12
帰り支度をしていた時、ハンジ先生に声をかけられた。また雑用かな、と一瞬警戒するもそんな私の様子を見て慌ててそれを否定する。
ただ少し話がしたいだけなんだ、と前置きして手首を掴まれ有無を言わさず連れ出される。
一緒に帰るはずだったぺトラが気を使って待っていようか、と声をかけてくれたのに何故かハンジ先生が「私の話自体は短いけどもしかしたら色々長引くかもしれないよ。」なんて言うから、ぺトラはあっさりとカバンを持ってまた明日、と声をかけ颯爽と帰ってしまった。
まるで逃げ出すのは許さないとでもいうように掴まれた手首がじくじく痛む。ハンジ先生自体はそんなに力を入れていないのに。

「ハンジ先生…あの、手首痛いです…」
「えっあ、ごめん!そんなに力入れてなかったんだけど…」
「いえ…えっと、そうじゃなくて…」

一晩寝てもリヴァイ先生に捕まれた跡は消えなかった。それどころか若干痣になっていたのには少し驚いた。
手首の痣を見たハンジ先生がぱちくりと何度か瞬きした後、気まずそうに目線を逸らした。

「ごめんね、リヴァイも必死なんだ…」
「……いえ、」

なんだ、ハンジ先生も思い出したのか。その考えに至り、溜息を一つこぼした。


連れてこられたのはいつもの理科準備室だった。理科教科担当であるリヴァイ先生の私室になりつつある部屋。誰にも邪魔されないという点ではこれ以上の場所はないだろう。
案の定不機嫌ゲージマックスのリヴァイ先生が悠然と備え付けのソファに座っていた。そんなリヴァイ先生を押しのけその横にハンジ先生も座り、対面のソファに私が座るように促された。
リヴァイ先生が一言も発せずに立ち上がり私とハンジ先生の分のコーヒーを用意する。私にはいつものように砂糖とミルクが二つずつ入った甘いものを渡された。
マグカップから伝わる温さに一旦心を落ち着かせる。ふう、と一息ついてマグカップを机に置くとようやくハンジ先生が口を開いた。

「さて、連れてこられた訳は大体わかるよね?」
「…はい。」

これはなにかの尋問だ、と頭の片隅で思った。

「夢はいつから見てたの?」
「いつから、と言われても…きっと、生まれた時からだと思います。」
「え…生まれた時から?」
「はい…少なくとも物心ついた頃には。」

夜泣きがひどい子供だったと聞いた。両親だけでなくおばあちゃんやおじいちゃんも私の夜泣きのために協力していたらしい。夜泣きのせいで段々ふさぎ込んでいく母を見かねて、親戚一丸となったと聞いた。今でこそ両親は笑っていたが、一歩間違えば私の家庭は崩壊していたかもしれない。
それも巨人の夢によって。

「夢はどれくらいの頻度で見るの?」
「頻度…?夢って毎日見る物じゃないんですか?」
「……夢ってのは毎日見るもんじゃねぇ。眠っていても脳が働いているから人に夢を見させる、脳が勝手に作り出したストーリーを睡眠中に見る、これが夢だ。だが夢を見ている間は脳は休めていない。なまえが毎日寝ているのに寝不足のように疲れ切っているのは毎日見る夢のせいだ。」
「まぁまぁリヴァイ落ち着いて、なまえちゃん泣いちゃうでしょ?」
「…チッ」
「で、その夢ってやっぱり前世の夢?壁とか巨人とか調査兵団とかの。」
「はい。」

やっぱりそうか、と一言呟いた。そして眼鏡の奥のハンジ先生の目が変わった。いつもの陽気に輝かせた目から、私を射抜くような鋭い目に。
まっすぐに私を見て、先ほどとは違い低い声でゆっくりと口を開いた。

「実はね、私やリヴァイも昔は夢を見たんだ。壁に囲まれて、巨人を殲滅して、大事な友や仲間に囲まれて、その仲間達が巨人に食べられる。それはもうひどい悪夢でね…それでも毎日は見なかったものだ。」
「俺だけじゃねぇ、エルヴィンやミケも昔は見ていた…今はもう見てねェらしいが。」
「……大人になれば見なくなるってことですか?」
「いや、実はそうでもないらしい。確かに私もエルヴィンもミケももう夢は見ていないんだ。でも不思議なことにリヴァイだけが未だ見続ける。頻度は昔よりは減ったけどね。」

首を傾げる。結局何が言いたいのか、わからなかった。
夢を見なくなるならそれは嬉しい。もう二度と悪夢を見なくなれるならなんでもする。
夜になるたび怖かった。今日はどんな夢なのだろう。何度も見せられる悲惨な光景に何度も吐いた。眠るのが怖くなって薬がないと眠れなくなった。医者に掛かれば精神病と診断され何度も檻の中の病室に送られそうになった。
ぜんぶ夢のせいだ。
世界が平和になったのに、私は未だに巨人に脅えて生きている。

「エルヴィンには前世で部下がいた。その中でも絶大な信頼を寄せていたらしい、私やリヴァイ、ミケに出会って夢を見る事はなくなった。ミケも同じ調査兵団で何年も共に戦場を生き抜いてきた私やリヴァイ、信頼を置いていたかつての部下と出会って夢を見る事はなくなったらしい。そして私も、友人のリヴァイと幼馴染として昔から共に生きてかつての部下だったモブリットと出会ったことをきっかけに夢は見なくなったんだ。」
「……はぁ、」
「私が推察するにね、どうやら前世と深くかかわった人とまた同じ関係を築くと夢を見なくなる可能性はなくなるらしい。夢を見る事もその頻度もぐんと減る。そして前世の夢は皆誰もがみる訳じゃない。現に君の友人であるぺトラは君を知らなかっただろう?」
「…はい、確かに…」
「ぺトラも、隣のクラスのオルオもリヴァイに出会ってなんの反応も示さなかったらしい。あんなに慕っていたのにね…それは少し寂しくもあるけれど、それでもあんな夢なんて見ない方が幸せなんだろうから仕方ない。彼らには新しい人生を歩んでもらいたいからね。」

ぺトラの死に目を私は知らない。その前に私は死んだから。でもハンジ先生の口ぶりからやはり彼女たちも悲惨な死を遂げたのだろう。
新しい人生を歩んでもらいたいと言ったハンジ先生。私も彼女がこの世界で自由に自分のしたい事をして自分で選んだ友人と仲良くして、そして幸せになってくれれば私も嬉しい。
でも、前世で友人だったぺトラがまた再び友人として隣にいてくれる。これは何かの奇跡なのだ。彼女が私の友人でありたいと自ら選んでくれてそれで隣にいてくれるのだから、奇跡以外の何物でもない。
訓練兵で同室というだけで、仲良くなった友情ではないのだ。たった数人しかいない部屋で育まれた友情よりも、何十人といるクラスメイトの中から私を選んで仲良くしてくれたのなら。
それが私の望んだ「自由」なのに、

「でも夢を見なくなるためには、以前自分と関わっていた人間と同様の関係を築く必要がある。今私が知る限り今でも夢を見続けるのはなまえと…リヴァイだけなんだ。」
「………でも、」
「なまえ、よく考えてくれ。君の夢を見る頻度は異常だ。リヴァイも私も小さい頃から一緒にいたから夢なんて月一くらいでしかなかった。エルヴィンとミケも家が近かったらしく小さな頃から顔見知りだったため、夢の頻度はそう多くなかったらしい。それなのに、君の周りには誰もいない。毎日毎晩その夢を見ていてよく心も壊れず身体も壊れずその年まで育ったと感心するけど、毎晩薬を飲んで強制的に眠るなんて生活をこの先永遠に死ぬまで続ける訳にはいかないだろう?そんな生活を続けていればいずれ…、」

そして一言置いて、

「死ぬぞ、なまえ。」

リヴァイ先生の放った止めの一言で、思考回路がどんどん冷えて行った。


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