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「高校卒業した翌月には結婚、翌年に妊娠させるなんて、字面だけ見たら教師失格だよね、リヴァイって!」
「うるせぇクソメガネ。さっさと手を動かせ。」

入院してから一週間。毎日が気が気でなく、最近は強制的に同僚であるハンジに仕事を手伝わせてなるべく早く帰宅しては病院に直行している毎日が続いていた。
確かにリヴァイは教え子である生徒であるなまえと結婚し、大学生であるにも関わらず妊娠させ学校も休学させてしまった、世間から見たら最低な男である。しかし彼の場合は事情が違った。
彼女の親は娘が生まれた時から見続ける原因不明の夢に悩まされていた。成長しても毎日のように見続ける夢、どこで子育てを間違えてしまったのかと本気で悩んでは、それでも娘が健やかに育てばいいと祈るように毎日生きていたと語った。そんな幼い娘がたまに嬉しそうな顔をしている。訳を聞けば、夢の中で一人だけとても優しくしてくれる人がいるらしい。その人はかなり年上の男性で、心が死にそうになっている彼女に手を差し伸べては優しく頭を撫で娘はその瞬間だけこれが夢と言う事を忘れて安堵するのだという。両親も顔も見ぬその男の存在が今の娘を生かしているのだと、感謝した。
その男が現実の世界にいるのだと知った時、両親はとても驚いた。同時にこの男に騙されているんじゃないか、と最初は警戒したと今になって笑って話してくれた。
しかし男に出会って夢を見なくなった娘は日に日に回復していった。青白い肌は白雪のような透き通った色に、目の下に常にあった隈は取れ長い睫がその大きな瞳を際立たせていた。妻に似て娘はやはり美人だと、酒に酔った父は自慢していた。
なにもかもこの男に出会ってから、娘の世界が変わった。これは紛れもない事実だった。
そして男に感謝した。娘と年がどんなに離れていようと、自分たちとそう変わらない年の息子ができる事に戸惑いなどどこにもなかった。
まだ二人が出会うずっと前、幼い小さな娘の隣にいてくれてありがとう。永遠に死ぬまで夢を見続けるのかと全て諦めていた娘を救ってくれてありがとう。君にはどんなに御礼を言っても足りない、本当にありがとう。
涙を流しながら感謝の意を述べられた。

「俺がどんなに社会的に最低な事してもお咎めなしなのは、あの両親のおかげだろう。」
「なまえのご両親。優しい方達だよね!」
「ああ…」

娘がどんな状態になっても最上級の愛情を注いできた。だからこそ、なまえも健やかではないにしろ心が壊れずにここまで育ち、父と母が娘を最愛してきたからこそ家族は離散せずに仲睦まじくここまでやってこれたのだろう。だからこそ、そんな娘を助けてくれた男がたとえ社会的に最低だったとしても、娘にとって家族にとっては救世主に等しい。故に義理とはいえ家族となった男にも無条件に好意を寄せまるで何十年も一緒に住んだ家族のように接してくれる。
結婚して家族が一人増えた。妊娠して家族がもう一人増えた。喜びはすれ咎める事はなかった。18年間死んだように生きてきた娘が人並み以上の幸せを享受するなら、たとえそれが少し外れていたとしても娘が幸せと言えばそれを応援するような、そんな優しい両親だ。
今だって妊婦の身で大変ななまえの世話を毎日のように母がやってきては人生の先輩として色々アドバイスをしてくれているらしい。父はといえばリヴァイと一緒になってベビー用品を買い漁る日々だ。その度に帰ってきては母に怒られている。なまえは苦笑しつつも、ほどほどにね、と言うだけで止める事はない。そんな娘を見る度父を甘やかすなと母が叱りつける。
これが家族か、とぼんやり思っているとそんなリヴァイの手を取りなまえは幸せそうに笑うのだ。
私達もあんな風に仲良しな夫婦になろう、と笑うのだ。
その度にその柔らかい手を握り返し、そうだな、としか言えなかった。年甲斐もなく幸せで胸がいっぱいになってそれ以上の言葉がでなかった。

夕方になりそろそろ仕事が終わろうかという時に、リヴァイの携帯がなった。
表示はなまえの母からだった。もしや、と思いつつ通話ボタンを押すと、

「リヴァイさん!なまえの陣痛がはじまったわ!!」
「…っ、今すぐそちらに向かいます。」

焦ったような声が聞こえた。震える声をなんとか抑え返答すると、通話終了ボタンを押す。
リヴァイの敬語うける、などと爆笑していたハンジの頭を殴り飛ばす。

「いいよ、行ってきなよ、あとは私がやっておくからさ。」
「…悪い、」
「いーっていいって!なまえちゃんによろしくね!!頑張れおとうさーん!」
「てめぇがお父さん言うな、虫唾が走る。」

悪態をつきつつも、急いで教職員用の駐車場まで走る。廊下は走るなという黄ばんだ張り紙には目もくれず、さすがの自分も余裕がなくなっているらしいと実感して少し笑った。



病院に着くと分娩室の外では義父が一人ソファで頭を抱えていた。リヴァイの姿を見るなりいい年した大の男がその目に涙を滲ませていた。義母はなまえに付き添って一緒に分娩室の中だそうだ。
時折聞こえる声に生きた心地がしなかった。
陣痛がはじまったからといってすぐに子供は生まれる訳ではない。難産ともなれば平気で日付を跨ぐこともある。
なまえの母はなまえを産んだ時はそれはそれは安産であっさりと産まれたらしい、遺伝していれば私も安産だから大丈夫だよ、なんて笑っていた。しかし心配なものは心配だ。
大の大人二人が情けなくソファに座ったり廊下を行ったり来たりと落ち着きなく歩いていた。こんな時男とはなんとも無力なものだと、自分の情けなさに歯軋りした。





到着してから数時間、夜も更け、日付が変わって数時間が経った頃。
生まれた事を歓喜する叫び声が深夜の病院に響き渡った。

その声を聞き、隣でうたたねしていた義父をゆすり起こす。




そして赤ん坊と妊婦がいる個室の病室に通された。
白とクリーム色で統一された部屋に備え付けられたベッドの上に、少しだけ憔悴したなまえが横たわっている。こちらの姿を見て力なく笑った。

「リヴァイ…産まれたよ…」
「ああ…よく頑張ったな、なまえ」
「へへ…可愛いね。」

枕元に一緒に眠る生まれたばかりの赤ん坊を抱き寄せる。
なまえの目から大粒の涙が溢れてきた。


「やっと、会えたね…」

その言葉を聞いて赤ん坊が小さく笑った。


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