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卯の花


貴方がれば頑張れた。
どんな恐ろしい依頼でも、どんな哀しい依頼でも。
貴方が傍にいてくれると思えば、貴方が私を護ってくると思えば。
私は、やってこれたのだわ。


貴方が、いるから。


でも、この想いの名を私は知らない。知る必要はないの。
蘇芳という役に就かなければいけないのは、縛られているのは私だけだもの。
藍鉄の貴方は、私がいなくなれば役目は解かれるわ。


だから、だから…。
どうか今だけは。私の役目の終わりまでは、隣で私を護って頂戴。
どうか、今だけは…私の隣で笑っていてね。




卯の花



鏡音邸のとある一室。そこで、非常に悲痛なうめき声が低く響いていた。


「ううぅ…本当にこれ全て着なければならないの?」
「当たり前です。なんてったって正装ですからね」
「そうですよ、さ、もう逃がしませんから」
「我慢してくださいねー」
「ううう…無理だわ、絶対無理よ…」


三人の女房装束の女性に囲まれ迫られているのは、この鏡音邸の主の愛娘である少女…蘇芳である。
今日は主である蘇芳の父の誕生日。
それの祝として、管弦の宴が催されることになっていた。
となれば、その娘である蘇芳が着飾るのは当然のこと。
結果として、彼女は今現在煌びやかな着物の前に立たされ、着替えさせられているのであった。

普通、貴族の姫ともなれば、美しいものを纏うのを幸せと感じるものなのだが。


「うっなんでこんなに重いの?!裳も…長すぎるわ…」


如何せん、蘇芳は規格外の姫君なのであった。

実は、蘇芳は陰陽師。それも当代一と呼ばれるほどの実力をもつ者である。
そんな彼女であるから、選ぶものがどうにもこうにも姫らしくないのだ。
美しい着物よりも動きやすい着物を選び、
想いを伝える詩を学ぶよりも、陰陽術の術式を覚えてきた。
貴族の姫としてと言うよりは、年頃の少女らしさがどうにも欠けているようなのだ。


「ああ蘇芳様!本当にお似合いですわ!!」
「ええ、流石私たちの姫様!!お美しい…!」
「もぅ似合いすぎて!いつもこのような恰好をして下されば良いのに…」
「…」


優秀な女房たちによって着々と着替えさせられ、薄く化粧を施された蘇芳は、まさに深窓の姫君たる姿となっていた。
全てが終わり鏡を渡され、普段見ることのない正装の自分が目に入る。


「…誰よ、これ。皆、本当に凄いわ…」


もはや自分では無いとしか思えない。
いつもながら、あんな自分を此処まで化けさせる女房たちの腕に蘇芳は素直に感動していた。

蘇芳とて、綺麗な物を見ることは嫌いではない。
しかし、自分が着飾ることはどうにも違和感をぬぐえないのだ。


だって、自分は“蘇芳”だもの…。
そうじゃないと、あの人に守ってもらえない…。
それに、


「蘇芳様がお美しいからですよ?」
「そうそう!…まぁ、随分時間がたってしまいましたね」
「あら。ではそろそろお見えになるかしら?」
「えっ?」


そういえば、時刻を示す時の鐘を聴いてから、随分時間が経ってしまった気がする。
慌てて片づけをはじめる女房たちを手伝いながら、ふと感じた気配の後ろを向けば。
トントンと軽く仕切りが叩かれ、よく見知った人が姿を現した。


「蘇芳姫、支度はお済ですか?もうすぐ客人、が…っ!!」
「…藍鉄。」


そして、その見知った姿…藍鉄は、蘇芳の姿を見た途端言葉を続けることなく固まった。
そんな藍鉄の姿を見て、蘇芳は小さくため息をつく。
これは、毎度毎度起きていることであるのだ。
蘇芳が着飾る姿を見るたび、藍鉄は何故だか一寸の間固まってしまうのである。


「ふふ、藍鉄様ったら」
「また見惚れてらっしゃるのね」
「しょうがないわ、だって私達の姫様ですもの!」


後ろで和やかに女房たちが声を交わす。
その声に藍鉄は我に変わり、コホンと小さく咳払いをした。


「姫、そろそろ…」
「ええ。あっでも片付けが」


藍鉄に頷きかけ、片付けが途中だったことに気づき慌てて振り返る。
すると、全てがキチンと終わり、にっこりとほほ笑む女房たちの姿があった。


「お気遣い感謝いたします、姫様」
「もう此方は終わっていますわ」
「どうぞ、ご安心なさって」


一応宴には蘇芳の傍に女房も付き従うのだが、今日は客人が非常に多い。
きっと、これから最終準備などが積もりに積もっているのだろう。
それなのに自分に付き合わせて…と、蘇芳は顔を俯かせた。

すると、すっと手が伸びて蘇芳の頬に触れる。
顔を上げれば、優しくほほ笑む女房達。


「御綺麗ですわ、蘇芳様」
「流石私達の姫様。ほら、御顔を上げて下さい」
「さぁ、いってらっしゃいまし」


にっこりと笑いかけられ、蘇芳もつられるようにほほ笑みを浮かべる。

「…有難う、いってくるわ」

そう、昔からずっと。この女房達には絶対敵わないのだ。


・・・・・・


「…藍鉄、速いわ」
「…え、あっはいすみません」


女房たちにお礼を告げ、今は宴の場に行くため渡殿を歩いていた。
いつもならば、藍鉄は蘇芳の後ろ、もしくは隣を歩いているのだが、今日は何故だか違う。
蘇芳の少し前を歩き、しかも歩みもいくらか速い。
普段の蘇芳なら少しくらい速くても構わないが、今は正装中。
いつもよりも重く、いつもよりも長く、歩きづらいことこの上ないのだ。


「藍鉄?どうかしたの?」
「いえ、…なにも」
「?」


こちらを振り返り、しかしすぐ視線を逸らされる。
意味が解らない藍鉄の行動に、蘇芳はまたも小さくため息をついた。
自分が正装すると、藍鉄はいつもこうなってしまう。
確かに、自分自身でも変なのだろうとは分かっているのだが。
…そんなに、似合わないのだろうか。
蘇芳は自分の恰好を頭で思いだし、苦笑しつつ藍鉄のほうへ視線を合わせた。


「ふふ、私がこんな恰好なんて、可笑しいわよね」
「えっいや、その」
「いいの、分っているから。あぁ、普段の水干姿に戻りたいわ」
「いや、その…違いますよ」
「?」


もごもごと言葉を濁し、視線を彷徨わせる藍鉄。
どうやらそれほどにも自分は似合わない格好をしているのだと考え、蘇芳は今度こそ深いため息をついた。
…こんなことを思われるなら、やっぱり逃げとけばよかったかもしれない。
あの優秀な女房たちに文句を言いたくなってしまう。
いや、彼女たちは何も悪くはないのだが。

それに、自分だって藍鉄と視線を合わせるのは、恥ずかしかったりするのだ。


「藍鉄も、正装なのね」
「?…ええ。俺のは姫ほど大層なもんではないですけどね」
「そんなこと、無いと思うわ」
「…そうですか?」
「ええ…」


とってもとっても、似合っているわ。
その言葉がどうしても言えず、今度は蘇芳から視線を逸らした。
あぁなんで。こんなにも簡単な言葉がでてこないの。



「あ、つきましたね」
「…そうね」
「では」
「…え?」


蘇芳が控えるように言われていた一室に辿り着く。
そして蘇芳が部屋に入り腰かけたのを確認すると、藍鉄は当然のように部屋を出ようとした。
その行動に目を丸くし、蘇芳はつい無意識に声を出す。


「…姫?」
「い、行ってしまうの?」
「まぁそりゃあ。年頃の姫の傍には男なんていないものですし」
「そんなの…。いつもはいるじゃない」
「…普段が、異例なんですよ」


あっさりと返される言葉に、良く解らずも落ち込んだ気分になってしまう。
蘇芳は少し顔を俯かせ、必死に頭を巡らせた。
どうすれば、藍鉄はここからいなくならないでくれるの?
あぁもうさっぱりわからない。
…それに、どうしてこんなに落ち込んでしまうのか。


ぜんぶぜんぶ、わからない








まだまだちいさなこの花ふたつ




(ふたりで悩むは同じこと)



「そんなに今日の依頼は手強そうですか?」
「…へっ?」
「いえ、不安そうな貴女を久々に見たので…」
「…」



・・・・・・・

この二人はツン同士というか似た者同士!
お互いが一番大事でおそらく無意識にべたぼれ。
でも気づいてない。…こういうの大好き!!←

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