初めて見た時から、彼女のことは美しい人だと思っていた。
中学校に入って、初めて同じクラスになった日。みんなが新しいクラスや新しい人たちに心を躍らせている中、ピンと背筋を伸ばして、一人だけ前を向いて座っていた彼女。堂々としているその姿がやけに印象的で、本当に、美しい人だと思ったんだ。
彼女には、仲の良い男の子がいた。栗色のツンツンした髪に、同じ色の大きな丸い目をして、いつもおどおどしているような少年。周りには"ダメツナ"なんて呼ばれていて、「何をやってもダメなどんくさい奴よ」と花が言っていたっけ。
だけど、彼女だけは彼に対する対応が違っていた。彼の事を"ダメツナ"と呼んだこともなかったし、みんなが彼に頼むのを避けるようなことでも、普通に頼んでいた。彼は少し戸惑ったようにそれを受け取り、でも、どこか嬉しそうな顔をする。そんな彼を見て、彼女も笑うんだ。

――そして、気づいた。

彼のことをきっと彼よりも知っている美しい彼女は、花いわくどんくさいらしい彼に、夢中なんだって。

理由が知りたかった。
彼女と友達になりたかった。

その願いは、すぐに叶ったけれど。

いつの間にか私の日常に溶け込んできたツナ君。
最初は何も思わなかった。むしろ、どうして彼女がそこまでしてツナ君に構うのか、よくわからなかった。

だけど、次第にわかっていったんだ。
彼は心底お人好しで、でもすごく優しい人。普段は何でもないように振舞っているのに、ここ一番となると凄い力を発揮する。
特に、友達や仲間と呼べる人が関わる時は本当に強くて――気がついたら、その"友達"や"仲間"の括りに自分が入っていることも嬉しく感じた。

――惹かれていたんだ。

でも、私は知っている。
彼が私やハルちゃんを見る時とは違う目で、彼女のことを見ている事実を。好意とか友愛とは違う何かで、彼女のことを慕っていること。

――そして、それは、美しい彼女も同じだった。

獄寺君に、山本君に、彼の周りがどんどんにぎやかになって、彼の笑顔がとても増えた。
彼女は、楽しそうな彼をいつも傍で見ている。一緒に、笑ってる。それはとても嬉しそうなのに――どこか、寂しそうだった。

中学二年生になって、ある事件に巻き込まれてしまった時、彼の笑顔の裏側でとても気苦労が多かったことを初めて知った。
彼女の寂しさは私と同じで"何も言ってくれないからだ"と思っていたけれど、それは間違ってた。
彼女と私の立場は、対等なんかじゃなかった。彼女は初めから知っていたんだ。

リボーンちゃんがマフィアの殺し屋だってこととか
彼を巻き込む様々な事件は、マフィア絡みだということとか
彼の将来が――ボンゴレファミリーの十代目ボスであることとか。

羨ましくて、悔しかった。
彼女も彼女なりに考えて、大変だったとはわかっているけれど――完全なやきもち。ただの嫉妬。
それは彼から同じように事情を聞いたハルちゃんも一緒で、彼をこっそり慕っている者同士、ちょっぴり泣いたのを覚えている。

彼女の寂しさは、"仲間に入れてもらえない"気がした私達と一緒なんかじゃなくて、もっともっと、深い所にあった。
今までずっと一緒にいたツナ君が、遠くに行っちゃったような、そんな寂しさ。今なら私もわかる。手を伸ばせばすぐに掴めたような存在の彼が、追いかけても追いかけても届かないような――そんな寂しさが。

美しい彼女が、可愛らしい女の子になった日がある。
十年後の世界から帰ってきた次の日、真っ赤な目で笑っていた彼女の笑顔から、寂しさが消え去った。
彼女に話しかける時、どこか照れたような表情をしているツナ君を見て、確信。

――二人が、恋人になった。

その時に、私とハルちゃんは決めたんだ。
精一杯、二人を応援しようって。幸せそうなあの二人を、精一杯守ろうって。
悲しくて、悔しくて、いっぱいいっぱい泣いたけど、もうあの二人の寂しそうな、悲しそうな顔はみたくなかったんだ。
私達はあの二人が本当に大好きだから。(花とかビアンキさんにはお人好しだって叱られたけど)(でも二人共嬉しそうだった)

あれから年月が経って、もうすぐ高校生も終わりを迎える私達。

美しく、可愛い彼女が、屋上で泣いた。
最近元気がないなって思ってたけど、それどころの話じゃない。


「一人にしないで」

「離れたくない」


そう言って、彼女は泣いていた。誰に向けて言った言葉なのかは、鈍感とよく言われる私でもすぐにわかった。

一生離れるわけじゃない。
飛行機に乗ったら、すぐに会えるんだよ。

ツナ君が「卒業したらイタリアに行く」ってみんなに言った時、私は自分にそう言い聞かせた。
でも、彼女は違ったんだ。

ツナ君が発つ飛行機の時間も知らなかった彼女。
その前にやる筈の、打ち上げも知らなかった彼女。

教えたのは私なのに――ホント、やっぱり、私は鈍感だ。

マフィアのボスに、そう簡単に会えるわけないじゃないか。
表の世界で生きようとしている私達に、裏の世界へ行った優しい彼が、気を使わないはずがないのに。

――彼女は別れを決意していた。

本当に、私は、彼の、彼女の、一体何を見てきたんだろう。

お昼休みを泣きはらした彼女は、私と花に「格好悪いとこみせちゃった。ごめんね」なんて謝った。
花は「馬鹿ね」って彼女の頭を撫でたけど、私には何もできなかった。

馬鹿なのは私だよ、花。
こんな時に、自分の浅はかさがショックで、親友に声もかけられないだなんて。

それから、彼女は「頭が痛い」と言って、早退した。
荷物は、どこからともなく現れたリボーンちゃんが持って行ってくれると言う。
玄関まで見送って、私と花は教室に戻った。その時、ツナ君と目が合う。
高鳴る心臓。何処かで、まだ何かを期待してしまう浅ましい自分。


「・・・京子ちゃん」

「どうしたの、ツナ君」

「あー・・・咲智は?」


馬鹿だって、わかってる。でも、心は頭で抑えることができない。彼女の名前をツナ君の口から聞いた途端、落胆してしまったことに、どうかどうか気づかないで。


「・・・頭痛いって、帰ったよ」

「・・・そっか」


心配そうにそわそわしだすツナ君。そんな彼に、私の胸もそわそわする。


「泣いてたわよ」

「え?」

「咲智、泣いてたわ。泣きすぎて熱でも出たか、知恵熱かもしれないわね。熱かった」


花が言う。抱きついた私は気づかなかったけれど、彼女の頭を撫でた花が気づいた。


「・・・ッ俺、帰る!先生に腹痛で早退って言っといて」

「はいはい、精々頑張って来なさいよ。これ以上私達の親友泣かせたら許さないんだから」

「わかってる!それに・・・」


鞄を掴んで、駆けだしたツナ君の顔は赤かった。


「それに、咲智は俺の彼女だ!」


こんなに必死で、こんなに大きな声で、彼女への"好き"の気持ちを隠さない彼。
宣言したくなる程愛されている彼女が、心配で学校をサボってまで彼に追いかけて貰える彼女が、羨ましくて仕方がない。
応援しようって、ハルちゃんと二人で決めたのに
――妬ましくて堪らない。


「それで・・・あんたは取りあえず、泣いときなさい」


花には全部、お見通しみたいだ。



(羨望と嫉妬まみれの)(なけなしのエールを)


2010.12.12







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