06
常連、だとは思う。だからといって週に1回か、2回程度。しかも壁外調査が近くなれば作戦会議や実践訓練と立て込んで朝早くから夜遅くまで職務は続いた。
ここ最近はずっとその調子でしばらく顔を出せなかったが、今日は珍しく仕事が早く終わった。壁外調査を来週に控えた今、この日を逃せばしばらく来れないかもしれない。
そう考えると自然と足は食堂ではなく、あの店へと向かっていた。

店につくと活気ある雰囲気、酒を飲みかわし言葉を交わす客。来客の姿を見つけるといらっしゃいませ、と優しい声がかけられる。勘違いでなければ、俺が来た時はほんの少し嬉しそうになまえは笑ってくれるのだ。訓練や執務作業で疲れていた身体もこの笑顔で全て吹き飛んでしまう辺り、自分もわかりやすい男だったということか。

「お久しぶりですね、リヴァイ様。」
「ああ、そうだな…二週間ぶりといったところか。」
「いいえ、三週間と四日ぶりです。…随分とお疲れですね。」

表情筋をひとつも動かしていないのになまえは少し心配そうに言葉をひとつ漏らした。
感情を表にさらけ出すほどわかりやすい顔をしている訳でもないし、ほんの少しの疲労で憔悴してしまうほど柔な身体でない事を自負している。
大丈夫ですか、と声をかけ座る俺を覗き込むようななまえに小さく笑う。これではまるで新婚夫婦のようだと頭の中で浮かんだ不埒な妄想をしては、すぐに掻き消した。

「なら飯をくれ。お前の作る飯はうまい。」
「あら、お店の食事は全て父の作ったモノですよ?私の手料理はいつかのお昼限定です。」
「なんだ…ではまた買い物帰りの後でもつけるか、手荷物でも持ってやればまた作ってくれるのか?」
「いいえ、リヴァイ様には御贔屓にしていただいておりますので御望みとあらばいつでも腕をふるって差し上げますわ。でも今日は父の食事で我慢してくださいまし、父の方が美味しいんですのよ?」

たしかにこの店の料理はうまい。内地の高級料理店のような貴族が行くような所で食べる飯に似ている。その味が庶民料理で高級料理のような味わい故にこの店は繁盛しているのだ。
しかし今日は以前食べた温かみのある素朴な味わいが中々恋しい。
手渡されたメニュー表もこれといって食べたいものもなく、かといって酒を飲む気分でもない。では何のために来たのかと問われればただ、外に出る前になまえの顔を、料理を、食べておきたかったという訳だが。

「ううん…リヴァイ様本当にお疲れなんですね。」
「…言う程疲れてねェ。」
「いいえ、私の目にはいつもの五割増しでお疲れのようにお見受けいたします。たしかに疲れている身体に父の料理は味が少し濃いですから、仕方ありませんね。」

内緒ですよ?
人差し指を唇にあて、誰にも聞こえないように身を屈めて囁くような声で小さく笑った。
二人の顔が触れる程近づいて二人の髪が交わる。その仕草に年甲斐もなく心臓の鼓動が少し早くなったのを聞いた。

「私達の賄いでしたら先ほど開店前に私が作ったものがあります。まだ誰も手を付けていないので、お望みでしたらそちらをお持ちいたしましょうか?」
「…いいのか、」
「ええ、リヴァイ様にだけ特別に裏メニューということで。といっても本当に簡単なスープと野菜のソテーですのでお口に会えばよりしいのですが。」
「いや、それがいい…頼む。」

なまえの手料理が食べられるのなら最早なんでもいい。それを胃袋にいれるためだけにこの店にわざわざ足を運んだのだから。
俺の我儘にもかかわらず嫌な顔ひとつする事もなく、では少々お待ちください、といつもの様に笑って店の奥に下がった。
優しい声と柔和な笑み。どうやら、自分で思っていたよりも疲れ切っていたらしい。一か月ぶりのなまえを感じて、疲弊していた精神が少しずつ回復していく。
なまえが少し照れながらも笑いつつ、店の奥から料理を持ってくるまで俺はじっと目を閉じた。瞼の裏にはなまえの笑顔がはりついていた。


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