いつからだろうか。赤い×印の増えて行くカレンダーが、私にとって"日常にある物"から"私の敵"になってしまったのは。
着々と白い部分を赤く染め上げて行くカレンダー。このページが全て埋まって、次の月を開いた最初の日には、黒いマーカーで×印が書かれている。これを書いた当初は、髑髏マークでも書いてやろうかと思っていたけれど、やめて良かったと思う。洒落にならないくらい、私はその日が憎いからだ。
それは、ツナがもう手の届かない所へ行ってしまう日。距離も、立場も。そして、それは私達を少しだけ、大人にしてくれる日でもある。
――並盛高校の卒業式。
京子から聞いた話によると、ツナは身内だけの打ち上げをしてから、その日の最終便でイタリアへ発つそうだ。何故、京子から聞いたのかというと、私は最近ツナを避けるように過ごしているから。会話もまともに交わしていない。
一緒に帰っていた道も、一人で歩くようになった。用事があるからと嘘を吐いて、教室からツナと獄寺君と、山本が帰る後ろ姿を見ていた。休みの日も、何度かツナから「遊びに行こう」と連絡を受けたけれど、決まって口を出るのは「忙しいからまた今度」何て、ありきたりな台詞。「また今度」がもう無いことは、私が一番よく知っているというのに。
どうして――こんなにも、胸が痛いんだろう。
一人で帰る道。何度も、何度もツナと二人、手を繋いで歩いた道。隣はずっと空っぽで、春の予感のする風が相手のいない私の手を慰めるように吹いている。
私が避けていることに、彼はとっくに気が付いているに違いない。昔から、勘だけは物凄く良かったから。否、今は――ボンゴレの十代目ボスになるとなった今は、彼の凄い所は勘だけではなくなってしまったのだけれど。
気が付いていても、彼はめげなかった。"私"を諦めてはくれなかった。
毎日「今日の帰りは?」と聞いてくるし、毎週休みはメールか電話で誘ってくる。最近は、電話の方が多いけれど。電話に出ない――なんていうことは流石に出来なくて、その瞬間いつも思い知らされるんだ。
ああ、私も、"ツナ"を諦められてないんだって。
あやふやな決意というのは本当に脆くて、弱い自分をただ嘲笑う。
ねぇ、ツナ。好き、より、愛してる、より、この感情にふさわしい言葉は何なんだろう。私はツナを好きじゃなくて、愛してるじゃなくて、もっともっと、それ以上の気持ちで破裂してしまいそうだよ。



「咲智ちゃん?」

「ん、京子。どうしたの?そんな暗い顔して」

「咲智ちゃん・・・最近眠れてる?目の下、隈が大変なことになってるよ」


お昼休み。心配そうに眉を八の字に下げて、私を覗きこむ京子。花も、怪訝そうな視線を送ってくる。京子の言う通り、私は最近眠れていなくて、返答に困った私は苦笑するしかなかった。


「・・・・・・ツナ君もね、」

「ツナ?」

「咲智ちゃんと同じような顔してたよ」


その言葉へ驚くと同時に、私の胸には温かい嬉しさが込み上げた。本当なら、心配して、京子みたいな悲しげな顔でも浮かべるのが正解なのだろうけれど。
夜、目を閉じれば浮かんでくるツナ。今までのことを全てビデオテープで見ているように、夜の闇をそっと流れて行く優しい思い出。まるで、走馬灯のようだと思う。そんな思い出に浸っていると、いつのまにか夜の闇は朝の光に変わっているんだ。
もしかしたら、ツナも私と同じなのかもしれない。それが嬉しくて、嬉しくて、悲しかった。


「・・・咲智?」


どうして、ツナは普通じゃないんだろう。どうして、ツナがマフィアになんかならなきゃいけないんだろう。しかも、ボスだなんて。
ダメツナなままで良かった。だって、私は、その時から既にツナのことが好きだったのだから。変わって行く彼を嬉しく感じ、寂しくも感じ、それでも隣にいられることは嬉しかったけれど、
いつか、こうなる日が来るのなら、何も変わらなければ良かった。


「咲智ちゃん!」


急に、体を温かい物でくるまれた。視界の端には、小刻みに震えている明るい茶髪。彼のと似ている――栗色の髪。
初春の香りのする風が、私を撫でる。その瞬間、頬だけがひんやりと冷たく感じた。
私は――泣いていたみたいだ。


「・・・・・・馬鹿ね」


私に抱きついている京子ごと、今度は花が抱きしめてくれた。言ってることは暴言なのに、声色はすごく優しい。


「あんたも沢田も、ホント・・・馬鹿だわ」


京子の体温も、花の言葉も、初春の風も、
みんなみんな、優しくて
気がついたら、声を上げて泣いていた。


「行かないで」
置いていかないで

「一人ぼっちは嫌だよ」
寂しくて、辛くて、

「離れたくない」
死んでしまいそう

「離れたく・・・ない、よ」


君の腕が、手が、声が、笑顔が、私の全てに染み付いたままで、上手に歩けないんだ。
上手に、生きられないんだ。





(寂しさで私を殺せるのは)(貴方だけ)


2010.12.11
2012.07.16 加筆修正








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