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真子と恋人同士になって変わったことと言えば、特にあまりなかったりする。
仕事柄役職的に毎日行動はほとんど一緒にしていたし、元々二人とも恋人同士になったからといって態度が大きく変わったりするような性格じゃないし。
そりゃまぁ、たまぁに熱を含んだヤラシイ空気になったりすはするかもしれないけど、それは大きな変化とは言わないだろうし。
だから、傍から見ればそんなに二人の関係は変わっていない。いつも通り一緒に仕事して、いつも通り一緒におやつ食べて、一緒に夕飯食べておやすみの挨拶してまた明日って手を振ってそれぞれの部屋に帰って、これで一日おしまい。
あんまり一緒にいるもんだからラブラブだのイチャイチャだのオシドリだのからかわれるけど、だって私真子の副官だから仕方ないじゃんね。
こんな毎日を飽きる事もなく楽しく賑やかに過ごしているのだ。

でも、たまに。本当にたまに、こんなに楽しい一日を過ごしたのに満足できない日がある。
眠い目をこすって布団から起き上がる。時計を見るとまだ深夜の一時を過ぎた頃だからまだ全然眠れるし、私自身もすごく眠いからこのまま寝てしまいたいと瞼は今にも閉じそうだ。なんとか目を開いて枕を抱えておぼつかない足取りで部屋を出る。
夜も更けて誰の気配もしない五番隊舎の廊下をフラフラ歩く。素足で歩いているからペタペタと間抜けな音を立てながら少し歩いて突き当たりの角を曲がれば目的の部屋だ。
障子をなるべく音を立てないように開けると月明かりで淡く照らされた、普段は重力のまま流れ落ちている金の髪が布団の上に散らばっているのを見つけた。
こちらに背を向けて枕があるのに腕枕で寝ているから相変わらず寝相は悪いらしい。

「なんや」
「起きてたの?」
「隊長が後ろ取られる訳ないやろ…なんやねん、まだ一時やないか」

背中越しに声を投げかけられて少しびっくりした。
起きたてでいつもより少し低くて掠れた声。でも、聞きなれた声を聞いてようやく手の震えがおさまった。
後ろ手で障子を閉めて真子の隣に膝をつく。震えそうになる声を必死に抑えて、ポツリと漏らす。

「ゆめ、みた…」
「あの夢か」
「ん…」
「しゃーないな…って、なんや枕まで持って準備万端やん」
「……ダメなの?」
「ええよ。ほら、こっち来ぃ…冷えてまうで」

たまに見てしまう前の記憶。
前だって皆ちゃんと生き残ったし離ればなれになっても皆生きてた。それでもたまに思い出す、真子がやられた時の光景も、ひよ里が斬られた光景も、皆みんなあの戦いで重症を負ったのを今だって鮮明に思い出す。流れた血の量も肉が斬られた音も、叫び声も怒号も全部知ってる。私を構築する細胞が全部覚えてる。
いまとなっては夢物語のその光景がフラッシュバックして、どちらが夢でどちらが現実かわからなくなる。その度にこうやって真子に泣きついては、真子がちゃんと現実にいる事を確かめて今が現実だと、また私を構築する細胞全てに記憶させる。

真子が手を伸ばして俯いた私の髪を祓い避けてくれる。頬に添えられるといつの間にか流れていたらしい涙がゆっくりと拭われる。頬を伝っていた涙を全部拭うと布団をめくって私を招きいれてそのまま一人用の布団に二人ぎゅうぎゅうとくっついて眠る。
私の腰と背中に腕を回して少し強い力で抱きしめてくれる真子に、私も精一杯抱き着く。つま先まで感じる温もりに起きてからずっと早かった鼓動がゆっくりになる。いつもならこんな事されたら鼓動は早くなるくせに、今は私を落ち着ける一番の薬だ。

「真子」
「んー?」
「いなくなっちゃダメだからね」
「いなくなるわけないやろ、こないあったかいのに」
「私が起きるまで離しちゃダメだからね」
「せっかく腕ん中におるなまえを俺が自分から離すわけないやろ」
「起きたらトイレ行ってたとかそういうお約束みたいなのもダメだからね!私が起きるまでトイレ行っちゃダメだし私の事離しちゃダメだし、いなくなっちゃダメだよ!!起きたら冷たい布団なんて、やだからね…っ」
「安心しぃ…俺はどこにもおらんくならん。なまえがもうええって言うまでずっとこうしとるから」

喉の奥から競りあがってくる嗚咽を必死に耐える。
大丈夫、私をいま包み込んでくれている温もりは間違いなく私の大事な人のモノだ。夢でも幻でもない、現実のモノだ。
宥めるようにゆっくり背中を撫でてくれる掌を感じながら乱れそうになっていた呼吸をなんとか整える。顔をあげてみると真子の優しい瞳と目があってその目が柔らかく笑った。すると私の視界がジワリとぼやけて涙の滴が零れて枕にシミを作る。また涙を拭ってもらって今度は後頭部に手を添えられてゆっくり上下に撫でられる。

「はよ寝ぇ」
「ん…おやすみなさ…真子…」
「おやすみ、なまえ」

ゆっくりと目を閉じると、睡魔が再び私を眠りに誘う。
震えていた手も、冷え切ったつま先も、破裂しそうだった心臓も、溢れていた涙も、全部真子に会ったらおさまった。真子の手と言葉と温もりと優しさが私の全部を癒してくれた。
もう、夢は見ない。





「胸あたってんねんけど…俺朝までおあずけかい」

やすらかな寝息を立てだした恋人を見下ろして小さく溜息をつく。
夢見が悪いと言って泣きついてくるなまえはいつもの無邪気な様子とは違って今にも消えそうな儚さを持っている。
それが月明かりの下で言うものだからついつい自分の布団に引き入れて、どこにも消えないように無意識に強く強く抱きしめてしまったせいで、女の子特有の柔らかさとか発せられるいい匂いとかを直で感じ取ってしまっている状況だ。しかも究めつけは通常の女の子よりも発育している胸の膨らみが思いっきり自分い押し付けられている。
乾いた涙の跡を撫でているとくすぐったいのか小さく口元が笑った。
さっきまで出ていた儚さはもうどこにもなく、腕の中で眠るのはいつもの愛らしいなまえだ。

「相変わらずやらしい身体しとんのう…」

と言いつつもう一度強く抱きしめてその柔らかさを堪能する。
たまにはこんな夜もいいかもしれないと、ゆっくりと目を閉じた。
今日はいい夢が見れそうだ。


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