夢現






夢はいつだって優しい。
温かくて、ふわふわとしていて、楽しい。
いつも感じていた心に空いた小さな穴を、夢を見ている間だけは感じなくて済んだ。

優しい母の手に頭を撫でられながら、俺はそっと目を閉じた。
そよそよと柔らかく吹く風の音が微かに耳に届くのが心地いい。
何年前の姿なのだろう?
小さな体は、母の腕にすっぽりと収まってしまうほどの大きさしかない。
元々大きい方ではなかったが、この大きさはせいぜい小学校低学年だ。
向こう側から、父が佐助の手を引いてやってくる。
母さんと俺が座っている木の根元に二人とも腰かけて、佐助はこちらに手を伸ばした。
俺はその手を取って、今度は母さんが俺にしていたように、小さな弟の頭を撫でた。
そんな仲睦まじい兄弟の様子を、父さんと母さんが微笑みながら見ている。
柔らかそうな白い雲が、底抜けに明るい青空を彩って、太陽は優しく光を届ける。
風が揺らす木の葉は輝くような緑色で、草原の色も同じ。
まさに、理想、幻想の世界だ。
現実ではありえない世界。
世界だけじゃない。現実でありえないのは、この家族の在り方もだ。
これは俺の作り出した願望の具現。
こうありたかった、という子供のささやかな願いに過ぎない。
事実、こんなことは1度もしたことがない。

朝の気配というものは、夢の中にいても自然とわかるもので。
名残惜しい気分が込みあがってくる。
もうすぐ、朝だ。
この世界は消えて俺の記憶の底で幻想の詰まった箱に詰められて、忘れ去られていく。
そして現実の冷たさに嫌気が差し、仕事に疲れ、眠りについたとき。またいつか、箱が開いてこの世界が再構築されるのだろう。
ああ、なんと虚しい。
これが現実だったなら、朝目覚めるのも苦ではなかっただろうに。

いつもそうだ。
こうして朝の気配がそれとなく漂い始めると、途端に目覚めが嫌になってしまう。
しかしそれでは佐助が困る。
いつも任せきりで大変な思いをさせているのだから、休日くらいは俺がちゃんとしてやらなければ。
俺が家事を肩代わりすれば、佐助は好きなショッピングにも出かけられるし、友達と遊びにも行ける。
普通の高校生のような休日を送れるのだ。
俺は兄なんだから。
少しくらい無理をしたって、大丈夫。それくらいno problemだ。
さぁ、目を覚まそう。
幻想に、いつまでも縋るなんてcoolじゃない。



『……ね……に……ゃん』



どこからか、声が聞こえた。
先ほどよりも温度を上げた風が、頬を撫でる。
いつの間にか、父さんと母さん、佐助の姿は消えて、俺も今の大きさに戻っていた。
気のせい……だろうか。
撫でられた頬に手を当てると、そこは少しだけ熱を持っていた。




朝の光が、左の目の瞼を焼いていた。










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