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あなたのこころ


成長しました!リン17歳レン16歳…くらい。



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ないていた、だきしめた。
あのときのうでのなかの君を、私は今でも覚えてる。


ちいさな君が向けてくれた純粋な信頼は、自分にとっては初めてのことで。
体が弱いからだと、女だからと、子どもだからと、…異人だから、と。
いろいろなものから遠ざけられて、何もしなくていいといわれ。


私はただいればいい、と。…もしかしたら、いてもいなくても、同じなのか、と。そう思っていた時に。


私の世界に飛び込んできた君の存在は、とってもとってもあたたかくて、
なきたくなるほど、うれしかった。

だからちかったの。ずっとずぅっと、君を大切にしよう、と。



ずっと、ずぅっと…。それは、私が君の傍にいることを許されるまでの“限られた”ずっとだとは分かっていたけれど。
それでも、できる限り、君の傍に…。














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―――――ある時代。極東の地に、吹くは御洒落な西の風。
       吹けば開くは文明の華。日々変わりゆく景色たち――――――


そんな時代のとある女学院。立派な淑女たるために、励む乙女が集う場所…。
華族、官僚、元士族。はてはやんごとなき血を継ぐお姫様。
そのようないわゆる“お嬢様”達が集うこの女学院。皆が皆可憐な蕾のように、開くを待つそんな場所。


その中でも、ひときわ目を引くひとりの乙女。
眉目秀麗、品行方正、優美なしぐさ。どれをとっても輝くばかり。
そして驚くべきことに、黒い頭がそろう中、明らかに異色な金の色。
そんな目立つ容姿にさらに加えて、お家は知る人ぞ知る“鏡音家”。
…お嬢様たちの好奇な瞳と憧れの視線を一身に集める、その乙女。


さて今の時間は、すでに最後の授業を終えた放課後である。
勉学芸事に励んだ少女たちは、我先にと校門の待たせてある車のもとへ急いだり、もしくはお友達と最近の噂話に花を咲かせたりと何ともにぎやかな空気。
そんな中、車へと急ぐでもなく、しかし誰かと話すでもなく、窓の傍で佇む女学生がひとり。


彼女こそが、先ほど述べたひときわ目を引く乙女―――鏡音凛である。

そんな目を引く少女をほおっておくはずがないのが少女たちで…。今も、何人かの少女がちょいと頬を染めながらと凛のもとへ近寄る。


「凛様!私たちこれから甘味所へ行くんですの。そのっ凛様もどうですかっ?」
「とぉってもおいしいって評判のところなのですって!!」
「凛様のお好きな蜜柑の甘味をあるそうですわ。ぜっ是非一緒に行きませんこと!」


凛はにぎやかな少女たちの声にふりむき、そしてその元気の良さに目をぱちくりとまたたかせた。
先ほどの言葉を頭の中で反芻し、そしてにっこりと微笑んだ。


「とっても素敵なお誘い、どうもありがとう。甘味所なんて素敵なところ、もうずっといってないかもしれないわ。でもね、」

「えっじゃっじゃあ…っ??!!」
「ご一緒…してくださるんですか?!!」


凛の返答を最後まで聞かず色めき立つ少女たち。そして、そんな彼女たちに反比例して、申し訳そうな顔をし始める凛。


「いえ…、でもね?ちょっと用事があって、寄り道はできないの…。ごめんなさい。」

「そっそうですか…用事があるなら、仕方ないですわね…。」
「凛様…用事ってもしかして…」
「そのっ…逢引とかですかっ?!!」


しゅん、とした表情で謝る凛を前に、突如悲鳴にも似た声を上げる少女たち。
お嬢様といえど女の子。あまり男性に関わる機会がないとはいえ、やはり気になる恋話。


「凛様ですもの!きっと、とてもご立派な方と…。」
「とってもご優秀で…、そしてこんなにお美しいですし!!」
「もしかして、皇室の方とか…」
「まぁああ!!とっても有りえますわ!!すてき!!」


きゃあきゃあと盛り上がる少女たち。
そんな彼女たちを前に、凛は困ったような表情で苦笑し、口を開いた。


「いいえ、違いますよ。運転手さんが体を壊してしまって…廉さんと歩いて帰ろうと。それだけですよ。」


ごめんなさいねともう一度謝る凛に、一瞬少女たちは黙り込み、そして再び先ほどのにぎやかさを取り戻した。


「えっれれれ廉様ですか?!!」
「う…羨まし…いえいえ何もないですわ!!!」
「凛様と同じくとてもお美しい方ですわよね…。」
「きっとお二人とも引く手あまたなのでしょうね!」


そんなふうににぎやかな少女たちに、さて、どうでしょう?とにこっと凛は微笑み返した。
そして、すっと壁にかかっている時計に目を向ける。
その視線に促されたように少女たちも目を向け…想像以上に時間が経過している時計の針をみつめた。


「皆さん、お時間は宜しいのですか?甘味屋さん、混んでしまいますよ?」

「あらっ!」
「まぁあ!!!そのっごきげんよう、凛様!!」」

「ええ、ごきげんよう。また、誘ってくださいね。」


遠慮がちに、でもふんわりとした笑顔を凛から向けられ、かぁああと少女たちは顔を赤く染め上げる。
そして、もちろんですわ!と少女たちから叫ぶように言われ、凛は嬉しそうにほほ笑んだ。


楽しげに車に向かって歩いていく少女たちを見送りながら、少しさみしそうに何かつぶやいていた言の葉は、誰にも拾われることなく落ちていった。




それからすこうし時間がたった後、もはやだれの気配もない女学院。
そこに、コツコツコツ、とゆっくりと、だが規則的に響く靴の音。
後ろの白リボンを揺らしながら、少女…凛は一人で豪華な女学院の門をくぐっていた。


そういえば朝、弟…廉がなにやら「迎えに来る」と言っていた気がするが、忘れてしまったことにして歩き続ける。
なんだか、今日は歩きたい気分なのだ。
理由は、…わかってはいるけれど。


「お嫁に行く、ですか…。」


そんなこと、考えたことなかった。…否、考えないように、していた。

あの少女たちはいろいろと褒めてくれてはいたが、そんなことはないのだろう。
なぜって、自分は。


「異人…だもの、ね。」


そう、異人。…この国において、未だこの見た目は奇異。
どんなに西の風が吹こうと、どんなに文明開化が叫ばれようと、…己と異なるものは、怖いものだ。
母様は大好きだし、この世に生み出してくれたことはとても感謝している。それでも、このいろだけはどうしようもない。
格式やら、伝統やら、血統やら…そのようなものを重んじるこの国において、自分なんかをそう易々と受け入れてくれる家はさていくつあるか。


「だから、結婚なんて…出来るかどうか…」


ぽつり、と呟く。声に出すとどんな小さな音量でも一層にそうだと感じてしまうから不思議である。


できるとしたら、鏡音家の家名を切実に欲している家か、はたまた財力を兎にも角にも欲している家か…。
お嬢様はそんな結婚ばかりである。だがしかし自分の場合はちょっとハードルが高すぎる。
はたして、そんな家が見つかるかどうか…。さっぱり、見当もつかない。


そしてふと、自分とよく似た容姿を思い出す。


「廉さんは…どうなのでしょう…」

たしかに、あのこも異人の血をもってはいる。
だがしかし、あのこは鏡音を継ぐ存在。いずれ、ちゃんとした地位を持つことができる。
それならば、自分のように相手先なんぞに困ることもなく、言葉通りの「引く手あまた」であるだろう。


凛の頭の中に、廉に対しての羨ましさだとか妬ましさだとかは欠片も存在していない。
もし凛の父が再婚していなければ、廉の立場にいるのがまさに凛のはずで、困ることもなかったはずなのだが。


…彼女にとって廉は、「守るべき存在」であり、大切な存在。
だから、廉には自分が歩むであろう困った境遇に陥ってほしくはなかった。


何か気持ちがあるとすれば、至らぬ姉であることの申し訳なさと、重責を押し付けてしまうことへの罪悪感。
そして、最後に残るは小さな疼き。


…例えば、もし自分に嫁ぎ先が見つかったとして。そのとき、自分は。

「お嫁に行ったら、もう、あえないのですよね…。」


お嫁に行った女性は、その嫁ぎ先の人になることを求められるのがこの世の中。
実家に帰れる機会など、ほとんどないはずだ。
あったとしても、身内に不幸が起こったときか、はたまた離縁されたときか。
どれにしたって、なかなか起こり難いことではある。…そう頻繁にあっても困る代物なのだが。


だからこそ、お嫁に行ったら、自分はもうあのこの隣にはいられなくなる。
それを淋しいと思うのは、きっと、ずっと一緒にいたから。


あのこの隣に誰かが寄り添うことが、その未来を想像することがこんなにも苦しいと感じるのは、
…それは、かわいい“弟”がいなくなってしまう気がするから。ただ、それだけ。


きっと、それだけで。それ以外に理由なんて…


「あるはず…ない、の」
「なにが?」
「っぴぁああ?!!」


突然の声に体は強張り、そのまま凛は足をもつらせてしまう。
と、ぽすん、と可愛らしい衝突音とともに、凛の視界は真っ黒いもので覆われた。


「姉さん、待っててって言ったでしょうに。なんでここにいるの?」


おそらく前から歩いてきたのだろう、凛の体を優しく抱きとめた人物―詰襟学帽金ボタンといった典型的な学生姿に身を包んだ青年―は、苦笑しつつ尋ねてきた。
この青年こそが、先ほどまでの凛の頭の中の大部分を占めていた弟…廉である。


しかし、凛はそんなことを全く出さずぷいっと顔をそらし、口を開いた。


「だって、廉さんの学校より私の学校のほうが遠いですもの。私が行ったほうが、帰り道に寄れて無駄がないじゃないですか。」

でしょう?と首をかしげて廉の顔を覗き込む。


――昔は凛より背が小さかったのに、ここ数年であっという間に伸び、今では凛が見上げなければ廉と目が合わないくらいには差がついてしまった。
容姿も、綺麗とはいえ青年の顔になっていて、どこまでも“女”に成長している自分とは全く違う。


・・・・・もう、あのとき泣いていたきみは、どこにもいない?・・・・・


「姉さん?聞いてる?」

ハッと意識を慌てて戻す。そこには、心配そうな表情をした廉の顔。

「あっえと、ごめんなさい…。ぼーっと、してたみたい…です。」


自分で問いかけたのに…と、凛は違うことを考えていた自分を怒りたくなった。
また黙り込む凛に、ちょっと困った顔をする廉。
そして、何を考えたのか、廉はくしゃっと破顔し、口を開いた。


「ほんっと、姉さんってば。結婚前のお嬢様がお供も連れず一人歩きなんて、だめですよ、お姉様?」

最後のほうはやたら芝居がかった様子になり、そのままそっと凛の荷物をとる。
そのセリフに、先ほど考えていたことがばれてしまったような気持になり凛はなんだか焦ってしまう。
その動揺を隠すように、つんっと口をとがらせ、ちょっと怒ったような表情をつくった。


「まぁ、随分と畏まったご様子ですこと。私が結婚できるかなんて分かりもしないのに…嫌味ですか?」

そう言って、ちらり、と廉のほうを見ると…これまた、随分と驚いたような顔をしていて、凛は目をぱちくりと瞬かせた。


「?廉さん…?」
「っな、んで、そんなこと…。嫌味なんて、そんなわけ…。」


いつも以上に焦っているような、怒っているような、珍しい廉を見て、凛はなんだか得した気分になる。
そして、自分もいつも以上に思ってることをすらすらと口から出してしまう。


「だって、そうじゃないですか。私はそんなに体強くないし、この、見た目だし…。まぁ、異人、ですしね。」

貰い手なんて、あるわけなでしょう?と冗談めかしていってみると、ふっと気を抜いたようにほほ笑む廉。
笑ってくれたことが嬉しくなり、凛もにっこりとほほ笑み返す。


「ね、廉さん。もし貰い手がいなくってずっとお家に私がいたとしても、邪険に扱わないでくださいね?」

いたずらっぽくほほ笑んでみると、廉はじっとこちらを見た後にふいっと視線をそらされる。
ちょっと機嫌を損ねた様な廉を見て、はて、凛は内心首を傾げた。


「いいよ、それで。ずっと家にいてよ。」
「?廉さん?何か言いましたか?その…聞こえなかったのですが…」

廉の小さなつぶやきが耳に届かず、凛は今度は実際に首をかしげる。
すると、廉は再びこちらに向き直り、にっと笑む。


「姉さんは危なっかしいから、やっぱり一人歩きは危ないねって言ったんだよ。」
「まぁっそんなことないですよ!」
「そう?さっきだってぼーっとしてたみたいだし…。ね、次はちゃんと待っててね?」
「ぅぅぅ…。だっ大丈夫です!それに、私は廉さんのお姉さんですもの。弟に迷惑をかけるなんて嫌です。次もちゃんと私が行きますからねっ!」


勢いよく言い切り、びしっと指をつきつける。
と、しばらくたっても何も反応を返さない廉に不思議に思い、そろりと顔を覗き込もうとする。
すると、


「…違うよ」
「あれ、廉さ…ひぁっ?!」


何か暖かいものが自分の手に触れた…と思った瞬間、ぐいっと手を引かれ、凛は廉によって抱きしめられていた。

「?!!れれれ」
「違うんだよ」
「?な、にが…」
「ちがう、違うんだ。姉さんだから、とか、僕が弟だから、とかじゃなくて、」

  そうじゃ、なくて…


「姉さんが大切だから、だから、僕は姉さんを迎えに行きたいんだよ。」

  貴女が狂おしいほどに愛しいからだから、だから、私は貴女を守りたいのです…


「ふえっれ、廉、さ…」

吃驚、と目を開いて、廉の腕の中でかたまる凛。
そんな凛を見て、少しさびしそうに微笑んでから、廉はするりと抱きしめていた腕を解いた。

「ね、だから、ちゃんと待っててね?」
にこっと廉はいつものように笑い、さっさと道を歩き出す。

そんな廉の後姿をぽけっと見つめながら、凛は赤くなった頬を隠すように手を持ち上げた。


「…ずるい、ですよ。」

あんな、あんな。…おとこのひと、みたいなこえで。


―――あのときの、泣いていた、頼ってくれた、あのおとこのこは、もう、…―――


「わかって、いたの…」
自分の気持ちが、とっくの昔に変わっていたことだって、…ずっと、わかってた。
でも、わかってないふりをした。


だってだって、きみは御家の跡取りで、大事な男の子で。
私は、いつかはお嫁に行く、ただの女の子。


そして…


「姉さん?歩かないの?」
そして、きみは、私の…おとうと、で。
ずっときみをまもるなんて、そんなことできるはずがないと。


「ごめん…なさい、いきましょう。」




ぜんぶ、わかってた。


でも、それでも。今このときだけは、この場所…君の隣で、笑顔を見守ることだけは。







どうか、許して下さいませ。








「あら、お嬢様、廉様」
「ただいまかえりました」「ただいま」
「お帰りなさいませ。あ、お嬢様。奥様がお呼びでしたよ。」


そして。終わりを告げる、そのこえは


「そうですが、ありがとう。すぐいきますね。」


やはり、もうすぐ近くにいたのです











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凛さんのターン!!!とばかりに凛さんばかり。
長いですねー。つい…つい。


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