実情というもの

死穢八歳會、ミリオ到着10分後。

「ハーツ!!起きて!!」

「連合の奴らに薬を盛られてるんだ。無傷で連れてこいとは行ったが…まぁいい。”しんり”は俺のものだッ!」


身体が重くて動かない。いや、力が入らなくなっているんだ。トガヒミコによって打ち込まれた薬は筋肉弛緩剤。

ミリオ先輩の声が聞こえる。それに加えて激しい戦闘の音。ここはもしかして、


「お前を倒す!!!!」

「俺に!触るな!!病人がっ!!」


頭に当たった何かの破片。それによってだんだんと覚醒していく意識。身体を動かす度に吐き気がする…けど、このくらいだったら…ッ、動ける!


「せん、っぱい!ハチのイチ!!」

「おっけー!フンッ!!」

「っぐ、」


8時の方向からの攻撃に対して有効打は1時。以前メインヒーローとの共闘の際、どうやったら互いの個性を活かせるかと話したことがあった。

私の個性は間接的な方法でしか伝達ができない。アイテムを使う?そんな時間を敵が与えてくれるはずもない。だからもう、口頭でいいじゃん?という風に簡単に決めたんだけど、まさかここで使えるとは。


「付け焼き刃コンボにしては…上出来なんじゃないかな?」

「ですね…身体麻痺して呂律怪しいですけど………先輩、個性…ッ」

「大丈夫。俺は強い。エリちゃん護って、治崎を倒すぞ!」

「…ハイッ!!」


アヘッドモードの戦闘は、時に視たくないものまで視えてしまう。


例えば、エリちゃんの悲しい葛藤だとか。


先輩が透過の”個性”を失ったとか。


私がもう少し早く来ていれば、連合の薬に気づいて回避できていれば。毎回そんな”もしも”を考えてしまう。

隠しナイフを構えながらエリちゃんの前に立つ。そんなに悲しい顔をしないで。あなたは幸せになって良いんだよ。救けを求めて良いんだよ。


「エリちゃん、大丈夫。女の子は…頑張ってる姿が、一番可愛いくて…笑ってるヒーロは強いんだよ」


悲しい顔は似合わないよ。波動先輩が以前私に言ってくれた「女の子は頑張っている姿が一番かわいい」

そして、笑ってるヒーローは強い。笑う理由は色々あるかもしれない。それが虚勢だとしても、あなたの救いになりたい気持ちは嘘じゃないんだよ。

今は辛いかもしれないけど、もう少しだけ頑張って。

そして、私たちを信じて。


「ヨンロックの、サンッ」

「目障りだなお前も!!」

「い”!?」


懐に入ってナイフをマスクに突き立てると、髪の毛を治崎に引っ張られた。そして治崎からは、分解されるビジョンが視える…こいつ髪の毛から伝って私を分解させる気だッ。


ザク


「ハーツ!大丈夫かっ?!」

「髪の毛切り落としたんで大丈夫ですッ」


右側の部分。分解される前に咄嗟に切り落としたが…そうすれば治崎の個性が作用することはない。歪な形になった髪の毛は、分解された跡が残っている所もある。

女は髪の毛が命だなんてよく言う。確かに自分の長い黒髪は好きだ。でも、私の命は髪の毛じゃない。

抉れたと思ったら鋭利になって向かってくる地面。逃げ場を封じられた狭いリングで私たちは攻防を続ける。


[”しんり”があれば薬の開発が進むッ]
[お前の個性を奪う]
[現代病は俺が治してやる!!]


治崎が何故私を狙うのか疑問だった。そうね、”しんり”の個性があれば薬の開発なんて簡単にできる。現代病の薬を沢山作ることができるもんね?


「全て汚らわしい現代病だ。お前のような奴を治してやるのさ、壊理の力で」

「そう言うあんたが、現代病よ…ッ!!」

「治崎ィ!!」

「その名は捨てたと言ったハズだッ!!!」


先輩と治崎。二人の怒りで満ちた空間は湾曲し絡まり合った。エリちゃんを庇うために前に出た先輩の腹部や脚部には鋭利なコンクリートが突き刺さる。

湾曲した怒りを焼き切るように視えたのは、人一倍救けるために憤怒していたいず。その拳は治崎の顔面をとらえて吹っ飛ばした。


「ナイトアイ確保を!!」


ああ、やっと。やっとだ。

ミリオ先輩が一人で治崎や幹部の連中を打ちのめして…私が加勢に入って数分。時間にすれば5分にも満たないのかもしれない。

無個性状態で戦った先輩と、薬を盛られた私。満身創痍ながらエリちゃんを守り抜いた。プロヒーローたちの加勢に怯むことなく抵抗を続ける治崎は、個性が使えないと醜く地面を叩く。


「ルミリオンがここまで追い詰めた!このままたたみかけろ!!」

「全て無駄だ!!」

「くそッ」

「ハーツ!視るのを止めるな!」


一度息をつけば倍増する倦怠感。酸素をうまく取り込めず震える手足のせいで四つん這いになってしまう。

八歳會幹部の玄野によって刺されたイレイザーは時間を遅くされ動きが鈍くなり抹消の個性も本来の力を発揮できない状態にされた。

先輩から受けたダメージやいずの攻撃で何もかもが上手くいかなくなった治崎は怒りに任せ奇行に走る。

自身と部下を分解して融合させた奴は…ヤクザでも、敵でも、人間でもなくなってしまった。ただの超常明瞭期が生んだバケモノ。

取り込んだ音本に死を命じた…最高にクレイジーだ。


「サー…ッ、動けます!!」

「ハーツ…、私を視ろ!!、デクここは私たちが相手をする!ルミリオンとエリちゃんを!」


サーから視えるコマ送りの世界はコンマ先の未来だけだったが、それだけでも私たちには大きな武器だ。

いずが先輩たちの所に行ったのを確認してサーと二人で治崎と戦う。ああ、やっぱり先輩とサーの動きは似ている。

最初は育成枠で拾ったのかもしれないが、今や手放すことのできない大事な弟子なんでしょう…サー?

先を見て攻撃を避けカウンターを仕掛ける。極端な接近戦はできないがテグスで動きを制限したりナイフを投げて使ったりしてダメージを与える。

しかし、ケガをする度に自らを分解して修復する治崎にはいずれも有効打とはならない。そして地面が盛り上がり形成されたソレがジャケットと頬を掠める。


「サーッ!!」

「……、私は…ッ」


地面から伸びる円錐がサーの背中から腹部に突き刺さり、左腕も飛ばされた。痛みと焦りが勝手に伝わって周囲に漂う血の臭いが呼吸を浅くする。

ヒーローとして出してはいけない声が出た。サーが死に晒されることで感じる絶望が悲鳴のように名前を紡ぐ。

治崎はエリちゃんに呪いの言葉を投げ掛ける。

ダメだ…来ちゃダメだ。何でエリちゃんが傷つかなくちゃいけないの…、泣きたくなるほど辛いのに…ッどうして!

個性で見えた未来。

治崎によってサーといずが殺されてエリちゃんも…それ以上の未来が見えない。加勢に入ったヒーローたちも重体の傷を追う。また多くの住民が被害を受けていた。

途切れたフィルムは血に染まる。

何、胸くそ悪いもの視ろって言ってんですか。ユーモラスのない世界に平和なんて来ない?あなたが予知で見たこの血みどろの戦場はジョークですか?


誰も死なせない。


「こんな未来は間違ってる!」

「未来を…ッ!ねじ曲げるっ!」


一本道の未来なんてありはしない。

捻じ曲げようじゃないか。

見えない未来を描くために。




【実情】
実際の事情。実際の状態。真実のこもった心。真情。



2020/1/10:加筆・修正
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