02
顔をあげると酒に飲まれて顔を赤くさせた親父が二人。怒鳴り声をあげて口論していた。
酒の席ではよくある事だ。ストレスを感じない人間はおらず、酒によって箍が外れていい気分になり普段は抑圧するような事をつい口走ってしまう。それによって人間関係に齟齬が生じ周りの迷惑も顧みず、自分のしたいようにして、その結果喧嘩をしてしまう。
止めようとする店員の声も耳に入らず、たしなめる連れの声も聞こえず、結果誰かが連れてきた憲兵によって取り押さえられるのだ。

「あーあ…どうする?止める?」
「やるならお前がやれ…俺は触りたくもねぇ」
「ええ…でも私ほろ酔い気味で拳に力が入らないんだよねえ」
「チッ…」

周りの客が戦々恐々としているのは何も酔っ払い同士が喧嘩しているからではない。残念な事に今日は巷で有名な「人類最強兵士」がこの場に居合わせたからである。
私服なら気づかれなかったかもしれないが今は自由の翼をまとった制服である。立体起動装置こそつけていないものの数少ない調査兵団で人類最強とも呼ばれれば市民も顔くらいは覚えるのは時間の問題だった。
ただでさえ人類の希望などと呼ばれているこの身、なんとかしてくれという店中の視線がこちらに向く。
不快感を隠すわけもなく、あの酔っ払い二人を蹴り飛ばしてもう帰ろうと、この後の予定を頭の中で立てたところで音を立てながらその場から立ち上がる。

すると丁度タイミングよく先ほどの店員が酒の追加注文をもってきた。
機嫌が一気に下降していつもより三割増しほど目つきが悪くなったであろう睨みに怯みもせず、にこりと笑って先ほどと同じ柔らかな口調で「お待たせいたしました」と、声をかけテーブルに並々と注がれた酒を置いた。
するとチラリ、と喧騒の方に目を向けて「あらあら、」と気の抜けた声を出す。

「なまえちゃん、あれどうすんのよ。」
「どうって…ううん、あの女の子の声にも耳を貸していただけてないようですし、お連れ様の声も聞こえていませんねぇ…完全にお二人の世界ですね。」
「このままじゃ酒がまずくなる。なまえちゃん、頼むよ。」
「はぁ…致し方ありませんね。少々お待ちください。」

隣の席の初老の男性が、女の店員になれなれしく話しかける。常連なのだろうか。名前を呼び、いつものことだろうと調子よく話しかける。
すると店員は肩を落とし、困ったような顔をして息をひとつ吐き出すと、二人の親父が口論する所へ向かっていった。



「お客様、いい加減罵り合いの語呂も尽きた頃でしょう?いい加減おやめになってはいかがですか?」
「なんだ姉ちゃん?邪魔すんじゃねぇよ!」
「そうだ!!もとはといえばこいつがっ!」
「はいはい、ですが喧嘩なら外でお願いします。うちはこの通り狭いお店ですのでお客様のような方が二人揃ってつかみ合っていると他のお客様にもご迷惑です。ほら、このコップはどちらが弁償していただけるんです?」
「それはこいつが頼んだ酒だろうが!!」
「元はと言えばテメェの肘が当たって落ちたんだろうが!!!」
「んだとこら!!」
「あ?やんのかこら!!」

売り言葉に買い言葉。埒があかない罵詈雑言の応酬に見てるこちらも辟易してくる。しかし相対する女店員は先ほどから柔和な笑みを浮かべて、先ほどと変わらない言葉遣いで対応していた。
よほど気の長い女なのか、それとも怖いモノ知らずなのか。どちらにしてもあの女一人でこの場が収まるとは到底思えなかった。
やはり手助けだ必要かと、今度は心の中で舌打ちをした。仕事がひと段落して飯を食いに来たらこれだ、今日はついてない。



「では、お二人には強制的に退店お願いしていただきますね。」

やけにその声が、店内に響いた。
そしてやけに大きく響く、金属の鈍い音。

女店員は、手に持っていた金属製のお盆を二人の男の顔面に強く打ちつけた。それだけでも大分痛手であろうに容赦なく、今度は後頭部に強く打ちつけた。当然脳を揺らされた男は脳震盪を起こしその場に倒れこんだ。

「なにしやがんだ女ぁ!!!」
「あら、喧嘩するほど仲がよかったのかしら。もしかして言い合いしている間に仲間意識でも芽生えたのかしら?」
「調子にのるなよこのアマ!!!」

頭に血が上って冷静な判断ができなくなった酔っ払いが、次は自分に被害がくわわると本能で感じ取ったのだろう。まるで先ほどの男の敵討ちとでも言わんばかりのセリフを吐き捨て女店員に掴みかかる。
しかし、動きは女の方が素早かった。
身体全体で掴みかかろうとしていたせいか対象物が避けてしまえば前傾していた体はそのまま地面へと傾いていく。酒によって覚束ない足取りながらもなんとか踏ん張ると避けた女を睨みあげる。そこに容赦なく女がその男の顔面を蹴り上げた。

目を見張るべきは女店員の身軽さだった。ただの女にあのような芸当はできない、喧嘩慣れをしているようにも見えない。しかし最初の男の背後に回ったときの動きといい、掴みかかってくる酔っ払いから避けた時といい、まさに瞬間移動ともいえるべき早業だった。
動体視力は動物並みにいいと自負しているが、それでもその動作は「いつの間にか」がふさわしいと思った。


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