08
保健室に顔を出すと、またか、と困ったように出迎えてくれた保険医。
ごめんなさい、と一言謝るといつものように奥のベッドに通された。
大人しく横になって目を閉じる。
次第に落ちていく意識、耳の奥にこびりついて離れない悲鳴の声は聴きたくないと泣きそうになりながら、私は眠った。



授業が終わり、使った教材を全て片付け終えると鍵を閉め普段ならば職員室に帰るのだが、今日はその足で保健室に向かった。
三時間目が終わり四時間目は体育なのでなまえはそのまま保健室で寝かせておく、とぺトラは告げた。ぺトラの持っていた鍵を受け取る際、「リヴァイ先生、よかったらなまえの様子見てきてあげてください。」と何故かお願いされてしまった。しかし元々そのつもりだったので二つ返事で了承すると、にこりと笑って一礼してそのまま去って行った。

ガラリ、と音を立てて戸を引くとやけに鼻につく薬品の臭いに少し顔を顰める。

「おや、リヴァイ先生、どうされました?」
「二組の生徒がここで休んでいるはずだが。」
「ああ、なまえちゃんですね。いますよ、そこのベッドで休んでます。」

言われるままそちらに目を向けると確かにそこの一角だけカーテンが閉まっていた。

「そうだ、丁度よかった。少しだけここ頼んでもいいですか?少し職員室に用事があったんですけど、女子生徒が寝ている保健室ほおっておくわけにもいかないでしょう?」
「わかった。」
「じゃあよろしくお願いします。お茶とか、適当に飲んでても大丈夫ですから。」

そう告げて保健室を出ていく保険医。
女子生徒を教員とはいえ男と二人きりにしておくのは大丈夫なのか、と疑問にも思ったがまぁ手を出すつもりは毛頭もないのでその疑問は口に出さなかった。
ゆっくりと扉が絞められたのを確認して、カーテンで仕切られた一角に向かう。病人ではないとはいえ寝ているのなら、起こさないようになるべく音を立てずにカーテンを開ける。

死体かとおもった。
白いシーツにつつまれ眠る少女は到底眠り姫と形容するには顔色も悪く、投げ出された腕も細すぎる。故に死体かと、そう思ってしまった。
生きているのか確証が得られずゆっくりとなまえの喉元に手を伸ばす。するとわずかに押し返す血管の流動を感じてようやくこの少女は生きているのだと、実感できた。

なぜ、そこまで死んでいるのだと思ってしまったのだろう。この少女は夢の中の世界を生きている訳ではない。常に命の危険に晒されている訳でもない、安全を保障された平和な世界の元、親と教師とその他たくさんの人間に庇護されているか弱いただの子供だ。ただ少し人より寝つきが悪く顔色が悪いだけで、毎日死にかけているような生活はしていないはずなのに。
無意識下で働いてしまったなまえに対する行動に、戸惑っていると眠っているなまえがゆっくりと寝返りを打つ。

安らかだった寝顔が段々と苦しみの表情に変わっていく。シーツを握りしめる手は震えだし、眉間に刻まれた皺はどんどん深くなっていく。
魘されていく様を放っておくわけにもいかずゆっくりと首に触れていた手を頬へ触れる。落ち着くように、かつて母と呼ばれた人間がしてくれたように数回頬を撫でる。
涙がぽろりと固く閉じられた瞳からこぼれ落ちた。その涙を指で拭っても次から次へとぽろぽろ溢れて流れて落ちていく。

一体どんな夢を見ているのだろう。その夢のせいで、この少女は生きながらにして死んでいるのかもしれない。
平和な世界、庇護の対象とされている少女が、いまだ何かを脅え過ごしている。

「……ん、」
「…なまえ?」

泣くほどつらいなら早く起きてしまえ。うめく声に反応して覚醒を促すように名前を呼ぶ。
濡れたまつ毛が震え最後の涙をこぼしながら目蓋がゆっくりと開かれた。
虚ろな目がこちらを捕える。その目が段々と光を取り戻しながら安堵の色を浮かび上がらせると、たった一言、




「リヴァイ兵長…?」



こぼれた涙を拭う手がとまった。
名を呼ばれた瞬間、どこか懐かしい感覚に陥った。
そうだ、かつて何度もその名で俺を呼んだ。その声で、その口で、何度も何度も俺を呼んでいた一人の少女がいた。

「なまえ?」

お前がそうだったのか。なまえ。


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