novel
つぼみ梅
鏡音家に内密に頼る貴族は少なくない。
蘇芳自身陰陽寮に出仕してる訳でもないのだが、しかし依頼が来てしまうのだ。
もちろん、依頼の中でも断るものもある。
しかし、どうしようもないと判断されたものは、何故だか鏡音家…蘇芳のもとへやってきてしまうのだ。
それは、実力に伴う相当の結果ともいえるのだが。
まぁそんなわけで、今日も今日とて厄介な依頼が蘇芳のもとへ届けられた。
いつもならば、気にせず自分のこなすことをするだけなのだが。
「…藍鉄は、いないの?」
いつも屋敷の対屋の何処かにいる筈の藍鉄が見つからない。
それだけで、どうしてこうも自分は心細くなってしまうのか。
「訳が、わからないわ…。」
自分のお気に入りの隠れ場所に座り、そうしてほぅとため息をついた。
あぁもうほんと、どうしてなのか。
つぼみ梅「蘇芳様!蘇芳様―――――っ!!!」
「もうっ今日は管弦の宴があるというのに…っ!!」
「御仕度を嫌がっていらっしゃるのかしら…。まぁ、確かに今日のご衣裳は大変そうでしたけれど…」
「でも、たいそうお似合いになるからっておじい様からの贈り物でしょう?それに、とっても似合ってらっしゃったわ」
「ほんとうに!あぁもう早くお着替えを!!!蘇芳様ああ――――!!!」
ぱたぱたぱた、賑やかな声と共に女房たちの慌ただしい足音が廊下に満ちる。
そんな音を聞きつつ、呼ばれている張本人…蘇芳は鼻歌を歌いつつ膝に置いた書を捲っていた。
今蘇芳のいる場所は、透廊と呼ばれる寝殿と対屋を結んでいる吹き放しになっている廊下の、その下である。
そこはもちろん地面であり、普通の貴族の姫が居座るような場所ではない。
つまりは、滅多のことでは見つからない蘇芳の大事の隠れ場所なのである。
否、一人だけその場所を知っている者はいたのだが。
「やっぱり、漢字のほうが好きだわ」
ぺらりぺらり、漢字を読むのを得意とはしないこの時代の女子にしては恐るべきスピードで読み進めていく。
いつのまにか女房たちの足音も聞こえなくなり、より熱中して書を読んでいると。
「蘇芳姫、何をやってらっしゃるんですか?」
静かな、しかし多少の咎めを含んだ声が響き渡る。
その声にびくり、と体を強張らせ…そろり、と蘇芳が顔をあげる、と。
はぁ、といまにも溜息をつきそうな呆れた顔をした青年…藍鉄が、蘇芳の目の前に立っていた。
はじめは顔を強張らせていた蘇芳だったが、藍鉄だと確認すると安心したように息をつく。
そして今読んでいた項に栞をはさみぱたんと書を閉じると、ゆっくりと立ち上がった。
「藍鉄…、どうせわかってるんでしょ、聞かなくってもいいじゃない。」
蘇芳がそう喋り小さく肩を竦めれば、藍鉄は深くため息をつく。
「解かっているから良いというものでもないでしょう。皆が探してましたよ。」
「ええ、皆の足音がそこかしこから聞こえた気がするわ?」
「…姫を探していたのでしょう。」
「ええそうね。そして私は皆から逃げていたんだわ。」
にっこりと蘇芳が笑めば、またも藍鉄は深い深いため息をついた。
そんな藍鉄を楽しそうに見つめてから、蘇芳はくるりと踵を返す。
突然方向を変えた蘇芳に驚いていると、突然彼女が話しをし出した。
「藍鉄…今日の宴の理由をしっている?」
「は…姫の父君の誕生日も兼ねた管弦の宴では?」
「まぁそういわれているわよね。」
「では、違うと?」
「…ええ。」
蘇芳は困ったような声で頷いた。
その返答に、藍鉄の中で燻っていた疑問が氷解する。
蘇芳は確かに貴族の姫らしからぬ行いばかりするが、人を困らせて楽しむほど性格は悪くない。
(嫌いな人ならばそのような行いも平気でするときもあるのだが)
だから、書に熱中して気づかないだとかはあるにしても、これほど女房たちが探し回っても出てこないことはなかったのだ。
ふと見れば、手に持つ書物は陰陽関連だ。
それらが指し示す答えとは。
「今夜の宴で何かが起こる、と?」
「宴で、というのは間違いね。もうすでに起こっているというのが正しいわ。」
「…それは、鏡音家への依頼、ですか。」
「それも厄介なところからの、ね。」
相変わらず、蘇芳は踵を返したまま喋りつづける。
そんな蘇芳の後姿に、こんな時にも関わらず藍鉄は見惚れてしまった。
…蘇芳の立ち姿は美しい。
それは、何物にもとらわれず、前を見つめ続けているから。
ならば、自分は?
ふと浮かんでしまった疑問に自分で驚く。断ち切るように藍鉄は首を振るった。
今はそんなことを考えている場合ではない。
出来るだけ感情を抑えた声で、今の考えを微塵も出さずに言葉を返す。
「そうですか。」
「あら、驚かないの?」
「そうですね、姫の傍にいればこれくらい慣れます」
「まぁ言うわね藍鉄?でも、…こんな急なのは初めてだわ」
「それでも、ですね。」
アッサリと返せば、驚いたように振り向く蘇芳。
そんな蘇芳に頷き返し、藍鉄そっと口に笑みを乗せた。
「蘇芳姫、貴女はお強い。俺はそれを知っていますよ」
「…っ!」
「だから、いつ教えられようと危険が迫ろうと、大丈夫です」
大丈夫、これは根拠のない言葉だ。
でもそうなのだと知っている。だって彼女はとてもつよい。
いつも、前をむいて。障害物なんてふっとばして、そうしてまっすぐ歩いて行く人。
そう、貴女はつよい人だ。…俺なんか必要としないぐらいに。
普段ならば、このような依頼だって半笑い程度で片づけてきたいた。
それが、今日に限って。どうしてそうも…?
「そうね、貴方がいれば、ね」
「?今なんと?」
考えに没頭していたため、言葉を聞き逃し慌てて尋ねる。
しかし、こちらをむいた蘇芳は、繰り返すことなく笑みを深くした。
「なんでもないわ。そうね、大丈夫よね」
「…?」
「藍鉄、行きましょう。さすがにここまで待たせたのは初めてだわ…怒られそう」
「?…はい、きっと皆怒り狂っていると思いますよ」
「…そこで取り成したりはしてくれないのね」
「勿論です」
そう即座に頷き返せば、楽しそうに蘇芳が笑う。
それをみて、つられたようにほほ笑んで。そうして二人で歩き出した。
「しかし蘇芳姫、何故今日は隠れていたのですか?」
「…隠れていれば、貴方が来ると思ったのよ。」
「?」
「あぁもう気にしなくていいわ!さっさと怒られに行きましょう!!」
「いや、俺は怒られる必要はないのですが…」
「じゃぁそっと傍で見てくれればいいわ」
ふたりの想い(今日も今日とてかみ合わず)
(花咲くときは、さて何時か)・・・・・・・
タイトルは重ね色目のひとつです。
某方より素敵サイトを教えていただきました有難う御座います。
そして蘇芳ちゃんこれツンデレ…?!でも書いてて可愛かった…目覚めそう。
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