幸せな日々は誰にだってある






「……Good night、佐助」

穏やかな寝息が聞こえる部屋で、俺はもう一度繰り返した。
別に弟に返事をしてほしいわけじゃない。
ただ、昔を思い出して懐かしくなってしまっただけだ。

父さんと母さんが忙しいのは昔からで、俺が小さい時でもそれは変わらなかった。
仕事でいないことなどいつものことで、俺が小さくて料理も何もできなかった頃は、近くの保育園に迎えに来るのは片倉小十郎という親戚の兄だった。
彼には本当に迷惑をかけた。
父さんの会社で働いていた彼だが、夕方には俺を迎えに来て、そのまま夕飯を作る。
そうして俺が食べて風呂に入るのを見届けてから会社に戻り、また仕事。そんな生活をしていたのだそうだ。
皿洗いや風呂掃除は片倉から教わっていたので自分でやって、自室のベッドで眠る。
眠れない夜も、寂しい夜もあった。
それでも家には誰もいないから、俺は一人で体を丸めていた。
そうしているうちに、だんだん一人でいることに慣れ、また料理も覚え。
小学校に上がると同時くらいに、彼にはもううちに来なくてもいい、と言った。
ありがとう、もう大丈夫だと。

なんでも一人でやった。
父さんからネットの使い方を教わって、わからないことは調べながら。
二人は仕事で忙しいんだから、自分がわがままを言っちゃいけない、と。
時々帰ってきてはすぐに仕事に出て行ってしまう二人。
でもそれは仕方のないことなのだ、と。

そうやって日々を過ごして、数年。
俺が小学校の低学年を終える頃だった。
帰ったら珍しく父さんも、母さんもいて、自分で作ったものではない、優しい晩御飯の匂いがして。

「I'm home」

そう言って家に入ると返ってくる

「おかえり、政宗」

の言葉がうれしくて。
俺はその日、すごく幸せだった。
その幸せな日に告げられた、もう一つの幸せ。

「政宗、あなたにね、兄弟ができるの」
「お母さんお腹の中にはね、まだわからないけど……弟か妹がいるんだよ」

俺はうれしかった。
単純に一人じゃなくなることが。
慣れた、大丈夫。
そう思ってはいても、やはりどこかで寂しさは感じていたのだろう。
すごく、うれしかった。

それから暫くは、帰ると家には母さんがいた。
段々と大きくなっていくお腹。
嬉しそうに母さんは「撫でてごらん、政宗」と言ってはお腹に触らせてくれた。
温かかった。
父さんは相変わらず忙しそうだったけれど、今までと違って月に数回、週末には必ず家に帰ってくるようになった。
どこかに行くわけでも、遊ぶわけでもないけれど。
それでも俺は、それだけでうれしかった。








- 3 -


[*前] | [次#]
ページ:




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -