思い切り、泣いた。

声を上げ、あんなに人の前で泣いたのは、小さな頃以来かもしれない。
思い返しても思い返しても、浮かんでくるのは大泣きしているツナを慰めている自分ばかりで、何だか少し、可笑しかった。

小さい頃は、あんなに泣いていたツナ。もう、随分とたくましくなった。
こんな感想をあの小さなスーパー赤ちゃんに言ったら、

「俺のおかげだぞ」

なんて、言われそうだ。

鞄から取り出した鏡で、自分を映す。
真っ赤になってしまっている目は、今晩にも腫れてしまうだろう。
早いうちに冷やさなくては――例え、言葉を交わさないにしても、明日は学校でツナに会うのだ。
同じクラスになれた時は二人で喜んだけれど、こうなってしまっては邪魔な障害以外の何物でもない。
目を腫らした私を見て、ツナは何を思うのだろう?

やっぱり、俺がいなくちゃだめじゃん、とか?
――いや、底抜けに優しくてお人好しで自分に自信のないツナが、そんなことを思う訳がない。山本じゃあるまいし。

何で目、腫れてんだろう、とか?
――いや、勘の良いツナ(たしか、超直感、だっけ?)が、こんなにも解りやすいだろう理由に気づかない訳がない。鈍感な獄寺君じゃあるまいし。

なんて、山本と獄寺君に失礼なことを考えながら、歩いた。
あんなにモテモテな二人が傍にいたのに、どうして私はツナを好きなんだろう。
きっと、一生の謎だ。難解すぎて、お蔵入りだ。

――京子やハルちゃんなら、はっきりと理由を言えるのだろうか?

二人の気持ちに気づかないわけがない。
ハルちゃんは解りやす過ぎるけれど、京子だって、私から見ればそうだ。
私はどうやら、ツナの良さに気づける人間にだけ、超直感があるらしい。

――昔は、思ってた。

ツナはこんなに優しくて、いい奴なのに、何でみんな"ダメツナ"なんて呼ぶんだろうって。
ダメな奴なんかじゃ全然ない。
人には得手・不得手があるように、勉強が得意な獄寺君や、スポーツが得意な山本。
そして、両方とも苦手だけど、人を思う気持ちに関してはずば抜けているツナ。

勉強もスポーツも、頑張ればある程度はできるようになる。(才能も、勿論あるけど)
でも、あんなに人を思って、人の為に行動できるかは、持って生まれた凄い才能だ。

人の為なら力は倍以上。愛と勇気しか友達のいないアンパンマンも吃驚のヒーロー気質。

あんなに、みんなから認めて欲しかったのに。
ツナはダメじゃないって、わかって欲しかったのに。

リボーンちゃん、獄寺君、山本、京子、ハルちゃん、笹川先輩、雲雀先輩、骸、クロームちゃん――色んな人がツナを認めてくれて、初めて私はもっと深い自分の本心に気づいた。
そんな人が増えて行くのと比例して大きくなる、自分勝手な欲望。

本当は、私だけのヒーローで居て欲しかった、なんて、本当に我が侭な――独占欲。

河川敷までくると、ゆるやかに流れる川の水面がきらきら、きらきら光っている。
本格的な春を目前とした真昼の空は高くて、雲ひとつない開けたそれは、私の陰鬱とした心も曝け出しているように見えた。

お願いだから、誰も気づかないで。

こんなに暗くて、どろどろした、私の気持ちなんて。

隠れるように、持っていた鏡で影を作った。
こんなちっぽけな物で隠してしまえるほど、小さな感情ではないのだけれど。

――ふと、かざした鏡に何かが入り込む。

見直さなくても、わかる。少しずつ近づいて来てるその人影は――私の、今この瞬間までも、恋い焦がれたひと。

思わず、全力疾走していた。


「咲智!」


ツナが、私を呼んでいる。私だけを、一生懸命追いかけている。


「咲智!何で逃げるんだよ!」


何で?なんて、答えは決まってる。ツナが、追いかけてくるからだ。
むしろ、私が問い返したい。何で、追いかけてくるの?


「俺が足遅いの知ってるだろ!?」


知ってる。昔から、よく知ってる。
けど、住宅街に入ったら、もうすぐ家に着く。ツナの家のすぐそばにある、私の城。
なんでかわからないけれど、そこまで行けば大丈夫な気がした。
ツナが"私"を諦めてくれると、思っていた。

家が見えて、玄関を上がって、ママの「お帰りー」なんて間延びした声は無視して、自分の部屋に立てこもる。鍵を掛けて、ほら完ぺき。
でも、ここまで来れば――そう思っていたのは、どうやら間違いみたいだ。

ドアを背にした背後の方から、「お邪魔します!」って声と、「あら、ツナ君?」っていうママの声と、どたどた階段を上がってくる音。
ぴたり、その激しい足音は、私の部屋の前で止まった。

息切れした私と彼の荒い呼吸だけが、その場に響いた。


「咲智・・・」


いつもは柔らかな声が、とても張りつめている。心臓が口から出るかと思った。


「逃げないでよ・・・」


泣きだしそうな、声。


「・・・だって、追いかけてくるから」


いっぱいいっぱいな私の声も、大差なく情けない。
さっき、思い切り泣いたばかりだというのに、私の視界は滲んでいる。


「そんなに・・・」


ツナの声が、低くなった。


「そんなに、俺といるのは、いや?」


いやなわけがない。
本当は一緒にいたい。ずっとずっと一緒にいたい。
けれど、


「・・・ッ私から離れるのは、ツナの方でしょ!」

叶わないなら、

「私を先に置いてくのはツナなんだよ!」

――諦めさせて。


何もかもを、君を、君と過ごした時間を、全て"思い出"にするには、まだ時間が必要なの。
日常に溶け込み過ぎた君を、"過去"にするのは、思っていたよりずっと大変で、困難なことだった。
ついて行けないと決めたのは私。でも、最初に選ばせたのは、君。
私が覚悟を決める前に、君が決意を固めていた。

なのに、


「・・・何で、ツナが泣くのよォ・・・」


背後から聞こえてきたのは、鼻をすする小さな音。
静かな空間には、小さなその音さえも響く。


「離れたくないんだ・・・」


ツナの声には、涙が混ざってた。


「離したく、ないんだよ」


涙が溢れた。
私の涙腺というダムは、ツナの言葉で大洪水になってしまったみたいだ。
先に待っているのは絶望と悲しみだけだというのに、どうしてだろう。嬉しくて嬉しくて、止まらない。

それでも、このドアを開く勇気が私にはなかった。
命のやり取りに身を投じるツナを、黙って見守ることのできる勇気が、なかった。

その時、


「はいはい、ツナ君ごめんねー」


陽気な声が、シリアスな空気をブチ壊す。ママだ。
近距離のドアから、がちゃがちゃと音が聞こえる。
次の瞬間、ドアにもたれかかっていた私は、支えをなくしてものの見事に後ろへ倒れた。


「・・・なにやってんの、咲智」


それはこっちの台詞だ。
見上げる形になった視界には、見慣れた天井と、呆れ顔のママと、目を真っ赤にしたツナがいる。
さっきの音は、部屋の鍵を開ける音だろう。この家のマスターキーを持っているのは、大黒柱よりも権力のあるママだけだから。


「ホント、お馬鹿な娘でごめんね、ツナ君」


倒れた私に心配の声もかけず、ツナに謝るママ。
つられたように、ツナも「あ、いえ・・・」なんて言っている。


「咲智、あんたが何を決めかねてるのかしらないけど、ママたちは全部知ってるんだからね」


その言葉に驚いたのは、私だけじゃない。ツナもだ。
ママの爆弾発言に、二人して目を見開いたまま固まってしまった。


「家光さんからぜーんぶ聞いてるんだから。ママたちはもう決まってるのよ。あとは、あんただけなんだからね」


ママはそう言い残して、階段を下りて行った。
倒れたまま起き上がることのできなくなってしまった私と、立ちすくむツナだけがその場に残る。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


沈黙の中、先に立ち直ったのはツナの方だった。


「・・・咲智、大丈夫?」


肩に手を当て、抱き起してくれるツナ。
私はまだ固まっていたけれど、一足先に回復したらしい心臓は、久しぶりなツナの体温に高鳴る。


「・・・・・・・・・、」


上半身だけ起き上がると、今度はそのまま抱きしめられた。
後ろから回された腕。ツナの顔は見えないけれど、小さな呟きは聞き逃さなかった。


「やっと捕まえた」


次々と溢れて、私の頬を濡らす涙。
人間の体の三分の二が水分だというけれど、全てを使い切ってしまってもおかしくないくらい、止まらない。


「俺が、守るから」


ツナの声だけが、私の世界を支配した。
言葉の意味を、頭の中でリフレインする。


「ばか」


それでも、憎まれ口を叩いてしまうこの口は、本当に素直じゃない。


「馬鹿って、お前さ・・・」


情けないツナの声に、それしか言葉を知らない子供のように、「ばか」 何度も言う。


「まもられても嬉しくない。ツナの命をかけてほしくなんかない。私の傍からいなくなっちゃうより、この世界からツナがいなくなっちゃうほうがいやなの」


やっと、口に出せた本心。
だけど、ツナは答えなかった。


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・!」


その代わり、体を180度反転させられる。
いきなり目の前に現れたツナの表情は、今まで見たどんな時よりも、真剣だった。


「俺は、守るよ。咲智も、友達も仲間も・・・・・・俺、も」


ねぇ、ツナ。ツナ、ツナ、


「だから、」


好きより、愛してるより、言いたかった言葉があるんだ。


「ずっと一緒に・・・ずっと、傍にいてください」


信じる者は救われる、なんて、よく言うけれど、信じなきゃ何も始まらないんだね。
私の胸の奥にある言葉を代弁してくれた君の本心が、私と同じだと思ってもいいのかな。
勘違いじゃないよね、君の頬に流れる水が、きっと何よりも証拠になる。


「・・・・・・はい」


私と君が、初めて一緒に泣いた春は、新しいスタートの予告と一緒に幕を閉じた。



(不確かな約束も)(二人でいれば永遠になる)



〜 fin 〜



2009.12.12
2012.07.16 加筆修正








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