甘えてよ






夢を見た。
懐かしくて優しい、夢。


『佐助』


そう呼んでくれる優しい響きが好きで、抱き上げてくれる細いけれど強い腕が好きで。
兄がいる時には俺は、いつも「兄ちゃん、兄ちゃん」と後をついて回っていた。
兄はいつも笑っていた。いつも、いつも。

家のリビング。
テレビを見ている幼い自分。
キッチンに立つ背中だけが見える兄は、高校生。
これは、あの時だ。
1度だけした、兄弟喧嘩。
いや、喧嘩とも言えない。
幼い俺が、一方的に兄を困らせただけだ。

どうしてお父さんとお母さんが帰って来ないのか。
幼稚園にお母さんは迎えに来てくれないのか、など。

兄のせいでは決してないのに、俺はあの時兄を責めたてた。
だけど兄は、感情的になって怒鳴ったり、子供の言うことだと無下にすることもなかった。
ただただ静かに俺の頭を撫でて、いつものsorryではなく「ごめんな」と言った。とても、辛そうな顔で。本当に、申し訳なさそうに。
確かその日、兄は晩御飯を食べなかった。
俺の分だけがダイニングのテーブルに用意されて、兄は向かいに座ってはいたけれど何処か遠くを見ていた。
白熱球の白い光に照らされた兄の横顔は、青白かった気がする。
それでも兄は俺が食べた晩御飯の食器を洗い、風呂掃除をして……。
幼いながら申し訳ないと思った俺は、そっと兄の部屋の戸の隙間から中を覗いた。
兄はいつものように勉強していた。
その頭が、揺れる。
コクリ、コクリと。
そして数分後、はっと目を覚ましてまた勉強を再開する。
そんな具合だった。


兄の背中が遠ざかって、意識が急に浮上する。
ふ、と瞼を持ち上げると真っ暗で、息を深く吸うと兄の匂い。
頭を抱かれているのだとわかり、兄を起こさないようにそっと腕から抜け出した。

静かな寝息を立てて、兄は眠っていた。
そういえば、兄の寝顔を見るのはずいぶん久しぶりで、そして片手で数えられるくらいしか見たことがない。
いつも、俺よりも遅く寝て早く起きていたし、そもそも一緒に寝るなんてのが久しぶりだ。
まじまじと見つめると、思ったよりも綺麗な顔でかっこいい、ではなく美人だということが分かった。
そしてどちらかといえば女性的な顔立ちをしているのだということも。

「見れば見るほど……似てないなぁ……」

髪の色も、目も、顔立ちも、性格も。
なにもかもが似ていない。
本当に兄弟なのか、と疑いたくなるほどに。

「……ねぇ、兄ちゃん、」



今度はさ、甘えてよ。俺に。
俺は十分兄ちゃんに甘やかされたからさ。
今度は兄ちゃんに頼ってもらいたい。
いっぱい、頼ってもらいたい。




心で思ったこれが恋であるなどと、誰が思うだろう










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