04
「あ!なまえ!!丁度いいところに!!」
「…なんですか、ハンジ先生。」
「いや実はさぁ今プリントのしおり作る作業してたんだけどちょっと部活動で呼ばれちゃって偶然隣にいたリヴァイに仕事押し付けたはいいんだけどさすがに良心の呵責が痛むからちょっとリヴァイ手伝ってきてあげてよ!!」
「え〜いやです…だってリヴァイ先生完全にへそまげてるじゃないですかぁ…そんな気まずい雰囲気いやです…」
「いやいや、このとーりだって!すぐ戻るし!!あとでジュースでも奢ってあげるから!!」
「えぇ…私今日寝不足だから早く帰る予定だったのに…」

担任の先生にここまで頭を下げられては了承せざるを得ない。NOと言える人間になりたい。
溜息を一つついて了承の意を伝えると、帰りにコーヒー牛乳を奢ってくれる約束を取り付け駆け足でその場を去っていくハンジ先生の背中を見送った。

昨日はすさまじく夢見が悪かった。生まれた時から夢といえば前世の夢しか見ていない。
何度も他人の人生をループして印象的な所を断片的に見せられる。主観ではなく客観的に見せられ、目を閉じても耳をふさいでも情報が脳の中に直接入ってくる。
ただの日常風景ならまだいい。それなりに過酷な訓練ならいい。
「壁外調査」の夢は最悪だ。
昨日の夢は、たしか彼女が調査兵団に入って一番兵士の被害が大きかった調査だったらしい。何人も仲間が目の前で巨人に食べられ食いちぎられえぐり取られ踏み潰され、恐怖に歪んだ顔が醜く潰れ、先ほどまで人間だったものがただの肉片となっていく様をひたすら、一晩中見せられる。
悪夢でしかない。拷問でしかない。
でも彼女はそんな仲間の姿を見て激昂するわけでも泣き叫ぶでもなく、ただひたすら仲間を食い散らかした巨人を確実に仕留めていった。次第に彼女の周りは巨人が死んだ際に沸く白い蒸気まみれになってその蒸気で彼女すらも見れなくなったところでようやく朝になって目覚めた。

寝ていたはずなのに、まったく寝れなかった。
夢を見る度に疲れる私の体は常に寝不足状態だ。満足に熟睡できた事もなければ、寝て起きたら朝でした、なんていうすがすがしいものでもない。
慢性的な睡眠障害だから薬がなければ満足に寝れない弱い身体だ。夢の中の私とは大違いだ。

ぼんやりと、若干フラフラしつつも理科準備室に行くとそこには案の定リヴァイ先生が苛立ったように作業をしていた。

「…なんだ。」
「えっと、ハンジ先生に言われて手伝うようにって。」
「チッ…あのクソメガネ…」

舌打ちをした先生は更に不機嫌な顔になった。
荒々しく作業していた手を一旦止めて傍らに置いてあったマグカップを片手に奥のコーヒーメーカーから注ぐ。流れるような動作で隣の小さな棚からもうひとつマグカップを手に取って同様にコーヒーを注いだ。

「砂糖とミルクはいるか?」
「え、じゃあ2つずつください。」
「お子様だな。」
「女の子は大人になってもミルクティーとか甘いモノ飲みたがる生き物ですよ。」

ああ、それもそうだな、と遠くを見つめるその目には相変わらずなにも移していない。
雑用を押し付けられたことが未だ腹立たしいのか眉間に皺を深く刻みながらも甘い甘いコーヒーをごちそうしてくれた。御礼をいってマグカップを受け取るとじんわりと掌に伝わる暖かさ。半分寝ぼけていたであろうにカフェインは有り難い。
コーヒーを二人で飲み一服したら、そのあとは本来言い渡された作業を黙々と続けた。リヴァイ先生と向かい合うようにソファに座りセンターテーブルに並べられていた5枚のプリントを右から一枚ずつ重ねてはリヴァイ先生に渡しホッチキスを几帳面に止めていく、という作業をひたすら繰り返した。
特に会話もなくそこそこ気まずい空気になりながらも、今はひたすら早く終わらせて早く家で寝たいという欲求を叶えるために無心に手を動かし続けた。

「ずいぶん眠そうだな…ひどい隈だ。」
「あ…いやちょっと、夢見が悪くって…昨日はあんまり寝た心地しなくて。」
「なんだ、疲れてんのか?悩みでもあんのか。」
「いや、そういう訳じゃないんです…ただ、ちょっと、リアルな夢で…」

人の悲鳴とはやけに耳につくものだ。
何十回何百回何千回聞いても、聞きなれる事はいっこうにできない。肉が潰れる音も、骨が軋む音も、血が飛び散る音も、幼い私の精神を破壊するには十分だった。
自然と手が震えてくる。必死に震えを止める。どうせ誰にも理解できないんだから。

「なんで巨人がいない世界で巨人に脅えなくちゃいけないんだろう…」

どうして、世界は平和になったのに。
食物連鎖の頂点は再び人類になったのに、どうして私は未だにこんなことになっているんだろう。

「お前………、」
「…先生?」
「いや……、眠いなら寝ろ。ハンジは後から俺が殴っておいてやるから。」
「や、大丈夫です。私お薬無いと眠れないので。」
「……そうか。」

薬、という単語を聞いた時、リヴァイ先生の表情がわずかに歪んだ気がした。
その顔が昨日の夢の中の彼にそっくりだった。
全身血まみれで潰された仲間と蒸発していく巨人の屍の上に立つ彼女。そんな彼女を一番に見つけたのはリヴァイ先生に似た、彼女の恋人だった。
血まみれになりながら力なく笑って巨人殲滅の報告をする彼女を見る彼の目が、揺れていたのを、私は目覚める直前に横目で見た気がした。


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