌を動かすタイミング、呼吸のタイミング、唇や舌の感触。どれをとっても心地が良くてうっとりしてしまう。
スローなキスは大人のキスのようで、これから行われるであろう大人なイベントの前座にはぴったりだと思った。
唇を離し見つめ合えば艶が増して、もはや欲に濡れている程だ。荒れた短い呼吸を互いに繰り返し、彼は首に顔を埋めた。
息と髪の毛がくすぐったい。目を瞑れば視覚を補うためか、その他の感覚が冴え渡った…だから鎖骨を舐める刺激や勝くんのニトロの甘い香り、震える息が漏れ翻弄する。
「やっ……勝くん、もう終わりッ」
「は?ふざけんなや。まだ触ってねェだろ」
「無理だって…ふッ……、」
「嫌じゃねぇーンだな」
彼の中で『無理≠嫌』の方程式ができているようで制止の声は聞き流されてしまった。それどころか行為はエスカレートし手が服の中へ侵入してくる。
時折、キスで様子を見ながら私の許容範囲がどこまでかを推し量っている。私としては大人なキスの時点で勘弁してほしかったんだけどな。
胸に到着しそうな手は、ナイトブラを触る前に間が空いてから遠慮がち触れられた。下から持ち上げてみたり、指を動かして揉んでみたり……変な感じだ。
「……脱がしていいか」
「嫌だって言っても脱がす気でしょ…」
「よく解ってンじゃねーか」
「…寒いから、嫌なの…」
12月の冷たい空気が部屋に充満している。暖房は空気が乾燥するからあまり使わないのが幸いしてか、私の願いは聞き入れられ彼は脱がすことなくナイトブラのホックを外した。
なくなった締め付けが不安を煽る。彼の肩を掴んで与えられる刺激に耐えるしかない。
「んっ……ゃッ」
「……クソ、かよ……ッ」
「な、によソレ」
人の胸を触っておいてクソと言うのは失礼じゃないのだろうか。唇を私の鎖骨に押し当てた状態だから小さな呟きも聞こえる。
胸を掌全体で包み込んで彼にしては繊細に触れている。待って、息が苦しい。鎖骨に走る小さな痛みと彼の手によって私の呼吸は異常になってしまったようだ。
「な"ッ?」
「シオンこっち向け、顔隠すな。キスできねぇだろ」
「も…終わり…ッ、」
「あと少し」
胸の中心を引っ掻かれ身体が大きく跳ねる。おまけに服をたくし上げてガン見してるじゃないか。羞恥と後悔で勝くんを見れない。
顔を背けても勝くんによって正面を向かされるし、腕で顔を隠してもそれを退かされる。乱れた呼吸が涙を助長して彼に舐められてもなくならない。
「もう少しだけだから」
これで解ったのは、彼の"あと少し"は信用できないということ。
全ての行為がゆっくりで静か。一つ一つを堪能するように、脳裏に焼き付けるように見ている彼に遅かれ早かれ…近いうちに食べられてしまうんだろう。
キスが媚薬みたいだ。小さな喘ぎ声が漏れた。
彼の手は麻薬。身体が痺れてきた。
体温は覚醒剤。溺れたら忘れられない。
「勝くん…、好き」
「俺も」
冷静な思考なんて残っていなかった。
【爛熟】
果実が崩れそうなまでに熟しきっていること。
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