07
ある日の昼下がり、昼休憩の時間帯。といっても二人は仕事をサボりすぎてまともに休憩も取れないくらい仕事が溜まっているのだが、休憩を取らないと労働基準法的に問題になると無理やり現世の法律を持ち出してきてはちょくちょくサボっていた。
先に口を開いたのは男の方だった。隣を歩く女性に振ったのは今自分たちの中でとある噂でもちきりの渦中の二人の話についてだった。瀞霊廷内をのんびり歩きながら、男はゆっくりと口を開いた。

男という生き物はボンキュッボンが本能で好きという大変やっかいな生き物だ。そして人間というのはギャップがあればあるほど萌えるものだ。
みょうじなまえという少女はその全てを満たしている生き物だった。
小さい背丈に幼い顔立ち。まだまだ周りの隊長格と並ぶと明らかに色々小さい。十一、十二番隊の副隊長達といい勝負である。顔も表情も言動も行動も、全ては十を少し過ぎた少女たちとなんら変わらない。そう、体系以外は。
彼女は背丈こそ低いものの出るとこは出て締まるところはしっかり締まっている。数値的には十番隊副隊長といい勝負である。そこらの大人の女よりもグラマラスなスタイルの持ち主である。

これぞ、合法ロリ。
貧乳好きの危ないロリコン達からは邪道だのなんだのと言われているが、普通の男から見たら将来の期待ナンバーワンの逸材である。このまま十番隊副隊長のように美しく妖艶な大人の女に育ってもらったら、完全に我々の射程内という所にいた。
しかしその夢は儚くも散ってしまった。
かねてより深い交流もあり自隊の隊長と大大的にお付き合いをしてしまったのである。完全にダイヤの原石を掻っ攫われたと瀞霊廷の男たちは意気消沈してしまった。こんな事ならお菓子でもなんでも釣って自分に気を引き留めておけばよかったと何人の男達が地面に拳を叩き付けただろう。

「そんな事したって、あの子には平子隊長だけじゃなくて愛川隊長とか猿柿副隊長とかナイトは山程いるから、どこぞの馬の骨に靡く訳ないのにねぇ」
「それにそんなんしてしもたら五番隊長さんブチ切れて馬の骨さんも粉々に殺されるんとちゃうん」
「あー確かに確かに、平子隊長がイライラするのって大体髪型決まらない日かみょうじ副隊長関係だけだもんねー」
「ほんまやーなまえと仲ええからって嫉妬されまくっとったボク見てなかったんか、この子ら。いつ殺されるかビクビクしとったんやでー」
「あんたいじめられてたの。なにそれ見たかったわぁ」
「もーめっちゃ怖かったわぁ…しかも空気読めずになまえちゃんがボクの事庇うもんやから余計イライラしとってなぁ…おもろかったわ」
「なに、あんたもおもしろがってたんじゃないの」
「やって、あの頃からもう夫婦みたいに仲良かったんやで?それやのに本人ら気づいてへんのやもん。まるで喜劇やわ」

という会話は馬の骨達には聞こえておらず、そんな事すらも他人事だというように十番隊隊長と十番隊副隊長は今日も暢気に仕事をサボり、談笑に真っ最中であった。



同時刻、別の場所ではまさに修羅場であった。

「平子隊長…なぜこのような所に」
「俺も隊長なもんでなぁ…あちこちにコネあんねん。せやからそいつら脅したらすぐ吐き寄ったわ。まさか男子トイレで男性死神協会の会議しとるとは思わんかったけどなぁ…」

十二番隊の副隊長がどんなに顔面に蹴りを入れようとも、自隊の副隊長や元三席がどんなに仕事をさぼろうとも、滅多な事では決して怒らない五番隊隊長が、今鬼の形相で目の前に仁王立ちしている。
放たれるオーラというか霊圧はたとえ副隊長クラスの三席達も思わず後ずさりしてしまうほど、重く重くのしかかる。
ビリビリと震える空気の振動を肌で感じつつ、合わせてしまった視線を逸らすこともできず、あまり働かなくなってしまった頭で必死に感がる。
そんな自分たちの様子を見て鼻で笑って、わざとらしく溜息をついて腕組みをする平子隊長。長い髪肩から落ちて無表情な平子隊長の顔に影を落とす。

「ひとつだけ、忠告したるわ」

ゴクリ、と思わず生唾を飲んでしまう。
カラカラに乾いてしまった喉が唾液だけでもいいと必死に水分を欲しているが、体中の水分はいま汗となって次々と流れ出て行っている。



「ほんまは、あいつん事誰の目にも触れさせたくないし、あいつの目に誰も写さんといてほしいっていうんが俺の本心や。それが叶わんならキミらの目ぇ全部潰したってもええし、なまえの事ずっと閉じ込めてもええんやで?何年も隊長しとるから貯金もあるし、隊長やから給料はええしなぁ。でもそれせえへんのは俺の慈悲や」
「…」
「なまえにとちゃうで?あいつはアホやから俺が閉じ込めたって対して気にせぇへんし、ひよ里やラブ達に会えるだけであいつの世界は完成なんや。最初からキミらなんて眼中にないんやからな」
「…」
「慈悲はキミらにや。やって、可哀想やろ?いずれ本当に自分を好きやって言う女が現れて、自分もその女が好きやって思ったらキミらはだんだんなまえの事なんか眼中になくなってくやろ?そんなキミらの目ぇ全部潰してしもたら可哀想やろ。たったほんの一瞬の憧れから来る好意のためだけにキミらの視界も未来も真っ黒にしたるなんてかわいそうやろ?そう思わん?」



いま、指先の一本でも動かしたらこの首は斬り落とされるのだろうか。もし、髪の一本でも動いたら息の根を止められてしまうのだろうか。
心臓を、命を、心を、脳を、鷲掴みにされたというのはこういう事なのだろう。
生命維持のために必要なすべての行動を、目の前の男が握りしめている。

その顔に表情はなく、目の奥にほの暗い炎がうっすら灯っているのがよく見えた。
この言い知れない恐怖に似た想いを、あの小さな少女は毎日毎日来る日も来る日もぶつけられているのか。それを毎日受け止めているのか。
自分たちの感情が憧れから来る好意だとしても、そこに入り込む隙間は一片たりともなかったと。いま全てで悟った。
この二人に干渉してはいけないのだ、と。

あの女に、手を出してはいけないのだと。

「こういうんキミらは引くやろ。俺かてドン引きや。せやけどこれは昨日今日の気持ちちゃうで、ほんまになまえの事どうにかしよう思うんなら目ぇ潰すだけではすまへんってこと、よう覚えときや」
「…う、ぁ…」
「なまえは俺のもんや。キミらが母ちゃんの子宮ん中おる頃からなまえはもう既に俺のもんなんや」

ヒラヒラと背を向けたまま気怠そうに振りながら男子トイレを出ていく。
ようやく解放された霊圧にズルズルと背中を壁に擦り付けながらやがて尻もちをつく。
まだ心臓はどくどくしているし、冷や汗はまだ止まらない。指先から徐々に震えだして三分後には全身がガタガタと震えだした。
そして脳が働きはじめて、一番最初に命令したことはこの場にいる全員共通していた。

「写真集の発売は中止だ」





「おかえり真子ートイレ長いよ」
「すまんすまん、大や」
「そうか、なら仕方ないね。ちゃんと手ふいた?」
「おーばっちりやで」
「…みょうじ副隊長、女の子なんですからそういう事口に出さないでください!もう!!」
「だって真子が遅いんだもーん。せっかく雛森ちゃんが御饅頭もらってきてくれたのにさぁ」
「ほー誰にもろたんや?」
「市丸隊長です。平子隊長におもしろいもの見せてもらった御礼?とかって言ってました」

思い出すのは先日の縁側での会話。
どうせそんな事だろうとは思ったが、本当に予想の通りになった。
嫉妬で荒れる元上官の姿を見たいがためにわざわざ餌をまいたというわけだ。ギンの思い通りになったのはあまりいい気がしないが、なまえの写真集を阻止できたので今回は見逃してやろう。本来なら拳骨の一つでもくれてやるところだ、まったく悪戯好きの元部下にも困りものだ。

「おもしろいってなんなの?わたしも見たかった!!」
「別に見んでええわ」
「なんでーなんでー」
「泣いてしまうで、嬉しくて」
「んー?全く言ってる意味がわからん、会話しろハゲ真子」
「ハゲてへんわ、ボケ。ほら、はよ饅頭くうで」
「わーい雛森ちゃんお茶!」
「はいはい、じゃあ御饅頭の用意しててくださいね」
「ガッテンまかせろー!」

そして五番隊はいつもの昼下がりを迎えた。
いつも通りの風景、いつも通りの光景。
男性死神協会を潰せたのは大きい。これでしばらくなまえに変な虫はよりつかなくなるし、変な事を企む男もいなくなるだろう。

この笑顔もこの仕草も髪の一本まで全部全部、俺のもんや。
饅頭を頬張るなまえの口の端についた白い粉を拭い取ってやると緩みきった笑顔を返してくる。饅頭がおいしくて浮かんだのか、俺と一緒に食べてるから嬉しいのか。

「やっぱりお昼は真子と一緒じゃないとねー」
「なんやねん、急に」
「午前カツカツで仕事頑張ったから休憩は真子と一緒じゃなきゃ緩まないっていうか、ほぐれないっていうか…真子の隣はまったりできるー」
「そーかそーか。でも食ってすぐ寝たら牛になんで」
「モーモー」
「牛にしては肉ついてへんなぁ。もうちょい肉つけやー」
「じゃあ美味しいものいっぱい食べさせて!」
「調子のんな、ボケ」

そんな昼さがり。ある日の昼休憩の一コマ。
五番隊はいつだって平和だ。ある男の心中以外は。

おしまい。


prev next

bkm
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -