09
意識を誰かに引き上げられる感覚を、眠りながら感じていた。優しくて暖かい手が夢の中で独りぼっちで泣いている私に差し伸べられた。その手を取ると止まらなかった涙は自然と止まった。
重かった目蓋が自然とあがった。焦点の合わない目、ぼんやりと働かない脳。あの優しい手は誰だったのか。
そうだ、あれは、

「リヴァイ兵長…?」

優しい人だった。粗暴で無愛想なくせに部下の死には誰よりも悲しむ、優しい人だった。目の前で仲間が死んでも泣くことも出来ずただ怒りに任せて巨人を倒し続けていた私を優しく抱きしめて、そしてようやく私は悲しみを感じて泣ける。
泣けない私を泣かせてくれる。泣けなくなった死んだ部下や仲間の為に泣いてくれる、優しい人。それが夢の中のリヴァイ兵長の印象だった。

ガシリ、と強い力で肩を掴まれる。その衝撃に未だ寝ぼけていた脳がみるみる覚醒していく。
目の前にはリヴァイ先生がいた。その表情はどこか切羽つまっていた。訳も分からず首をかしげるしかない私に、行き詰ったような声で話しかける。

「なまえ?」
「……?なんでしょう?」
「なまえか?本当に、なまえなのか?」
「はい…先生どうしたんですか?なんか、変…」
「そうか…なまえか……、」

ふいに、強い力で引き寄せられた。途端にかおる石鹸の匂いがリヴァイ先生の着用している白衣だと気づくのにそう時間はかからなかった。
抱きしめられている、リヴァイ先生に。
その力強い腕も、石鹸の匂いも、なにもかも以前から知っていた。けれどそれは夢の話で目が覚めた私にとって目の前の男の人は教師で大人で、三年間という短い期間が過ぎ去ってしまえばただの「他人」だ。
恋人だった頃とは訳が違う。立場も関係も世間の目も何もかも違うのに。

「や、やめ…やめてください、先生」
「なまえ、」
「離して…やめ、」
「なぜ拒む、昔はこうしてやれば喜んだだろう、なまえ。」



昔って、いつ。昔って、私と先生が係るようになって半年もたってないじゃないか。抱きしめられたことも喜んだこともない。なのに、なんで…。
そこまで考え、そしてひとつの結論に至った。

「先生…どうして、思い出しちゃったの…?」

前世の記憶なんていいものなんてひとつもない。たとえ恋人がいて幸せな瞬間があったとしても、それでもあの残酷な世界で生きていた彼女は私から見れば到底幸せとは思えなかった。
月に一度の壁外調査。昨日まで一緒にご飯を食べていた友人はただの肉片となり、ひどい時には死体すらも拝むことすら叶わず報告書に「死亡」の文字だけが刻まれ終わるのだ。人の命などただの紙切れ一枚で処理される、その程度の世界で必死に生きる。そんな夢を毎日毎晩強制的に見させられ、その残酷で非情な光景を幼い頃からずっと見続けていた。

「どうして、だと?」
「だって、先生、昨日まで全然そんな風じゃなかった…私の事なんて、ただの生徒としか見てなかったじゃないですか。」
「…そうか、やはりお前が見ていた夢は前世の夢なんだな。」

前世なんて私達には関係ない。
この平和な世界で新しい世界で、新しい人生を歩んでいる我々にはまったく関係ない。
過去に振り回され過去を懐かしみ、そこから何が生まれるというのだ。

「答えろなまえ、何故俺に告げなかった。」
「なんで、なんて…どう言えばいいんですか。私と先生は前世に付き合っていたんですよ、なんて、そんな事誰にも言える訳ないじゃないですか…」
「………、なまえ…」
「思い出さなくてもよかったのに…どうして…、っ」

じわりと涙が滲んできた。やるせなさと虚しさに心臓が締め付けられた。
私が泣くとよく涙を拭ってくれた。その手はリヴァイ兵長ではなくリヴァイ先生だ。だから私はその手を拒む。

世界は自由になった。奪われる事も踏みにじられる事もなくなった。
だったらもっと自由に生きればいいじゃないか。過去を捨てて前世の事など忘れて、自分のやりたいことをやって好きな事をやって、仲の良い友人たちとずっと仲良くして、そして本当に心から愛した人とこの人生が終わるまでずっと一緒にいればいい。
新しい恋をして新しい人生を歩めばいい。

「私の事なんて、忘れていいから。」

だから、今度はもっともっと幸せになって。
捕まれた手首の骨が軋んだ。後から見るとくっきりと指の跡が残っていた。


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