一人ぼっちは誰






兄は何も言わず、昔のように机のスタンド・ライトを消して、俺がベッドに入ったのを確認すると電気を消した。
布団を捲り、兄が細い体を滑り込ませると感じる狭苦しさ。
昔広かったはずのベッドで感じるそれに、自分が大きくなったことを改めて思い知る。
それは兄も同じだったようで、

「……おっきくなったんだな、佐助」

静かな声で言ったのがすぐ近くで聞こえた。

「当たり前じゃん。もう、高校生だよ?」
「そうだよなー。俺がもう働いてんだからなー」
「そうだよ。俺もう兄ちゃんよりおっきくなったし」
「そうだな……」

心なしか、兄の声が寂しげだった。
聞き間違いだろうか、と一瞬思いもしたがきっと、違う。

「……寂しい?」

普段なら、思っても口にしない。
でもきっと俺も昔に戻っていたのだ。
兄の部屋で兄に縋り付いて眠っていたあの、何も知らなかった無垢な少年の頃に。
だからするりと口から出ていた。
ねぇ、兄ちゃん、寂しいの?
どうして、寂しいの?
俺はここにいる。
それでも寂しいの?

「…………そうかも、しれねぇ」

答えた兄の頭を、昔彼が俺にしてくれたように抱きしめ、撫でる。
ねぇ、兄ちゃん覚えてる?
俺がここに眠りに来たとき、兄ちゃんはいつもこうやってくれたよね。
こうされると俺は、すぐに眠れた。安心してさ。
ねぇ、兄ちゃんは?安心する?

「……佐助」
「何?」
「……sorryな」
「え、何が?」
「ずっと……寂しかったろ。父さんも母さんもいなくて」
「何で兄ちゃんが謝るのさ。そんなのあの人たちが仕事人間なのが悪いだけじゃない」
「俺まで、仕事仕事で……全部お前に家のこと任せて」
「そんなの……」

兄ちゃんのせいじゃない。
言おうとした言葉は出なかった。
どこかで、寂しいと思ってたのだろうか。
兄を、責めたいわけじゃないのに。

「……うん」

結局出てきたのは肯定の返事。
最低だ、と思う。
兄はどんなに忙しくても帰ってきた。
毎日家に帰る、そのために残業を持ち帰って家でやっていることだってしょっちゅうだ。
それは俺のため。
俺が家で一人ぼっちで寂しい思いをしないようにするため。
わかってる。
それなのに俺は。

その時だった。
背中を、細くて冷たい手が滑り降りる。
子供をあやすように、ゆっくりと。何度も、何度も。

「……Good night、佐助」

俺が頭を抱えているからくぐもってはいるけれど、昔のように兄は言った。
俺はそっと、兄の頭を離す。

「……兄ちゃん」
「what?」
「キス、してくれないの?」
「kiss……」
「おやすみのキス。おでこに、してくれてたでしょ」
「あぁ……もう、嫌だろ?この年になって兄ちゃんからデコにkissされるとか」
「嫌じゃない」
「え、」
「嫌じゃないよ。だから……して」

顔に熱が集まるのがわかった。
幸い、部屋が暗いから兄からは見えていないだろう。よかった。
目を瞑る。
そっと、兄の柔らかい唇が、俺の額に当たる。

「Good night」

そうされると、自然と眠気が訪れる。
あぁ、俺は昔のまんまだ、なんてそっと笑った。



(兄ちゃん。兄ちゃんは……寂しかったの?)



意識が柔らかい闇に飲まれる寸前。
聞こえた幼い声が、言った。








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