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紫苑





表着に描かれるは大輪の華。
その衣の主も、まるで華のように可憐な容姿、美しい髪。
そして最も印象的なのは、彼女の瞳のひかり。
つよく気高く美しく、何ものにも囚われない彼女のこころの様なその瞳。


あぁ、まただ。
何度も何度も、俺はあなたの瞳にとらわれる。






 紫苑






今日の月は、いつもと違うな。
そんな柄にもないことを思いつつ、藍鉄は立ち止まった。
自分には美しさやそれを上手に表す感覚がないと思っていたが…どうにも今日は感覚が狂っているらしい。
周りに人がいないことを確認し、そっと目を瞑る。
思い出してしまうのは、先ほどまで自分が傍にいた一人の少女。

「…姫の、せいだ」

無意識にこぼれ出た言葉に驚きつつも、あぁそうだと納得した。
そう、あの人のせいだ。


そんなことをつらつらと考えていると、突然体が強張った。
人の、気配。
無意識に反応し、太刀の差している場所にサッと手が動く。
しかし意識的に気配を探れば、それはよく知った人物であることに気づきそっと手をおろした。
すると、今の藍鉄の動揺を見透かしたように、手をおろした瞬間に響く声。


「おや藍鉄、久し振り」
「…久し振りじゃないでしょう、殿」


溜息をつきつつ振り向けば、予想した通りの人。
蘇芳の父でありこの場の主催者である海斗が、いつものにこにことした笑顔で立っていた。
立ち姿も、リラックスしたような無理のない姿。
だが、この人が見た目通りでないことを、藍鉄はいやというほど思い知っていた。


「蘇芳の傍にいると思ったけれど…ここにいたんだね」
「常に離れず傍にいるわけではありませんから」
「そうかな?私が見る限りではいつも一緒にいるけどね」
「…そうですか」
「そうだね」


にこにこにこ。彼の表情は、見た限りでは笑顔である。
だが、言葉の端々に何か棘のようなものを感じてしまうのは…自分の勘違いだろうか。
…勘違いと思いたい。


「どうしてこんなとこに居たんだい?」
「特に理由は…」
「あの子は可愛いからね。護ってくれる人がいなければ」
「…」


可愛い、という言葉に先ほどの蘇芳の正装姿を思い出してしまう。
そして大真面目に可愛いと断言する海斗に、ウッカリ同意しそうになり慌てて黙り込む。
そんなことしてしまえば、いつまでもからかわれるに違いないからだ。
しかし、簡単には見逃してくれないのがこの人である。
とぼけている様に見えて、全然違う。
なんと厄介な人か。


「でも、姫はお強いですよ」


そう、彼女はとても強いじゃないか。
黙り込んでしまったのを隠すように、あわてて言葉を押し出す。
そこで、気づく。月の明かりのせいで影になってしまってよくは見えないが…。
この人は、今までこんな表情をすることがあっただろうか。
なんて痛そうで、…自嘲気味な顔。普段の笑顔なんぞ連想できないほどの、昏い表情。
これは本当に、海斗その人なのだろうか?


「でも、あの子は女の子さ」
「…」
「いくら強くても、蘇芳でも。あの子は女の子なんだ…」



いつもの少年のような姿ばかりしてるくせに、どうしてあんな見事に着こなしてしまうのだろう。
そんなことを考えたのは、半ば現実逃避をしていたからかもしれない。
あまりにも、殿の言葉が印象的過ぎて。
まるで頭に突き刺さるかのように、その言葉が響いた気がした。
姫は、蘇芳は…女の子。


「こんな時くらいしか、正装もさせてやれない。あのこはそうなるように強いられている」


それは、なんとなくわかる。
様々な重責などを追っているのだろう彼女は、いつも忙しく動き回っている。
仕事に、正装の格好など邪魔でしかないだろう。

彼女は自分の仕事に対して、常に一生懸命だ。
だからこそ、少女らしさ、可愛らしさも。きっと彼女には邪魔でしかないのだろう。
…それを、今まで考えたことが無いといえば嘘になるけれど。
でも、いつも前を向いているから、気づかなかった。気づけなかった。
彼女にそんな気持ちを抱かせていることに対しての、不自然さ。
気にしたことが、あっただろうか。


もしかしたら。もしかしたら彼女も抱いているのだろうか。
自分が蘇芳であることの疑問や、煩わしさを。
彼女が?

分らなくなって、顔を俯かせる。
わからない、さっぱり自分にはわからない。
大抵のことなら考えればわかるのに。人だって、傍にいればそこそこは解かるものなのに。
彼女は、姫は、わからない。
どれだけ傍にいても、話しても。さっぱりわからない。

あの人は持っているのだろうか。
気持ちを、…弱さ、を。




「あぁこんなとこで話していてはいけないね」
「は…」
「蘇芳が寂しがってしまうから」
「何を、おっしゃいますか」
「あぁそうか、逆か。藍鉄、お前が寂しくなってしまうから、かな?」
「!!!!」


バッと顔を上げれば、いつも通りのにこにことした笑顔。
先ほどの、沈痛そうな表情はどこにも…雰囲気にさえ存在もしない。
ほんとうに、食えない人だ。


「いくのかい?」
「…護衛ですので。そろそろ姫も宴を離れてもよい時間でしょう?」
「まぁそうだねぇ」


一礼し、さっさと歩き出す。
もうこれ以上関わらない方が良いと本能が告げていた。
正直、今だって関わりたくなかったが。…しょうがない。
自分の不運を呪うしかないだろう。


「そういえば、蘇芳の傍へ近寄ろうとしていた不逞な輩がいた気がするな」
「なっ!!!!!」


背後で聞こえた声のせいで、歩みが早歩きになり、そうして小走りになる。
なんで今!突然それを知らせるのか。なんなんだあの人は!
っつうか、だったらもっと早く知らせるべきだろう!!!
ほんっとーに、食えない人だ…!




・・・・・・・・・・・・



「あら藍鉄、急いでどうしたの?」
「…ッ」


息も荒く蘇芳をかくすための几帳に辿り着くと、きょとんとした蘇芳が迎える。
荒くなった息を整えつつ周りをみやるが、蘇芳以外の気配はこの場にはない。
その事実に安心し、そこで海斗に良いように乗せられたのではと思い当り悔しくなる。

勿論、そんなことを知らない蘇芳はぱちくりと目を瞬かせ、藍鉄を見つめた。


「もうすぐ、戻る時間ですので」
「迎えに来てくれたの?そんな急いで来なくても、待ってるわよ」
「そうですか」


当たり障りのない言葉を藍鉄が言えば、あっさりと返される蘇芳の言葉。
その言葉にいちいち反応してしまいそうになる自分に気づき、藍鉄は舌打ちしたい気分になった。


「それに、何もないわよ。だって私よ?」


薄く微笑み、白い指でトンっと軽く自分の胸をつく。
それはいつも通りの蘇芳の行動であり、いつも通りの言葉。
今までと同じ、彼女の言葉。
それは、ほんとう?

…先ほどの会話が、どうしても頭から離れないんだ。


「…それでも、今のあなたは正装でしょう」
「ええ?」
「動きづらい恰好で、もし敵にでも攻められたら…どうなるかわからないでしょう?」
「そ、そうだけれど…」
「自覚してください。今のあなたは、か弱い姫君なのですよ」
「…」


つい口調が荒くなってしまう。
あぁ違う、こんなふうに言いたいんじゃなくて。
そうじゃなくて。

じっと見つめていた視線を蘇芳から外せば、蘇芳はそっと顔を俯かせた。
顔を俯かる一瞬の間。その時、見えたものは。
その顔に、その瞳には、今にもこぼれそうな…涙。
…うそ、だ。


「わ、わかってる、わよ…」
「!」
「こんな、似合わない格好なんて。するもんじゃない、わね…」
「そんなこと、は…」
「あぁ御免なさい。これ以上迷惑かける気はないの。さっさと帰りましょう」
「…はい」


みえた瞳は涙で濡れていて。
サバサバとした口調でも、声にはつよがる様な響きがあって。
あぁどうしてこんなことをいってしまったんだろう。
別に、姫が悪い訳ではないのに、…どうして。








分らない。





(ふわりとひらいてまたきえる)
(あぁまだまだつかめない)






・・・・・・・・・・・・


久し振りです
お父様はカイトさんでしたー。誕生日的にカイトさんですけど。
私が書く兄さんは食えないタイプ。ほのぼのとしてるけど鋭い人。
翻弄される青少年w

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