12月初旬、教員寮。
今日はエリちゃんとシュシュを作る日だ。長い髪の毛を結ぶそれを作って、波動先輩にもお礼としてプレゼントしたいんだって。
というわけで、平和な週末を過ごす。
ハズだった。
「明日?校外に出ての捜査協力はないんじゃ…」
「校外は校外だが引率もいるところだ」
「?」
「仮免補講行ってこい」
はい、来ました。これは面倒なパターン。
毛糸をつまらなそうに、でも器用に指編みしてマフラーっぽい何かを作っている相澤先生は面倒なことなんて何も無いかのように言う。
公安から依頼された捜査協力については秘密裏に行っているが、"私"が動くことはないはずだった。それをわざわざ呼び出す…しかも仮免に紛れ込ませる辺り一筋縄じゃいかなそう。
「仮免補講かぁ」
「上手くいけば明日が最終日だ。アイツら頼んだぞ」
「…先生的には問題児のお守り任せたいだけじゃないですか」
平和な週末はまやかし。
*
*
翌日。
「さっむぃ…」
「初雪だってな。左来いよ、暖めてやる」
「ありがと。でも試験前に備えて体力は少しでも温存しておいてほしいし…外じゃないからそんなに寒くないわよ」
「そうか…」
「万が一にでも二人が落ちたらお守りの意味がないし」
「っは!俺様が試験なんぞに落ちっかよ!」
一度落ちたじゃないの…と思いながらもそれを言わないのは優しさだと思う。
移動中の車の中には右側に勝くん、左側には轟くん。助手席には引率のオールマイトが乗っている。
特に勝くんは試験の前に機嫌悪くさせて前みたいな失敗を誘発させないように手綱を引いておかなければ。
ということでやって参りました、市の運動施設。コスチューム姿でフロアに佇む彼らは今から仮免補講の最終テストを行う。
「呼び出した理由は?」
「あなたとお話をしてくるように言われただけですよ」
眼下ではヒーロー候補生とギャングオルカ率いる敵役が崩壊した市街地で戦っている。
公安の人たちがいる採点スペースに何故私がいるのかというと…恐らく報告しろってことだろう。”お話”と柔らかく表現してみてもなぁ…
「ふぅん……あ、最近マ○オメーカーっていうのしてるんですけどね。目良さんご存じですか?」
「名前くらいは知っていますが、そんなことをしている暇があるのなら私は寝たいですね」
「まぁまぁ…、ゲームの中も一応は視えるんですけどやっぱり難しくて。意地悪なステージも多いですし…ギミック知らないと詰みでクリアできないですし」
"反乱因子は複数"
"個性掌握不可"
「足場をPOWでコインにして落ちてしまっても勝機があるステージもあるんですよねぇ。今回の仮免テストみたいに」
「取り零しも救えるとでも言いたいんですか?」
「そう捉えていただいても大丈夫ですよ。そして今日は集大成のようだってお偉いさん方にもそうお伝えください」
"対勢力、人質…"
"コントロールポイント、最終段階"
聞く人が聞けば解る軍事の隠語を使った簡単な言葉遊び。”私”が現在置かれている状況は芳しくない。
悪夢をずっと視ているんだ。防衛本能から全てを視ることはできない…視てしまえばきっと私は私じゃなくなってしまうから。
「これは公安からあなたにプレゼントです」
「げ、何ですか…これ以上の捜査協力は受諾できませんよ」
「通信用のアイテムです。あなたのコスチュームのボタンに合わせたもので申請済みです」
目良さんが小さな箱から取り出したのは、私のコスチュームのボタンと似たようなサポートアイテムだった。
ご丁寧に説明書も同封されていて小さいながら高性能の通信機器。ボタンの裏5回クリックでエマージェンシーコール。表を1秒押したら録音、通信開始。独自の衛星経由でGPS機能もある。
公安上層部に直接繋がっているから”何か”起これば最優先で動いてくれる…という認識で良いんだろうか。
私が公安の依頼を受けたのが11月の半ば…製作から申請通過まで期間が開いてないことを考えれば予め作っていたはずだ。
「…これを使う機会が無い事を祈りますね」
「ええ、私たちもそう考えていますよ。いくらあなた方が優秀でもまだ学生ですし、大人の面子も保ちたいですから」
第一ボタンを付け替えて具合を調節する。見た目では普通のボタンにしか見えず、周りもきっとここを変えただなんて気づかない。
目良さんにお礼を伝えるけど聞いちゃいない。彼の目線は採点タブレットとヒーロー候補生に行っているから。彼は実は後任育成にとても力を入れているんだと思う。
聞こえてくる爆破に黙るのは高揚感。氷と炎の寒暖差に震えるのは安心感。吹き荒れる風に瞬くのは期待感。
「吉と出るか、凶と出るか」
はたまた、鬼が出るか蛇が出るか。
【耳目】
耳と目。自分の見聞したことを知らせ補佐すること。
coin:対反乱作戦
POW:捕虜 (prisoner of war)
stage:段階
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