05
あれからなまえとイアンは一言二言だけ交わすと、イアンは一度俺に頭を下げて踵を返して自身の駐屯兵団の本部へと帰っていった。
なまえもこちらを見上げて「帰りましょう。リヴァイ様のお昼の時間が遅くなってしまいます。」と何事もなく歩き始めた。
ただの一般市民が駐屯兵団の精鋭である男と知り合いとは考えにくい。いつ出会ったのか、どういう関係なのか純粋な疑問が頭の中を満たしていく。

店の裏にある自宅らしい建物まで案内される。店と同様こじんまりした雰囲気で中は狭いが綺麗に整頓されていた。キッチンとテーブルと椅子が二つ。奥は二段ベッドがちらりと見えた。
せまくてごめんなさい、と声をかけられる。振り返るとにこりと笑ってお手洗いはこっちです、と笑って案内され一緒に手を洗った。それもかなり念入りに。
それからなまえは手慣れたように長い髪をひとつにまとめエプロンを装着するとさっそく昼飯を作り始める。

「リヴァイ様、聞きたくてしょうがないって顔されてますね。」
「まぁ興味はあるな。あの男は駐屯兵団の中でもそれなりの地位にいる男だ。壁の門番をしている兵士や大砲ぶっ放してる兵士とは格が違う。そんな男とどこで知り合ったのかと思ってな。」
「リヴァイ様、以外とおしゃべりな方なんですね。」
「馬鹿言え、俺は元々よく喋る。」

ふふ、と楽しそうに笑って買ってきたばかりの野菜を洗って細かく切り始めた。

「では手持無沙汰のリヴァイ様に、昔話でもお話して差し上げましょうか?」
「ああ、頼む。」

どうせ、昼休憩はまだまだ長いのだから。



―――なまえは二年前までは訓練兵団に所属していた。成績も優秀でとりわけ立体起動においては十年に一人の逸材と言われた。
立体起動だけではなく、対人格闘においても自分の倍はあるであろう男をいとも簡単に投げ飛ばし、当時教官であった男に言われ十人の訓練兵を相手にしても、その柔らかな笑みを浮かべて投げ飛ばしていたと言う。
座学においても優秀で、作戦理解度も高く現場での的確な判断と広い視野のおかげで、今卒業しても即戦力になる、とさまざまな教官から称賛を送られていた。
誰もが主席で卒業するのだと思っていたが、彼女は上位十名にも入らなかった。

「手を抜いたのか。」
「ええ、抜きました。」
「なぜだ。」
「私、別段憲兵団に入りたいとは思っていませんでしたから。それに私が訓練兵をしていた時期に壁を破られてしまったので、憲兵団になりたいと希望していなかった子も死にもの狂いで勉強していたのを目の当たりにしていたので、どうせならなりたい方がなればいいかな、と思いまして。」

壁が破られたと、風の噂で聞いた。まだ卒業前の訓練兵故に現場に駆けつける事はなかったが、それでも聞き及ぶ巨人の噂に未熟な子供である訓練兵は恐怖した。調査兵団だけではなく、駐屯兵団もいざとなれば命の危機に迫られる。それなら安全な内地で貴族の護衛でもしている方が命の保証は固い。
そういって不真面目にやっていた対人格闘も、捨てると決めた座学のテストも徹夜して皆頑張り始めた。

「ここだけの話、本当は調査兵団に入りたかったんです、私。」
「ほう…何故だ。」
「壁の外にいる巨人は殺しても構わない生物なのでしょう?ですから皆殺しにしてさしあげたくって。」

いつもより喜色を浮かべた笑みで包丁片手に振り返るなまえは中々猟奇的な絵になっていた。
死んでやるつもりも殺されるつもりもサラサラなく、常に明確な殺意を持って巨人に見立てた木の板に立ち向かっていった。もしかしたら死角から腕がのびてくるかもしれない、奇行種が飛び跳ねてくるかもしれない。訓練中では絶対にありえない事柄も想定しつつ戦っていた。
訓練兵の中で敵は叱りつける教官でも、順位を争う同期でもなく、いつも壁の外にいる巨人に向かっていた。


「でも、丁度卒業した日に、両親が事故に会いまして…母は即死、父も足を不自由にしてしまって。私の家は兄弟がおりませんので、店の面倒も父の介護も私がせざるを得なくなってしまって。そんな状態では調査兵団どころか、兵士として生活するのもままならないと判断しました。」

幼い時期を過ごしたこの小さな店と父を守っていこうと、ただの15歳のガキが決心するにはあまりにも早すぎる。だからどこの兵団に所属するでもなく、卒業したその日に兵士である人生を捨てたのだとなまえは笑った。

「でもそんな私にイアン様は声をかけていただいたんです。私のような人間をみすみす市民に戻すのはあまりに惜しいとおっしゃっていただいて…だから、駐屯兵団所属で休団という形を取っていただきました。」
「知り合ったのはその時期か…」
「ええ、といっても訓練兵の頃から目をかけていただいたので。」

そんな昔話をしていると、どうやら昼飯のスープが出来上がったらしい。スープのいい香りが狭い部屋に充満する。鍋を何度かかき混ぜると棚の奥から深めの器を二つ取り出す。身長が足らないのかわざわざ台座の上に乗って取っている姿がなんだか愛らしいと思った。
何か手伝おうか、と声をかけると、では机を拭いてください、と見ずに濡らした布巾を手渡された。そしてテキパキと盛り付けをして、ランチョンマットと銀食器をならべると出来上がったばかりのスープを机の上に置いた。
籠にいれられたパンとスープ、いつの間に作ったのかサラダとドレッシングも用意されていたらしく、兵団の食堂で食べるよりはいくらか豪華な昼食が机の上を彩った。

「でも、父の足も杖があれば歩ける程度に回復しましたし、最近は手伝いの子も雇いました。ですから、私はそろそろお役御免です。」
「…兵士に戻るのか。」
「ええ、父ともそういう約束です。店がまた軌道に乗ったら私の好きな事をしてもいいと。」
「…調査兵団に来るのか。」
「ふふ、リヴァイ様がいらっしゃるならそれでもいいかもしれませんね。」

笑って、そういう。なまえが来るなら兵団としてもありがたいと思う。うちは慢性的な人手不足だ。入ってくる人間より死んでいく人間の方が断然多い。
もちろんそれだけの理由ではないかもしれないが。



「リヴァイ様の背中を守って戦えるなら、調査兵団もとても魅力的ですね。」

そう小さく呟かれた声に、思わず口に運ぶ手が止まった。
顔をあげるといつもと同じ、いや、いつもと違い少し頬を染めたなまえがパンを頬張りながら笑っていた。


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