09
外に出れればなんでもよかった。だから別に本当にトイレに行ってもよかったんだけど30分も時間くれたから、せっかくだから今日のおやつのお茶菓子でも買っていこうと思う。
五番隊舎からしばらく歩くと定食屋や和菓子屋が立ち並ぶ地区に来た。時間はもうお昼過ぎという事もあって人はまばらで店の人達も夕飯時までの束の間の休息を取っていて、辺りはのんびりした空気を漂わせていた。
今日は何を買っていこうかと思考を巡らせつつキョロキョロしつつ通りを歩く。最近は御饅頭とか大福とか餡子系が続いたから何か別の物がいいな。羊羹とか外郎とか。おはぎとかでもいいかなー。
そんな事を考えてると店先でのんびり座っているおばあちゃんを見つけた。このおばあちゃんの経営してる店は地味だし小さいしであまり繁盛していないようだが、味はかなりイケたりする。このおばあちゃんの作る羊羹は本当においしい。おばあちゃんが持つ独特の懐かしいって感じる味がじわじわーって来て食べてると心があったかくなってくるから、すごい好き。
今日はこのおばあちゃんの羊羹にしようと思い店の前まで駆け足で近寄ると足音で気づいたのかおばちゃんが顔をあげて私を見つけた。

「おやおや、なまえちゃん久しぶりだねぇ」
「えーそうでもないよ、先週も来たよー」
「そうかい?ダメだねぇ…年寄は忘れっぽくていけない」
「おばあちゃんまだ若いから大丈夫だよー」
「副隊長さんに言ってもらえるならそうかもしれないねぇ…今日は何にするんだい?」
「羊羹ある?栗がはいってるやつ!」
「はいはい栗ようかんね。ちょっと待っててね」

休憩に行かせてくれたお礼にちょっぴり奮発して栗入りを選んであげるのは私の優しさである。店の奥に消えたおばあちゃんを待っているうちに懐から財布を取り出しておばあちゃんの帰りを待つ。今日は栗入り羊羹だから甘い甘いになっちゃうからお茶は渋めに作ってもらって、少し涼しいから熱々のお茶がいいかな。
そんなおやつ計画を立てつつ待っていると奥からおばあちゃんがゆっくりとした足取りでやってきた。

「ごめんねぇ…一本分はなくてもう切り分けたのしかないんだけど大丈夫かい?」
「あちゃーそうなのか…栗人気だもんねぇ…秋だもんねぇ」
「ごめんねぇ」
「いいよいいよ!じゃあそれ頂戴!切り分けたの三つある?」
「あるよ。隊長さんと食べるのかい?」
「そー私が2個で、真子が1個!!」
「そうかいそうかい、仲が良いのはいい事だね…はい、おつりだよ」
「ありがと。じゃ、またね!おばあちゃん!!」
「気を付けてねー」

秋だから皆栗とかサツマイモとか食べたくなるのは仕方ないよね。小さい紙袋に切り分けた栗羊羹を3切れ分入れてもらって店を出る。
隊舎に帰る足取りはいつもより断然軽い。
季節感たっぷりの秋お菓子も買えたし、久しぶりに馴染みのおばあちゃんとも会話できたし、30分前には帰れそうだ。雛森ちゃんには怒られるかもしれないけど、そこは覚悟の上だ。いざとなったら真子を生贄に差し出せばいい事だ。
早く帰りたくて瞬歩で五番隊舎に戻って勢いよく隊首室の扉を開けた。

「ただいまー!」
「おーおかえりー」
「………」
「………」
「……間違えました、ここは六番隊舎でしたか」
「何言うとんねん。間違いなく五番隊舎やで。おかえりなまえ」
「…ただいま……えと、いらっしゃい朽木隊長…」
「ああ…」

多分今護廷十三隊で一番苦手としている人物が五番隊に来ているとは思わなかった。そりゃ隊舎は隣だからそれなりに近いから別になんら不思議じゃないんだけど、この人とうちの隊長はどう考えても対極の位置にいると思う。そりゃ相手貴族だし金持ちだしお堅いし隊長だし生真面目だし話し方もなんかすごい難しい言葉いっぱい喋るし、二人称が「兄」なんて言ってる人初めて見たよ。この人が隊長になる前のおじいちゃんの方の朽木隊長はそれなりに柔軟な考えだったしたまぁにお菓子くれるからそんなに苦手じゃなかったんだけど、この人はやっぱり苦手。十三番隊にいるっていう妹ちゃんはすっごいいい子なのに、同じ兄妹でこんなに違うのだろう。

「こ、これ食べます?」
「今日は何買ってきてん」
「栗ようかん…」
「おー朽木隊長さんもよかったら食べてきぃな。丁度おやつの時間やし」
「…しかし、」
「なまえー茶ぁ淹れてくれるかぁ?」
「あいあいさっ」

相変わらずマイペースな真子によって完全に普段の調子を崩されている朽木隊長。すごすごと退散してくると給湯室には既に雛森ちゃんが苦笑いでお茶を淹れていた。
どうやら雛森ちゃんもあまり得意なタイプではないらしくお茶を淹れるフリをして隊首室からお暇してきたらしい。
朽木隊長は本来ただ書類を届けに来ただけだったのだが、それが運悪く暇を持て余した真子に捕まったらしい。あそこは副隊長がいないから大事な書類は全部隊長自ら届けてるらしい。さっさと副隊長決めればいいのに何してんだ隊首会は。みんなで歓談してるだけなのか、仕事しろ。
そんな事を考えつつ泣く泣く紙袋から自分用にと二個買ってきた栗ようかんをお皿に乗せる。いや、ここは客人用に1つ余分に買ってきたとポジティブに考えて私と真子が綺麗に一個ずつ買ってきたと思えばいいのだ。そうだ。明日また買いに行けばいいんだ、雛森ちゃんの監視と真子という大きな壁を乗り越えればいいんだ。そうだ、私泣いてない。お茶の渋さが身に染みるぜ。

お盆に二人分のお茶と羊羹を載せて給湯室を出て行った雛森ちゃんを見送って私は一人給湯室の隅っこでさっき私の分に淹れてくれたお茶を飲む。
真子と一緒に食べるつもりだったのに、おやつ計画が台無しだ。別に朽木隊長は悪くないから怒ってない。強いて言うならタイミングが悪かっただけだ。
こうなったら真子の目の前で栗羊羹食べてやる。既に食べ終わった真子はさぞ悔しい想いをするに違いない!
不貞腐れながらお茶を飲んでいると小さい足音を立てて雛森ちゃんが戻ってきた。

「朽木隊長が帰るまでここにいるつもりですか?」
「…うん」
「はぁ…そうだろうと思って平子隊長に朽木隊長がお帰りになったら迎えに来るように言っておきましたから」
「そうなの?ありがとー雛森ちゃん。相変わらず気配り上手…いいお嫁さんになるね…」
「はいはい。じゃあ私は仕事に戻りますね。お茶、ここに置いときますから」
「ほーい…ありがとう」

給湯室の隅っこの壁と同化して給湯室の座敷童と化した私に苦笑しつつ仕事に戻る雛森ちゃんの背中を見送る。
おばあちゃんのお店から帰ってきた時の元気はもう八割以上喪失していた。後で食べるために残していた自分用の栗羊羹だけが一つ空しくやかんの隣に置かれているのを見て、ひとつ溜息をついた。
「真子のバーカ」
別に真子が悪い訳ではないけれど、タイミングの悪すぎだ。馬鹿野郎め。

つづく。


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bkm
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