06
自分自身はそんなに人の噂話というものに興味はなかったりする。意外と言われるかもしれないが、誰と誰が付き合おうが誰と誰が別れようがそんなのは長い年月を生きているとさして興味がなくなったりするものだ。人みたいな気まぐれな人間が何百年も同じ人間を好きでいられるなんて早々ない。いたとしたらよっぽどの物好きか、かなり盲目的でほんの少し歪んだ気持ちを持ってる奴だけだ。だから平気で付き合ったり別れたりしているうちは、まだまだお子様のお遊びみたいな気持ちなんだと冷めた目で見ている。
それが自分の事になったら別なのだが。
何百年も一人の人間が好きでその気持ちが移ろう事もなく消える事もなく、かといって諦めるどころか月日が経つにつれその気持ちは増殖して深まっていった。
そうなると自分はよっぽどの物好きか、盲目的で歪んだ感情の持ち主かという事になるのだろう。それを否定するつもりはない。何故ならもう既に自覚済みだ。自分の気持ちに気づいたのは何百年も前。この気持ちが止まらないという事を知って諦めたのも何百年も前。だてに片思い歴長いだけあってそれなりに我慢もできるし、普段通りにあいつと接する事だって容易にできる。所謂大人の余裕というやつだ。

「なーに黄昏てるん?隊長さん」
「…なんや、ギンやないか、なまえならおらんで」
「そーなん?別になまえちゃん目当てに来たんちゃうよー散歩や散歩」
「どうせサボりなんとちゃうん」
「そういう隊長さんこそ」
「俺は仕事ちゃんと終わりましたー終わってへんなまえ待ちや」
「おらんのとちゃうん?」
「三番隊舎に書類届けにいってんねん。それ届けたら仕舞いやから待っとれてうるさいんや、あいつ。一緒に晩飯の約束しとるからのぉ」
「へー相変わらず仲のよろしい事で」
「おかげ様でなー」

ぼんやり五番隊舎の縁側に腰かけて足をぶらぶらさせていたらフラフラと歩いてきたのは市丸ギン。相変わらずつかみどころのない笑顔を貼り付けて気味の悪い男だが、なまえは妙にこの男を可愛がっている。昔はギンを藍染の仲間として認識してそれなりに警戒していたのだが、あの男が死んでからはずっとなまえに懐いてなまえもこいつを可愛がってそれを五十年続けたあたりからもういいか、と警戒を解いた。それからはギンも気さくに話しかけるようになって何だかんだで上司と部下の関係は悪くなかったと思う。
だから十番隊の隊長にも推薦したったし、卍解もなまえに命令して習得させた。結構無理やりだったけど。
なまえとギンがあんまりにも仲が良いものだから昔はそれなりに嫉妬したりもしていたが、こいつには乱菊ちゃんもいるし、なまえの事は本当に恩人で上司としか思ってないという事もなんとなくわかったりしたので、いつしか醜い嫉妬心はこの男には向けなくなった。

どっこいしょ、とじじ臭い声をあげて隣に座るギン。仕事はええんか、とも思ったがこいつの部下は怒ると怖い乱菊ちゃんだし確か三席が天才少年だったと聞くし、そもそも他の隊の事など自分には関係ないからまぁいいか、とその考えも全て捨てる。
特に会話することなく二人一緒にぼんやり夕日に染まる瀞霊廷を見つめる。男二人が猫背で縁側に座り込んでいるとか、どんな光景や。気色悪いなぁ。

「そーいやおめでとうございます」
「あ?なにがやねん」
「あれ?知らんの?噂になってんで」
「せやからなにがやねん」

「なまえちゃんの写真集が満を持して発売予定やーって、乱菊もびっくりしとったわ」

誰と誰が付き合っただの別れただのという噂には全く興味ない。それならどこどこの和菓子屋はうまいだのどこどこのうどん屋はまずいだのという噂の方が興味あるし実用的だ。
それともう一つ。自分の女に対する噂。
隊長格ともなれば無条件に一目に晒される訳で、そいつを好きだと言う奴ならば星の数ほどいる。芸能人に恋しているようなモノだ。
自分を好きという人間がいるのも知ってるし、喜助とかギンとかローズとか拳西とか好きだって女もいっぱいいる。ラブだって見た目は取っつきにくい印象だけれど包容力があるだの真面目だの優しいだのと隠れファンはいる。
白だってかわいらしいだのリサだってぶたれたいだのと言う男はいっぱいいる。ひよ里のは興味ないけど。

なまえだって、もちろんいる。
ちょこまかと後ろについてくる姿が可愛いだの、脱いだらすごいだのイヤラシイ目で見てる男が山ほどいる事も知っている。
それが芸能人に対する感情と一緒ならば何の問題もない。少し煩わしいとは思うが、所詮は憧れから来る感情だ。それが何百年も継続して保たれるとは考えにくい。いつかは自分が本当に好きな女ができたらなまえを好きだと思っていた感情も忘れてしまうだろう。
そんな事わかってる。
わかっているのだが、やはり気に食わないものは気に食わない。

「そんなん聞いてへんで、俺」
「乱菊も聞いてへんからびっくりしとったんやけどなー」
「誰情報や、それ」
「九番隊のあのピョコピョコしとる女の子おるやん?副隊長さんの」
「白か」
「そんな名前やっけ。まぁその子がなんや写真集がどうたらこうたらって他の死神と話とったん、たまたま、聞いてしもてなー」
「ふーん…」
「せやからお祝いに来たんよー」
「あっそ…」
「ややなー隊長さん。そないなとげとげしい霊圧出さんといてや御めでたい事なんやから」

ニコニコと笑顔を貼り付けて特に心のこもってない祝われ方をしてもイライラするだけだ。
頬杖をついてぼんやりしていたはずなのに、気が付いたら眉間に皺が寄っていた。




「ギン」
「んー?」
「相変わらず、お前は性格悪いのう」
「そない褒めんといてーや照れるやん」
「褒めてへんわ、ボケ」

ジロリと睨んでやると対して表情も変えず口先だけで怖い怖いと言うギン。仮にも元上司にこの態度はないやろ、なまえの奴ギンの躾失敗したな絶対。
無言の圧力をじりじりと掛け合っていると、ふと、馴染みの霊圧が近づいてくるのを感じた。霊圧の様子から察するにかなりご機嫌であることがわかったのでどうやら無事に終わったのだろう。
しばらくすると軽快な足音と共に鼻歌まで聞こえてきた。廊下の突き当たりの方に視線をやると、満面な笑みを浮かべてなまえが帰ってきた。

「おー!チビギンじゃーんお久―――!!」
「なまえちゃんお帰りーおつかい終わったん?」
「ばっちり!でも三番隊の三席の子の残業が決定しました…すさまじい罪悪感がこの胸に突き刺さってます…」
「そうは見えんかったけどな」
「で?で??なんで真子こんなに怒ってんの?ギンなんかしたのん?」
「なぁーんもしてへんよーちぃとばかし世間話しとっただけやもん」
「はい嘘ーギンが真子の事怒らせるの上手だもん、昔ギンの顔見る度に真子がイライラしてたの知ってるんだからねー」
「それボクのせいやないよーなまえちゃんのせいやで」
「人のせいにすんな、コラ」

帰ってきた途端これだ。もう二人の仲はただの友人として変わる事はないと理解していても、それでもいい気はしない。
いつもなら少しだけイラっとするだけなのに今日に限ってイライラゲージがどんどん上昇していく。それに比例するように眉間の皺もどんどん深くなっていくし、奥歯をギリギリと噛みしめる。
ふいに、死覇装を引っ張られる。視線だけそちらに寄越すと暢気にヘラヘラ笑っているなまえが懐をごそごそと漁っている。どんなにイライラしていてもコイツの顔みただけでそれが随分和らいでしまう辺り単純だな、と自分自身に溜息をついた。

「あ、あった!」
「なんやねん…」
「じゃじゃーん!三番隊の子がね、今日までの割引券があるんだけど自分はどうせ残業で行けないからってくれたのー半額だよ、半額!しかも二枚あるから隊長さんと行っておいでーって言われたから今日のご飯ここ行こ?」
「………」
「ね?いこいこ?」
「……はぁああああ…しゃあないなぁ」

わざとらしく溜息をつけば素直に喜ぶ彼女の顔。その顔だけでさっきまでのイライラは全て吹っ飛んでしまう。本当に単純な事だ。
縁側から立ち上がって隣でぶーたれてるギンを見下ろしてやるとイライラする笑顔でヒラヒラと手を振っている。さっきまでの貼り付けた笑顔じゃなくて、これは人を小馬鹿にしている顔だと瞬時に理解すると背中に一蹴りいれて挨拶もせずに五番隊舎を後にする。
後ろの方でなまえがギンに軽く挨拶をして小走りにこちらに向かってくる足音を聞いてようやく苛立った波が引いていくように心が穏やかになった。

「で?機嫌なおった?」
「あーまぁな…すまんかったな気ぃ遣わせてしもて」
「んーんー全然いいよー」
「お詫びにデザートなんでも奢ったるわ」
「本当!?ヤッター!!」

女というのは本当に甘いモノに目がない。デザートで釣ると興奮して腕にぎゅうぎゅうしがみ付いてくる。
急かすように早く早くと引っ張ってくるなまえを見下ろしつつ、先ほどのギンの言葉を反芻する。



写真集、ね。
さて、どうしてくれようか。

つづく。


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