動場γ、第五試合。
寒い、痛い、冷たい……濡れてる?
意識が浮上したけど頭痛が酷くて状況の把握ができない。
「あー…?、ぶっとばされて…タンクの水被って…痛ッ…何分経った……?」
ゆっくりとした動作で身体を起こして自身が置かれている状況を思い出す。どうやら痛みで気を失っただけではないようだ。
左腕のサポートアイテムを使おうとするけど腕に力が入らない…肩外れてる……、私の身体はかなりボロボロだ。おまけにタンクの水のせいで濡れ鼠、グローブには水が入って気持ち悪い。
頭からは出血しており呼吸の度に脇腹が痛むからどこかしら折れているかヒビが入っているはず…衝撃耐久のあるサポートアイテムも正常に動いておらずかなりのダメージであることが伺える。
「あ"ー、あっちでドンパチ、こっちでドンパチ…五月蝿いんだよ」
頭の中で喧嘩してるみたいに情報が混濁していて個性使おうとすれば頭が割れそうに痛くなった。唸りながら右手で額を押さえ、今は邪魔なアイマスクを剥ぎ取る。
血と冷水で濡れた髪の毛を掻き上げると視界が開けて、その現状を眼に映す。
「ふざけンな……、黙れって…クソが」
痛みで口が悪くなるのは許してほしい。怒気を強くすることでしか痛みが逃せず、口悪いとかどっかの誰かさんと一緒じゃん……これは悪い影響だ。
さっきかっこいいところ見せようと思ったのに…こんなんじゃ惚れ直させるなんて無理だろう。
覚束ない足つきで落ちていた帽子のツバを噛み左肩を壁に固定して外れた肩を入れる。
「ヴゥ〜〜、あ"あ"ッ…ぃ、った…、」
鈍い痛みを伴いながらも骨折は免れているようで腕は動いた。ゆっくりと身体を動かして濡れて重くなったコスチュームを脱ぐ。冬の寒さよりも今は動きが鈍くなる方が悪手だ。
早く行かなきゃ…幸いにも気を失っているときに捕まっていないからいずの近くに物間くんや心操くんがいるはず。他のチームメイトもどこかで鍔迫り合いしているんだろう。
工業地帯の屋根を伝いながらいずたちを探が、こうもわかりやすいと助かる。あーあ、あなたも派手にやってくれちゃって…一際損壊の激しい場所にいたのはいずと麗日さん。左の方では金属音が複数…残りはそっちか。
「デクくん!…何ともない?」
「…ハッ、麗日さん…傷がっ!ああ何てことを」
「え?まだ終わってないんだけど!!」
「それはこっちの台詞よ!」
「ちッ」
個性が使えない場合の立ち回りは久しく訓練していない。痛めている左腕で奇襲を仕掛けてきた物間くんを受け止めてしまった。攻撃の受け流しが下手くそだ…お母さんにバレたら強制強化訓練必至だよ。
物間くんは3対1のこの場を嫌い距離をとる。その瞬間に目配せをしたのは心操くんだ。何か作戦があるの?それとも私たちの誰かが心操くんに行くことを案じての行動?ダメだ、個性が使えなければ正確な情報が視えない。
憶測で判断することも時には必要だが、今は目の前の彼を捕まえることが大事。せっかく姿を表しているんだ。個性が使えず策敵ができない最悪な場合を考えれば、彼は今ここで大人しくしてもらわないと。
「物間大丈夫?さっきの何?」
「ナァァイス!ポルターガイスト!!」
「そこ3人無事!?」
「これはまた、随分と賑やかになったじゃない…」
「皆集まった!乱戦だ!!」
この場に10人全員が集まった。広い工業地帯なのにここの人口密度はどうなっているんだ。イレギュラーなことが起こればまずは情報整理後に布陣を整える。
その布陣形成場が重なり、両チームがはここから改めて仕掛けていく。
「…まぁ君の個性でもいい…君の”力”貰ったよ!!これで僕たちが、ァッ…ッ!??」
私の個性をコピーした?4つもコピーできるのか…物間くんが本来攻撃しようとしたのはいずだ。恐らく柳さん、小大さん、圧田くんの個性をコピーしといて、あと1つはいずのをコピーするために取っていた…ってことでいいのかしら…?
「何だ…これ、僕の手…毛細血管?ッ……ハハ、赤血球や好中球…個性因子、まで……クァッ、頭が…割れる…ッ!」
「何…言って、?」
「コピー失敗しとる!?」
私の個性をコピーした彼は私のキャパオーバーの時のような反応をしている。情報がどんどん流れ込んできて、脳みそをかき混ぜられるような状態だ。
彼の精神状況もイカれてしまってはマズいけど、それよりも……秘密を視られる方がマズい!
「ごめん!…恨まないでねっ!」
「グハッ」
顎に底掌突きを入れる。そんなに強くないけど気をダウンさせるには十分だ。大人しくなった彼を捕獲用のロープでぐるぐる巻きにして顔を上げれば驚いた表情の二人。
「環心さんその怪我!止血しなきゃ!」
「傷は浅いから大丈夫。麗日さん、"頼んだ"」
「!!…わかった!」
「シオンちゃん…その「反省会は後!勝ってから!」ッうん…」
私がここに姿を現したのは、いずの精神衛生上よくなかった…動揺しているのを叱咤して、目の前の相手…心操くんと向き合わせる。
あえてそれ以上は話さない。
いずについているのは私だけじゃないから。
物間くんと、心操くんを任せて私は人数差が不利な中戦っていた二人のところへ。左腕は負傷して満足に使えないから、右腕だけでの移動……スピードが落ちるしバランスをとるのも難しい。けど、向かうんだ。
あ、無鉄砲に来ちゃった…個性使えないし…、大丈夫、大丈夫だ。片腕だろうが拳は届く。
「……加勢に来たよ」
「環心遅い!!ってかボロボロじゃん?!!」
「目の前集中!」
「あガッ!」
ポルターガイストで襲ってくるネジやパイプは有限と言えど、敵ながら見事なチームワークで動きを封じられる。
ただ…コンボ技がそっちだけのものだとは思わないでよ。
「余裕か!もーこうだッ!アシッドレイバック!」
「7時半…GO!!」
「グレープピンキーコラボ!跳峰田!!」
庇うために芦戸さんの懐に入り込んだ峰田くんは相変わらず邪心の塊だった。その彼を芦戸さんはひっ掴まえて酸で摩擦を減らし、回転しながらぶん投げる。
即席コンボ技は複雑な地形と個性を生かし、峰田くんはピンボールと化す。その動きは相手を翻弄するけど…軌道を読まれてしまうのも…ッ
「グレープジュースを捕らえたッ、」
「柳さんスキあr…い"っっ!?!」
接近戦に持ち込めれば私に分がある。コンボ技によって作られた隙は相手を戦闘不能にするには十分すぎるくらいのものだった。
ネジが飛んでこようが、負傷していようが、個性が使えまいが…そんなのを言い訳に戦いたくない。
柳さんの背後から手刀を軽く一発。
と同時に左腕を強く殴られた感覚。
「い"い"っぃ!?」
「小大さん!柳さん!!…ッぐあっ」
「これで…私たちの勝ちだよっ!!」
『第5セット!なんだか危険な場面もあったけど4ー0で、A組の勝利よ!!』
試合終了を告げるアナウンス。
投獄して、短くも長く…濃い時間が終了した。
結果として勝ったけど、辛勝も辛勝…トラブルがあったとしても対処できるようになっておかなきゃ…骨抜くんみたいな柔軟な対応できるようにならなきゃなぁ。
「あ…力、入んない」
「え?ちょっ?!シオンちゃん?」
ああ、ダメだ。気が抜けたら痛みが一気に来た。受け身をとることなく、鉛筆がカランと転がるように倒れこむ。
「環心!!?怪我やっぱヤバイじゃん!」
「う、う、う、腕と出血!!担架ー!!」
アドレナリンが切れ始めて、物間くんの最後の悪あがきの一撃で骨折した左腕が痛くて汗が止まらない…寒いのに……必死にシャットアウトしていたものも勝手に視ちゃう。
「触らないで…視たくないのに…、頭いった…ッ、ッは…ぁっぅ」
強い想い。
勝ちたい。救けたい。
生きたい。自由になりたい。
マーチはまだ途中。
【余波】
風がおさまった後も、なお立っている波。ある事の影響が他に及んだ、そのなごり。
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